7幕
Je suis qui ?
7幕
Je suis qui ?



さあ、さいごの問題よ。あなたに解けるかしら?


目の前の少女は、ニコニコと笑いながらこちらを見据えている…対し俺達はと言うと、何が起きたのか理解出来ずに、ただそこから動くことが出来ないでいた。
少女が言葉を発し、数秒…数分経っただろうか。答えが一向に来ないことに痺れを切らしたのか、少しムスッとして『ちょっと?』と語気を強めて呼びかけてきた。



レディが話しかけているのに、お返事もできないわけ?





あ…いや、その…





あ、ああ、それは失礼しました…





全く…この前は、何を勘違いしたのか、本物のクラバットとはほど遠いヘンテコな人達が来るし…





ねえ、一応答えてちょうだい。あなた、怪盗クラバットなのよね?





僕達は怪盗なんかじゃないよ。ただのーー





あなたじゃなくて…そっちのあなたに聞いてるのよ。金髪翠眼の、あなた。





お、俺…?


少女は明らかに俺のことを見てそう問いかけてくる…どういうことだ…?彼女は何を見て、俺を怪盗クラバットと誤認してるんだ…?



俺も違うよ。そもそも怪盗クラバットは、もう何百年も前の人なんだ。生きているわけがないよ





ふぅん…そう…


……あれ、なんかあっさり納得してくれた…?



今回はそういう趣向なのね


そんなことは無かった!!



だ、だから!





もう、私は分かってるんだから!冗談の押しつけは無粋よ?


その後も何度か説得を試みるが、尽く失敗に終わってしまった…どうしてこんなことに…?



サヴァランくん…ここはしょうがないよ。話を合わせるしかない





それしかないかぁ…あまり気乗りはしないなぁ…


ルオに宥められ肩を落とすと、少女はニッコリと笑みを浮かべて溶鉱炉からフロアへと降り立った…足がないからなんとも言えないが…そうなのだろう。



やっと観念したわね。さ、問題を言うから、華麗に解いてみせなさい





出来るものなら、ね?





その前に、ひとつ聞いてもいいかな?





何よ。部外者のくせに…





僕はアイン。クラバットの助手兼一番弟子さ。だから、部外者なんかじゃないよ





あら…そうなの?





いつの間に弟子なんてとってたのね…言ってくれればよかったのに


そう言って、少女は少し納得の行かない様子でこちらを見た。いや、俺何も悪くないから…!



怪盗の僕達に、宝ではなく謎を差し出すなんて、一体どういう了見なのかな?その謎を解いて、僕達に何か利益はあるの?





無粋な一番弟子ね。そんなこと詮索する余裕があるなら、早く問題を聞いた方がいいのではなくって?





疑われるべき最悪の事態を、事前にできるだけ避けておきたいだけだよ。怪盗は常に慎重に…かつ華麗に動くべき…そうでしょう?クラバット





ああ、確かに……じゃなくて!!





…その通りだよ。私達も、死にに行く訳では無いからね。危険分子は先に無くしておきたい…そう思うのは自然なことだとは思わないかい?


少女はしばらく思案した後、『それもそうね』と手を打ち、満足気な顔で続ける。



さすがねクラバット。それでこそ、私の永遠のライバルだわ…





あなたが欲しいのは、これでしょう?


青いワンピースのポケットから少女が取り出したのは、手のひらサイズ程の小さな鏡だった。光の加減で桃色の光を反射する、美しい蛇の金細工が施されたその鏡は、洗練されまデザインでありながら、しかしどこか不完全さを感じる代物だった。……もしかして、これは…!



かつてあなたが、大切な人に渡したこの鏡…本当は大切なものだったのよね。それを取り戻しに来たのでしょう?





サヴァランくん、あれって…!





……多分…でも…





現実に存在するものを、どうして幽霊が…?





……すごい…幽霊の女の子が持っているとはいえ、本当に存在したんだ…!





これを渡すの、あなた、随分渋ってたものね。確か…カホウ?だったかしら。ごめんなさいね。その意味、よく分からなかったのよ。





これから私がだす問題に答えられれば、あなたにこの鏡をあげる。答えられなければ、この鏡は没収よ。





やるでしょう?


なおもにこにこと笑う少女に、得体の知れない不気味さを感じながら、俺とルオはアイコンタクトを取った…やっぱり、向こうも引く気は無いようだ。



……わかった。受けて立つよ





あははっ!やったぁ!!やっと遊んでくれるのね、クラバット!!





!!……じゃ、なくて…!!


一瞬年齢相応らしくはしゃいだ彼女は、直ぐに冷静さを取り戻し、鏡をポケットにしまい直してから、こう問うてきた。



ーー私は、一体誰でしょう?





………え?





………は?


一瞬、問題の意味がわからずにそう返してしまった。



解答権は1回…特別に、1人ずつにあげるわ。答えを出すのに何日かけてもいいし、どんな手を使ってもいい。





……ただし、必ず答えをきかせに来てちょうだい。私は、ずっと此処で待っているわ





ちょ、ちょっと待ってーー





そろそろ、お部屋に戻った方がいいわね。





ごきげんよう、怪盗クラバット…と、そのお弟子さん。この謎、頑張ってといてちょうだい


少女の楽しそうな声音を最後に、俺の意識は途切れた。



アル!……アル!!


暖かい風が頬を撫でる…聞き覚えのある少女の声に、俺はゆっくりと瞼を開いた。
あたりは一面の花畑で、色とりどりの花びらが風を彩っている…声の主は、俺が今いる場所より少し離れた場所にいた。
俺と同い年くらいのブロンドの髪を持つ少年と、先程みた青いワンピースの少女が、大木が作りだした木陰に座り、仲睦まじく話している…。



アル、また謎とき遊びをしましょうよ!今度は、絶対あなたに分からない問題を考えたわ!





