1話「源頼朝ってどんな人?」
1話「源頼朝ってどんな人?」



到着~!KAMAKURA☆892事務所!





……かつての大倉御所とは比べるべくもない、質素な物で申し訳ありません。





これから大きくしていけばいいんだよー。大丈夫、蛭ヶ小島の庵よりひどい物件はないから!





私は見たことないけど、将軍が流刑されてた蛭ヶ小島ってそんなにひどかったのかな……


義時は二人の前に立ち、ドアノブを回した。鍵はかかっておらず、すんなりと扉が開く。



盛長さーん、大江さーん。将軍と姉上をお連れしましたよ。





うひゃあっ!なになにっ!?


三人が中に入ろうとした瞬間、クラッカーが盛大に鳴り響く。満面の笑みで二人の女性が出迎えた。無論、彼女たちも美少女&美女に転生した、鎌倉幕府関係者だ。



お待ちしておりました!将軍、御台様こちらへどうぞ!





寄り道せずに来ていただけましたね。執権殿にお願いして正解でした。





将軍と政子のデート計画を阻んだのは、ひろもっちゃんの策略だったか。おのれー。





策略だなんて。早急な「KAMAKURA☆892」始動を命じられたのは、御台所ご本人ですよ。





まあまあ、いいじゃありませんか。現代を楽しむ機会はこれからもありますよ。お茶やお菓子を用意しましたから、こちらへどうぞ♪





すっごーい!盛長ケーキも作れるの?





20年近く流人のあなたをお世話した勘は、転生しても健在です!現代の料理もいろいろ勉強しましたよ!





さっすが盛長!頼りになる~。それでこそ、将軍随一の忠臣だね!うんうん、お茶もおいしい~。





……さて、皆様そろったところで、例のお話を切り出してよろしいでしょうか。





「KAMAKURA☆892」計画についてだな。進めてくれ。





お、早速お仕事?なになに?





尼デューサーとご相談し、鎌倉幕府について多くの方に知っていただくために、メンバー紹介を兼ねた簡単なインタビューを行うことにしました。





おい、ちょっと待て。





はい? 何か間違っていましたか?





その、尼デューサーというのは……もしや、私のことか。





もちろんです。皆さん、御台所か尼御台かプロデューサーか、で呼び方に悩んでおられたので、盛長さんや景時さんと待っている間に話し合って決めました!





そ、それは無理もない……だが、音だけだとアマチュアのプロデューサーみたいじゃないか?





そうですか? 私は、尼御台の、前世で頼もしく幕府を支えてくださった面影を感じられていいと思いました。


※北条政子は、源頼朝没後出家したため、それ以降の将軍正妻と区別をつける必要もあり、「尼御台(御台所=将軍の正妻)」と呼ばれていました。



いくら転生したとはいえ、やはり御台所のお名前を気安く呼ぶのは躊躇われますし。





わ、わかった……好きに呼べばいい。





さすがの政子も、盛長の泣き落としには負けるかー。





そういうわけではないですけど、私とあなたを結びつけてくれた恩人なのですから、落ち込み姿は見たくないですよ。





あの頃の政子も、凛々しかった……





あの頃のあなたも、とても魅力的でしたよ。





政子♥





頼朝様♥





だーかーらー!すぐピンク色の空気にするの、やめてください!





あはは、前世と変わらず熱愛夫婦ですね♪





笑ってないで、盛長さんも止めてください!話がちっとも進みませんよ!





ああー、そうでした。お二人ともお仕事の話が途中ですよー。





そ、そうだったな。……すまない





将軍としたことが……ごめん





迷惑夫妻ぶりまで、前世を継承していますね





ひろもっちゃん、一言余分じゃないかな。前世だったら粛正してるところだよ。





怖いこと言わないでくださいよ。将軍の魅力が届くように、しっかりインタビューしますから。





では、気を取り直して始めましょうか。まずは将軍から。


源頼朝ってどんな人?



私が前世でお仕えしていた将軍は、清和天皇七代の後胤――





義時さん、すみませんが鎌倉時代流の名乗り上げはやめてもらえますか。





ひろもっちゃん、何てこと言うの!名乗り上げは武士の名誉だよ!自分が京貴族出身だからって、武士のロマンを否定しないでよ!





