北条政子&義時ってどんな人?
北条政子&義時ってどんな人?



こちらが、尼デューサー用の事務室です





悪くない部屋だな





いいねえ、「書斎」って感じだねー





では、こちらでインタビューの続きを行いましょう。今回は、尼デューサーこと北条政子様と、弟君の義時さんです。





私…姉上とセットなんですね。いえ、もう慣れましたが…。





私の紹介が必要なのか?プロデューサーが表舞台に出る必要はないだろう?





尼デューサーの前世は、鎌倉幕府の母とも言えるお方ですから、当然必要ですよ。





政子の紹介なら、将軍と一組の方がいいと思うよー。なんで義時となのー。





お気持ちは考慮しますが、将軍亡き後の幕府の話もありますので。





では、改めて前回の続きから掘り下げていきましょう。尼デューサーの命がけの駆け落ちにより、北条家の婿となられた将軍ですが、1180年(治承4年)に平家討伐の旗揚げをされますね。





遠縁の親戚だった源頼政さんが、皇族と一緒に京で平家への反乱を起こした影響で、日本中にいる源氏を討伐しろ、て命令が出されたんだ。





奥州に逃げろ、て言ってくれた人もいたけど、将軍が逃げたって政子や娘の大姫が犠牲になるのはわかりきってたし…。逃げた先の未来なんてどうなるかわからないから、思い切って兵を挙げたよ。


奥州(現在の東北地方)では、当時京から遠距離なこともあり奥州藤原氏が独立国家風に支配していました。朝廷の支配が及ばない地域と考えられていたのです。



時に将軍は34歳、姉上は24歳、私は17歳でした。お二人のお子様である大姫様は、生まれ年がはっきりわかりませんが、2~3歳であっただろうと言われております。





将軍の命を受け、私が諸国の武士へ挙兵への参加を呼びかけたのですが、当時隆盛を極める平家に対し、源氏の御曹司とはいえ流人では相手にならないと笑われることもありました。





我が北条家もそれほどの兵力は有しておらず、緒戦は勝利しましたが、台風の影響で有力な援軍であった三浦一族と合流できず、すぐに惨敗してしまい、必死で山へ逃げ込む始末…。私の兄・北条宗時もその際戦死しております。





ふえぇ、ぐすっ。みんな、ごめんよぅ…





…その後、奇跡の大逆転を果たし、鎌倉に幕府を開くわけですね。





今、さらっとドラマチックなとこ省略したね!?





ま、まあ、その辺りは『平家物語』や『源平盛衰記』や各種歴史解説書をご覧下さい。





世に言う源平合戦で慌ただしい時期でしたが、姉上と将軍の間に第2子にして、待望の跡継ぎ・頼家様が誕生し、鎌倉は活気溢れる大都会として発展していきます。





この頃、私も将軍の信頼される側近の筆頭とされ、寝所番(寝室の警護役)を任命されたり、私の長男(後の北条泰時)が将軍自らが後見役となって元服(成人)していたりしております。





それが、将軍没後の北条氏隆盛の一因になるわけですね。





え…ちょっと、もう将軍の話おしまい?早すぎない?





ま、まあ…今回の主役は義時さんなので…。あ、将軍と義時さんでまだ面白いエピソードありましたね。





うん? 何だろー、範頼と九州従軍してたときに手紙上げた話?





金剛(義時の長男)がとある御家人をかばって、剣をいただいた話ですか? あれは、私は関係ない話でしたが…。





いえいえ、御台所と将軍の盛大な夫婦げんかの話です。義時さんは何もしてないのに、褒美をいただいたのでしたよね。





……





……………





……よりによって、なぜこの場でその話を。





……………大江





はい?





それは、将軍がわざわざ伊豆から連れ出した、亀とかいう女の話か?
私が制裁を与えたにも関わらず、鎌倉に居座り続けた、あの図々しい女の話なんだな?





亀ちゃんは図々しくなんてないよ!すっごく怖がってたけど、将軍が引き留めたんだよ!





おとなしくてか弱い子だったのに、家を壊すなんてやりすぎだよ!





正妻は私なのですから、あのくらいの仕打ちは当然です!





私が出産に備え、御所を離れていたからといって、毎日のように通い続けていたあなたが悪いのでしょう。





鎌倉時代にしては一途な方だよー。一番大事なのは政子なんだから、許してよー。





大江さん、この話必要だったんですか?





こ、ここまでとは…将軍の家庭内の面白エピソードで済ませられると思っておりました。





亀の前の話が出れば、ケンカになるに決まっているでしょう!