おや…本当かい?





ええ!それで…ね、もし…もしよ…あなたがその問題を解けなかったら、その時は…





それはダメ





何で!?





…あれは、僕の物じゃなくて、僕の家のものなんだ。僕が好きにしていい物じゃない。





…って、ずっと言ってるんだけどなぁ…





……でも…





…………





…それにさ、物をとるのは、僕の方でしょ?





…………





君は謎を考えて、僕から『宝物』を守る…で、僕はそれを解いて、『宝物』を手に入れる…そういうルールでしょ?





…そうだけど…





……そうだなぁ…





それじゃあ、こうしよう。もし君がーー


風の音が一際大きくなる。少年の声が途切れ、それを聞いた女の子は、嬉しそうに彼に抱きついた。
その後も楽しそうに話す彼らを見ながら、俺の意識は浮上していくーー。



!


目覚めると、そこはベッドの上だった。傍らに置いてある荷物から、自分の部屋に戻ってきたのだろう…でも、いつ…?



サヴァランくん!


隣のベッドに視線を巡らすと、ルオがこちらを向いて座っていた。状況処理が上手くできていないのはそっちも同じらしく、はてなマークが沢山浮かんでいるような表情をしている。



あ、あの…変なことかもしれないけど…聞いていい…?





ああ…うん。俺も変な事言うかも…





……僕達さっきさ…機関室、いたよね…?





…いた





それでさ…幽霊の女の子、会ったよね…?





…会った





……やっぱり、夢じゃないよね…?





………うん。


暫し沈黙の時間が流れる…それは…そうだろうなぁ…だってこれ、どうしろって言うんだ…?全くノーヒントで、あの女の子の正体を暴けって…



……シオなら何か…





……行ってみる?





ノーヒントだもんなぁ…制限時間は、実質列車を降りるまでの2日間ってことだし…





逃げるのも寝覚め悪いしね…ごめん、サヴァラン君…





大丈夫。一緒に何とか答えをだそう。





慣れてるし…





…うん。そうだね!頑張ろう!!


現在時刻は…5時か。一応バーは無休で回してるらしいけど…いるかな…?



いてくれたらいいけど…





Bonjour。
…おや、あなた方は…





Bonjour。
あの、昨日の午後にカウンターにいたバーテンダーさんはいらっしゃいますか?





ああ、ゲーテのことですね…でしたら、あちらにいますよ。





Marcy。
いこ、サヴァラン君!





Marcy、うん。


マスターが示した先には、ボックス席の片づけをしている二人がいた。談笑しながらもそつなく仕事をこなす姿は、やっぱりそこそこ様になっている。



Bonjour、サクラ、シオ。





ん?おお、Bonjour♪
ずいぶん早起きだな!





Bonjour、二人とも。朝食にはまだ早いけど…目覚めちゃった?





えっと…それが…


昨日起こった出来事を話すと、シオは吹き出し、サクラは「嘘でしょう…?」という風に顔を手で覆った。



ブッ…!!あははははははは!!!まじか!!まじでやったのかよ、お前たち!!





笑い事じゃないよ!!やっぱり面倒ごとに巻き込まれてるじゃないか!!





やっぱり…?





………………





………………!!!!!!!!


……ってことは…



ちょ、ちょっと、サクラ!!いい!!??





うん…うん…ちょっと、ね…





どうしたの、サヴァラン君?





なあなあ!状況もっと詳しく聞かせてくれよ!!これから休憩だからさ!!





ごめんルオ。先に話してて。





え、あ、う、うん!


俺は、サクラを連れてボックス席から少し離れたところに移動すると、極力声を潜めて話し始めた。



……もしかして…これも遺産絡みなの…?





………ごめん。本当は、僕とシオだけでやるつもりだったんだけど…





いや…いいよ。うん…解いて実行しちゃったのは俺たちだし…





いや…本当に申し訳ない…





…あれも、その遺産ってのに施された幻覚罠なの?





…幻覚罠…?何のこと?





違うんだ…





…それが…


………………



……なるほどね…





サクラたちなら、何か知ってないかなって…





申し訳ないけど、僕たちも、遺産がここにあるとしか聞いてないんだ。だから、その女の子については何も知らないよ。





そっか…





でも…この列車に出たってことは、列車にまつわる誰かなのかもしれないね…





4号車に、この列車や、エーデルワイス家についての資料が納められてるんだ。
もしかしたら、そこにヒントがあるかもしれない。





なるほど…あたってみる価値はあるな。





僕たちも、休憩時間とか、暇を見つけて調べてみるよ。また何かあったらおいで。





ありがとう。





でも…ゲーテ家もクラバットの被害にあってたんだな…あそこにある宝って、クラバットの忘れ物なんだろう?





…………まあ、うん。そうだね。





……?





…あの遺産の正式名称は、『ケーリュケイオンの合わせ鏡』だよ。資料収集の時、役に立つかもしれないから…教えておくね。





わかった。助かるよ。





……何があるかわからないから、危険だと思ったら、一度思いとどまるんだよ。





うん。でも、大丈夫だよ。仮にも怪盗だし♪





君はその自信を持った瞬間が一番怖いんだよなぁ…





おーい、いつまで秘密会議してんだよー?





…ごめん!ルオは…?





席で待たせてる。早く行ってやれ。いいこと聞いたんだろ?





………そうだね。そろそろ戻らなきゃ、怪しまれちゃうね…シオ、後で厨房裏。





うえ!?なんでそんな怒ってんだよ!?





Marcy!ひと段落ついたらまた来るよ!


その後、ルオと合流し、朝食までの時間で4号車の資料を調べてみることにし、俺たちはそのまま4号車へ向かったのだった…。