その風習は理解しますが、全員がやり始めたら収集がつきません。現代風に、わかりやすくお願いします。





う……。仕方ないなあ。





将軍の前世は源頼朝だよ。皆歴史の授業で習うから、名前は知ってるよね?鎌倉幕府の初代征夷大将軍で、清和源氏の御曹司として生まれたよ。





将軍が生まれた頃は朝廷でドロドロの後継者争いが起きていて、その影響で戦が始まり、将軍もパパ(源義朝)に連れられ、13歳で初陣を飾ったよ。





でもその戦は負け戦になってしまって、将軍が一人はぐれている間に、パパもお兄ちゃんたちとも死に別れちゃった……。





……ぐすっ。あの日、雪じゃなかったらはぐれなかったのに……。





一年ほど逃亡されていたのですが、結局将軍も敵方だった平清盛に捕まり、処刑の危機に陥るのでしたね。





うん……。池禅尼様(平清盛の義母)や、将軍のママ(由良御前:熱田神宮宮司の娘)の親戚が駆け回ってくれて、伊豆に流罪で許されることになったんだ。





その流刑先が、蛭ヶ小島ですね





うん。なーんにもないところだよ。今は普通の原っぱだけど、昔は川の中州で、ぐずぐずの湿地帯だった、と言われているよ。





余談ですが、現在蛭ヶ小島跡と推測されている場所に私と将軍の像が建てられています。十年近く前の大河ドラマ『義経』放映記念で作られたものです。





流刑前は武士としては高官に任命され、清和源氏のご先祖・源義家公以上の活躍も期待されていた将軍ですが、この負け戦のせいで朝敵となってしまいました。





無位無冠、収入ゼロ、親族もほとんど死に絶え、出世どころか生き抜くのもやっとな13歳の将軍に付き添う者はほとんどいませんでした。





とはいえ、将軍を陰で支援する方は多く、私は将軍の乳母の娘婿だった縁で、夫婦そろって流刑中の将軍にお仕えしておりました。





ほんと、感謝してるよー!比企尼(将軍の乳母、盛長の妻の母)の仕送りがなかったら、将軍飢え死にしてたかもー!





世に言う「平治の乱」をきっかけに、平家全盛へ向かう時期でしたからね。地元武士団が監視役を務めていたそうですね。





当時の伊豆で一番大きな武家だった伊東家と、蛭ヶ小島と本拠地が隣接していた、我が北条家が一応監視役でした。もっとも、当時私はまだ生まれていませんでしたので、流刑直後の事はわかりません。





私も、当時3歳だったから、さすがに記憶にないな。





そうですか……。記録にも残されていませんが、伝承によると将軍は一族供養の読経をしたり、地元武士の皆様と狩をしたり、あちこちのお嬢さんとよろしくしたり、割とのんびり20年近くを過ごされたそうですね。





ううっ……八重姫……千鶴丸……





大江さん!将軍の古傷えぐらないでください!意外に泣き虫なんですから、泣き出したら止まりませんよ!





頼朝様、泣かないで。今のあなたには私がいるではありませんか。過去の辛い思い出は忘れましょう。





政子、でもぉ。





これ以上、昔の女と庶子の事引きずったら、実力行使で記憶消しますよ?





政子、笑ってるけど、怒ってる気配がする……怖いよぅ……。





時は平家全盛……有名な「平氏にあらずんば、人にあらず」という言葉が生まれた頃です。伊豆では高貴な家柄として敬われていた将軍ですが、朝敵である上に平家とは敵対する源氏。





源氏の御曹司である将軍を婿にすることで、平家に敵視されるのでは、と危惧した伊東家当主により、その娘である八重姫様との縁を切られ、お二人の間に生まれた千鶴丸様は実の祖父によって殺されてしまうのです……。





それはひどい……。その後、紆余曲折を経て、北条家の長女であった政子様と結ばれたことが転機になるわけですね。





そうなんですよ。私が文を運び、お二人の仲を繋ぎました。





といっても、『曽我物語』等の創作や伝承に残っているだけで、お二人の馴れ初めについての正確なことは現代ではわかっていません。





姉上が平家の代官に嫁がされそうになってところから逃げ出した、というのも創作です。この代官が伊豆へ赴任された時には、既に将軍は北条家の婿でした。





だが、私が雨の夜に実家を抜け出し、将軍の元へと駆け落ちしたのは事実だぞ。





先ほどの八重姫の頃から数年が過ぎ、時の最高権力者・後白河法皇と平清盛が対立し始め、平家の専横を良く思わない人々も多く、地方武士団の間でも不満が募っていました。





とはいえ、まだ、源氏の流刑人など、そのまま朽ちるだけの存在と思われていた。私と頼朝様の深い関係を知った父に大反対され、私は家の中に閉じこめられたのだ。





当時の武家において、結婚は武士団の同盟など家のために利用されることが多かった時代です。将軍に中央政界へ復帰できる見込みがあれば、父も喜んでお迎えしたのでしょうが……。





まー、しょうがないよねー。将軍だって、自分がこんなに出世するとは思ってなかったもん。





伊東家の時のように、北条時政殿に襲撃されることを予想し、私と将軍は伊豆山神社に逃げ込みました。





当時の神社・仏閣は僧兵という武装集団を持ち、武士であってもたやすく手出しできない場所でしたからね。





将軍も、これは無理だなー、政子ともお別れかなー、寂しいなー、って思ってたよ。





私はあなたを諦めた時など、一瞬たりともありませんでしたよ。他の男など、あり得ません。





父が反対しようとも、雷雨に行く手を阻まれようとも、あなたとの未来をつかみ取ってみせる!





そんな想いで、山中を駆け抜けたのです。





しかし、駆け落ちとは……当時においては、命がけの行為ですよね。





そうだよー。まさか来てくれるなんて思ってなかったから、本当にびっくりしたよ。





今も昔も、あなたが私のすべてです。あなたなしで生きることに何の意味があるのでしょうか。





政子……ちょっと大げさだよ。





愛していますよ。





もう、政子ってば♥





……少し休憩しましょうか。





そうですね。二人とも、まったく……。





まあまあ仲良し夫婦でいいじゃないですか。お茶のお代わりいかがですか?