軽率でした…。お二人が落ち着くまで、私たちで解説しましょう。





はあ…仕方ないですね。





鎌倉時代は現代と違い、一夫多妻が一般的な時代でした。しかし、御台所は嫉妬深いことで有名で、将軍に望まれても御台所を慮り、側室を断った方もいるほどでした。





元より色好みな将軍には耐え難かったのか、姉上が出産のためにお側を離れたのが寂しかったのか…。伊豆時代から馴染みだった亀の前という女性を鎌倉へ呼び寄せてしまいます。





御台所に知られれば、どのような騒動になるか…。御家人の皆が気を遣い、亀の前の存在は公然の秘密となっていました。





しかし、隠し通せるわけもなく、出産後の姉上に、義母・牧の方が告げ口します。激怒した姉上は亀の前が居候していた御家人の屋敷を破壊させます。





なお、ここで言う義母は、実母亡き後父と再婚した女性、というだけです。牧の方は将軍家とは一切関係ありません。





当時、後妻に対して前から射た正妻が物理的に仕打ちを行う、後妻打ち(うわなりうち)という風習が一般的だったこともあるのですが、さすがに家一軒打ち壊すのはやり過ぎでしょう。





無事に逃げたとはいえ、亀の前は伊豆に帰りたいとすっかり怯えてしまい、将軍に引き留められる始末。将軍は何も告げられないまま、愛する女性に危害が加えられたことに激怒し、実行した牧の方の縁者に衆目の中で叱責した上、髷を切るという仕打ちを行います。





これは現代的に言えば、成人男性が、会社の同僚たちが見ている前で、下半身裸にさせられお尻ペンペンされるようなものです。あまりの恥辱に、この縁者は泣いて逃げ出してしまいます。





先ほど申し上げたように、牧の方は私の父・北条時政の後妻でした。妻の一族に恥辱が与えられたことに怒り、父・時政はその日のうちに自分の関係者一同を引き連れて、伊豆へ帰ってしまいました…。なんとも呆れる話です。





自分にとって、唯一の直属だった北条一族が
伊豆へ引き上げてしまい、さすがに将軍も焦ってしまったようです。知らせを受けて亀の前のところから、慌てて将軍御所へ戻ってきています。





焦るよー、政子はカンカンだし。流人時代を助けてくれた北条家の皆に見捨てられるなんて、笑い話にもできないよー。





でも、将軍わかってた!時政が勝手に伊豆に帰っちゃっても、義時は冷静沈着で賢い側近だから、残ってるはずだって!





そうして調べさせたら、実際に義時さんは鎌倉に残っていたわけですね。





夜だったので、家でくつろいでいたら突然御所に呼ばれて、「よく残ってくれたね、褒美を出すよ」と言われて。正直何が何やら、という感じでした。





私としてもありがたかったが、本当はなぜ残っていたんだ?





姉上と将軍を第一と思えばこそ、です!
私だって分家を立てていたのですから、父の命令ばかり聞く必要はありませんよ!





本当は父上たちが引き上げたの知らなかっただけだけど、知っててもこんなばかばかしい話には乗らなかったから、これでいいよね。





将軍、御台所、義時さん、ついでに時政さんとそれぞれの性格がかいま見える、面白エピソードでしたね。





義時の面白エピソードなら、ラブレター騒動があるじゃない。





そうでした。姫の前のお話ですね。





そうそう。姫の前は、美人で財産もあって、気だても良くて。あの頃の御所女房NO.1だったよねー。





義時ってば、何の返事もないのに、一年以上も恋文送ってたんだって。びっくりしちゃうよねー。





将軍としては、黙っていられない!義弟のために一肌脱いであげました!姫の前を説得し、二人は無事に結婚、めでたしめでたし!





我が弟ながら、いじらしい話だ…





いやー、普通諦めますよね





いいでしょ、本気で好きだったのですから!からかうのはやめてください!





そんな二人も、幕府の権力闘争に巻き込まれ離別してしまうとは…。





え?別れちゃったの?なんで?





私は…別れたくなんてなかったのに…強欲陰謀親父のせいで…ぐすっ





義時さん、落ち着いて





……しばらく伊豆へこもります。放っておいてください。





ええっ!困るよー、アイドル活動はどうなるの!





待ちなさい、義時。落ち着いて話し合おう。





なんだか大変な事になってしまいましたね。





あなたが余計なこと言うからでしょうがっ!





そ、そんな……史実に基づいた話をしただけなのに……。インタビューって難しいですね。


