第7幕
落鳴事件
第7幕
落鳴事件



『ルビーを眺む部屋にて、共に燃ゆる少女の祈りを聞き届けよ』…これ、ヒントだよね、多分…





ルビーがある部屋で、燃えてる女の子…?そういう美術品があるのかな…?


シオから受け取った紙ナプキンに書かれていたのは、『怪盗クラバットの忘れ物』の在処を示したヒントらしきものだった。おそらく、何らかの方法でこれを手にした泥棒も、この謎を解き機関室へ侵入したのだろう…でも…



うう…だめだ、全然わかんない…





とりあえず、ルビーがある車両を探そう。乗務員さんなら何か知らないかな?





そうだね…聞いてみようか


確か…乗務員室は1号車だったはずだ。紙ナプキンを畳んで胸ポケットにしまい、俺達は1号車に向かった。
入口らしい扉はひとつしかない…つまり、機関室に入ることになったとしたら、乗務員室をつっきらなきゃ行けないってことだな…
乗務員室の扉の前に立っている男性に、ルオが人当たりのいい笑みを浮かべて声をかける。



すみません、お聞きしたいことがあるのですが…





はい、何でしょうか?





この列車に、ルビーが飾ってある車両とか…お部屋ってありますか?





ルビー…ですか?それなら…こちらに





え?


乗務員がそう言って示したのは、天井付近の壁に飾られた赤い宝石だった。でも、これは…



え、えっと…すみません。これが、ルビーですか?





ええ、この車両は様々な宝石で飾られておりまして…ルビーだけでも、この列車には500個以上飾られておりますね





ご、ごひゃっこ!?





ご、ごひゃっこ!?


慌てて辺りを見回してみると…確かに。乗務員に指し示された赤い宝石は、この範囲だけでも50以上はありそうだった。すっかり呆気に取られた俺達は、乗務員にお礼を言って1号車を後にした。



ルビーって…もしかして、宝石のルビーじゃないのかな…?





そうかもなぁ…これは素直に、機関室に特攻した方がいいかもしれない…





うーん…それはそれでなんか悔しい…何とか分からないかなぁ、ルビーの正体…


2人であれこれと候補を出してみるが、どれもしっくり来ない。シオに聞いても教えてもらえないだろうし…どうしたものか…



あら?サヴァラン、ルオ…こんな所で何してるの?


3号車に差し掛かったところで、アマンドとベルリーナと鉢合わせた…ん?3号車…?



探検でもしていたのですか?プールには水着でないと入れませんよ





2人も一緒にどう?まだ夕食の時間には早いし…お腹空かせがてら、遊びましょ!


3号車…もとい、パウダールームからでてきた2人は…水着姿だった。



2人とも、水着すごく似合ってるよ!それも2人で選んだの?





ありがとう♪
そうよ。ワンピースと一緒にね





リーナの水着、私のチョイスなんだけど結構自信あるのよ!ビキニタイプは恥ずかしいって言ってたから、肌の露出を抑えたロングスカートタイプにしてみたの。





それでいて、肌と髪の色が引き立つように、マリンブルーベース…ホワイトのラインがアクセントになって、大人なシルエットの中に、キュートさがプラスされて…うん、リーナさんらしさが際立つデザインだね♪





でしょー!!さすがルオ!分かってる♪





わ、私じゃなくて…アマンドさんの方が可愛いですよ!





私は…どちらかと言うと子供体型なので…アマンドさんのように、綺麗に着こなせないですし…それに…





…確かに、アマンドの着こなしも素晴らしいね。ホワイトベースに、パステルピンクのお花模様…ハイビスカスだね。ハイビスカスは、海やプールに合わせるモチーフとして王道ではあるけれど、アシンメトリーのパレオが一個性として光る…





何より、体型をカバーするのには向かないビキニの魅力を余すことなく発揮出来るポテンシャルも素晴らしい…ひとたびビーチに出れば、男性のハートは君のものだね♪





も、もう!やだぁ!ルオったら褒めすぎ!!





ルオさんの言う通りですよ。すごく綺麗です、アマンドさん





り、リーナ…





うんうん…人も水着も相性バッチリ…これはうかうかしてられないね、サヴァランくん!





…………サヴァランくん?





…………ルオ





大丈夫?目、据わってないよ?





俺今なら死んでもいい…





サヴァランくん!?





エデンはここに…あった、のか…





さ、サヴァランくーーーーん!?!?!?





あなたがそこまでウブだとは思わなかったわ…





あ、あはは…お恥ずかしい限りで…





まあでも、あの状況は…ねえ?不意打ちだったわけだし、無理もないよ





そう言ってくれるなら、その半笑いは今すぐやめてもらえないかなルオネルトくん?





ぷっ…くくく、ご、ごめんだって…あはははっ!!





〜〜〜〜〜!!


情けないことに2人の…主にベルリーナの水着姿を見て気絶した俺は、結局夕刻まで爆睡してしまい、アマンドとルオに茶化されながらレストランで夕食を食べていた。そこまで早い時間では無いはずだが、幽霊騒ぎの影響か、ここも人は疎らだった。こんな贅沢な場所から、幽霊騒ぎ一件だけで足が遠のいてしまうなんて…やっぱりもったいないなぁ…。



乗客が少ないので、ちょっと不思議な感じはしますが…こうして賑やかに食べられるのもいいですね





そうね。幽霊の話だって、真実かどうかまだ分からないのに





あれ?アマンド知ってたの?





え?ええ…サヴァラン、あなたもしかして、新聞読んでないの?





あー…えーっと…





サヴァランくんは、毎回スイーツのミニコラムしか読んでないもんね。





なんで知ってるんだよ…そうだけど…





あははっ!やっぱり?





もう…新聞くらい読みなさいよね…





でもその口ぶりだと…騒ぎについて知ってはいるのですね





ああ、ちょっと知り合いからね





バーカウンターにいるお兄さん2人、サヴァランくんのお友達なんだって!





そうなの!?





ここで働ける人って…すごい人脈持ってるのね、サヴァラン…





短期バイトらしいけどね。後でみんなで行こうよ!カクテル美味しかったよ♪





少しだけなら、いいかもしれないですね。





せっかく来たんだから、楽しまなきゃ損よね!


…そうだ。あの謎…2人なら何かわかるかな?



ねえ、ちょっと見てほしいものがあるんだけど…


2人に経緯を話すと、このことについては知らなかったらしく、暗号文を見ても直ぐにはピンと来なかったようだ。しかし少しすると、ベルリーナがゆっくりと口を開いた。



……『落鳴事件』のことかもしれないです





らくめいじけん?





…聞いたことあるかも





え?どんな?





…落鳴事件はーー


17世紀初頭、当時急成長を遂げた貴族
エーデルワイス家の別荘付近に雷が落ち、
その一帯が全焼したという事件。
その日別荘には、当時当主の
ジュード=エーデルワイスの愛娘
ジュディ=エーデルワイスと、
数人の使用人が療養のため滞在していた。
落雷地点は、そこからさほど
離れていない森の中。
水場の少ない場所に落ちた雷は、
瞬く間に炎へと姿を変え、
別荘の中にいたジュディや
使用人諸共呑み込んだ。
消防隊が駆けつけ、鎮火させた時には、
そこにあったはずの命は全て狩り取られ、
真っ黒に焦げた焼け跡しか残らなかったという…



…このエーデルワイス号は、この事件で命を落としたジュディ=エーデルワイスの、没後350年に合わせて造られた列車なのです。恐らく、それにちなんだものなのではないでしょうか





そうなんだ…





その関係で、ここの機関室にはジュディや被害者となった使用人を鎮めるための、小さな慰霊碑があるそうです。この列車を動かしている溶鉱炉も、当時別荘にあった暖炉をモチーフとしているそうですよ





リーナ、よく知ってるわね





し、調べたんです…


ベルリーナは照れくさそうに笑いながら、ワイングラスに注がれた水をひとくち飲んだ。
…ん?そうなると、もしかして…



……くれぐれも、機関室に忍び込むなんて馬鹿な真似はよしてくださいよ。





まっ、まっさかぁ〜???





そんな事しないよ!!ね!サヴァランくん!!





うんうん!!しないしない!!!





うふふ、リーナってば心配性ね。一般人がそんな所に忍び込めるわけないでしょ?





……ええ、そうですね。それならいいのですが…


きっちり見抜かれてる…
でもまあ、確かにベルリーナの言う通りだし…謎が解けたし良かったねってことで、今回はこれで手を引こう…サクラにも止められてたしね。
その後少しだけ談笑し、このままバーカウンターに向かおうかという意見もでたが、朝も早かったのでこれで解散となった。それぞれの部屋に戻り、就寝準備を済ませ、あとはベッドに体を預け、眠るだけ……と、思っていたところで



サヴァランくん!起きて!!今がチャンスだよ!!





へ…?チャンスって…?





へって…とぼけないでよ!機関室だよ、機関室!謎はスッキリ解けたんだし、あとは特攻あるのみ!でしょ!!





え!?行くの…?





行くよ!なんのために謎を解いたと思ってるのさ?





いやでも…見回りとかいるんじゃないのかな?やめた方がーー





それは大丈夫。さっき、ルビーについて聞いた時、乗務員室の中が少しだけ見えてたんだけど、中はさらに個室になっているみたいでね…





誰もいないタイミングを見計らって書け抜ければ大丈夫だよ!





い…入口に誰か居るんじゃないかな…?だって、つい最近盗難被害に会いそうになった場所だよ…?





それも大丈夫!





レストランで、ちょっとだけ従業員さんの話が聞こえて…あの扉の前は、見回りの順路の問題で、夜10:00からの30分の間、どうしても無人になるんだって!





え、ええ…?





だから!!その、30分の間だけ…!ね!お願い、サヴァランくん!!


ルオは、俺の両手を握って目を輝かせながら懇願してくる…いや…でも…



……だめだ…一度諦めたと思ったけど、こうも揺すられると…怪盗としてお宝は逃せないという意地が…!





……30分だけだよ…





やった!ありがと、サヴァランくん♪


そんなわけで、10:00までのんびり過ごした俺達は、コソコソと客室を後にし、機関室へと急ぐのだった…。



…あれ、あかないや


午後10時…来てみたはいいものの、鍵のことなんて考えてなかった…そりゃそうだよね…あかないよね…



残念、こればかりはどうにもならないね…さ、帰ろ





あ、待ってサヴァランくん!これ!!


ルオが指さした場所には、小さなモニターと数字のキーがついた機械があった。これは…



電子ロックだね。さすがリゾート列車…





これ、正しい数字を押せば開くんじゃないかな…?





さすがにそれは調べようが…





ちょっとやって見るね!





ルオ!?


俺が止めるまもなく、ルオは



これかなー?


と言いながら軽快に数字のキーを押していった。そして…



……うそ…


扉は機械的な音を立てて開いてしまった。



やった!開いたよサヴァランくん!!





ルオ…知ってたの?





ううん、感だよ





感って…間違って警報が作動したらどうするつもりだったのさ!?





ああ…ごめんね





添乗員さんも、絶対間違わないわけじゃないと思って…二、三回までなら間違えても平気かなーって、思っちゃったんだ





まさか一発で当たり引けるとは思わなかったけどね!


先ほどと同じようにキラキラと目を輝かせ始めたルオに、俺は底知れぬ何かを感じながら、脱力気味に『次からはちゃんと確認してね…』とだけ答えておいた。
中に入ると、そこは客室号車と似た作りになっているようだった。8つほどの小部屋と、突き当たりに鉄製の頑丈そうな扉があった。そちらは緊急時に備え、簡易的な閂が刺さっているだけだった。



よい……しょっ…!





よい……しょっ…!


少し重たいそれを2人でずらし、機関室に入った…
そこは、何の変哲もないボイラー室のようだった。しかし、ベルリーナの言う通り、溶鉱炉が暖炉のようにレンガ造りになっており、どことなく温かみを感じる…からくり式で、人がいなくても燃料を燃やせるようになっているようだ。



うーん…ここに…あ、あれかな?


入ってきた扉のちょうど真上のあたりに、文字が書かれた石板が飾られている…おそらくあれが、ベルリーナが言っていた慰霊碑だろう。



『ルビーを眺む部屋にて、共に燃ゆる少女の祈りを聞き届けよ』…もしかして、ルビーって溶鉱炉に入れられた石炭の事なのかな?





え…?……ああ、熱されて赤くなるから…





で、共に燃ゆる少女は…落鳴事件から、ジュディ=エーデルワイス…





慰霊碑になにか書かれてるのかな?





かもしれないね…サヴァランくん、肩車するから、調べてみてくれないかな?





分かった。


間近で慰霊碑を見てみるものの、名前と祈りの文句以外には特に何も見られない…裏側もあるのかと思って確認しようとしたが、慰霊碑はしっかりと壁に固定されており、外すことは出来なかった。



サヴァランくん、どう?





うーん…特に何も見つからないよ。





そっかぁ…残念…


俺を下ろし、あからさまに肩を落とすルオに笑いかけ



思い出は別のことでも作れるさ。戻ろう


と言うと、ルオは少し寂しそうにこくりと頷いた。



そうだね…ありがとう、サヴァランくん。





いや…実は、俺もちょっと期待してたんだ。





何を?





怪盗クラバットの忘れ物。本当にあるなら、見てみたかったなーって…





あはは、そうだね!





でも、そういうのは伝説だから面白いのかもしれないね…あー、いい思い出になった!


機関室から外に出ようと、扉に手をかける…少し力を込めて、そこを押し開こうとした…その時だった。



ーークラバット…?





!





サヴァランくん、何か言った?





…いや、俺は何も…





うわっ…!な、なに!?


機関室の至る所から、少女のような笑い声が聞こえる…まさか、あの幻聴…?でも、それならルオには聞こないはず…
じゃあ…これは…?



さ、サヴァランくん!あれ!!


溶鉱炉の方を指さし、かすかに震えながらルオが叫ぶ…ゆっくりとその方向へ視線を巡らすと、そこにはーー



同じ匂い…同じ気配…あなた、本当にクラバットなのね…





ずっと待っていたわ


足のない、半透明の少女が、溶鉱炉の縁に腰掛けていた。



さあ、さいごの問題よ


