第5幕
帰還
第5幕
帰還
翌日の早朝…チアキが見つけてくれた非常食を食べ、同じくチアキが見つけてくれた登山用の杖を持って小屋を出た。
ここから南の方角…川の下流見つかって歩いていけば、泉があるらしい。昨晩見つけた集落はそこに位置していて、普通に歩けば半日で到着できそうだ。



なるべくゆっくり行くよ。足場最悪だから、杖じゃ辛いって思ったらいつでも言って!





お気遣いありがとう、でも大丈夫だよ。レディに、これ以上迷惑をかける訳にはいかないからね…





気にしなくていいのに…じゃあ、せめて疲れたら言ってね!


川の音があるだけで、昨日のまでとは随分違う。代わり映えしない景色の中に水があるということで、どれだけ救われるだろう…チアキは、私を気遣ってか、かなりゆっくりなペースで歩みを進めていた。もう少しスピードを上げてもらわないと、困るのは彼女なんだけどなぁ…



大丈夫?疲れてない?





大丈夫…もっとペースを上げた方がいい。これでは、辿り着くのは夕方になってしまうよ?





夜じゃなきゃ大丈夫!街への交通手段さえあれば、夜のうちにそっちへ行って、帰りの予定日まで空港で待つことも出来るでしょう?





入れ違いになってしまうかもしれないよ?そうしたら、君は置いていかれちゃうかもしれない…集落についたら、私とは別行動になるしね





え?そうなの?





当たり前だろう…私をなんだと思っているんだい?怪盗だよ?





本来なら、私はその集落ではなく、こちらの仲間との合流地点に向かいたいところなんだ…そちらへ出向くメリットは、今のところ私には無い





そ、そうなの!?もしかして、昨日その合流地点も割り出したっていうの…!?





大雑把な落ちた地点と、方角さえ分かれば、あとは簡単だよ。そこと現在地、あとは合流地点を点で結べばいいんだから…





……やっぱり君って、優しいよね





こんな所を、レディ1人で歩かせるのは、至極不安でございます故。





うわぁ、気色悪い





ずっとこの口調でお話しして差し上げましょうか?





やめてっ!鳥肌が止まらなくなるっ!!


一晩ゆっくり寝たおかげで、歩みにも余裕が見られる…ペースも少しずつ上がっていき、この調子で行けば、昼過ぎには向こうへたどり着けるかもしれない……



っ……


多分、彼女にも、私にも…その方がいい。



ふー…結構歩いたなぁ…足は大丈夫?キャラメリゼ





……ああ、大丈夫。手当が的確だったんだろうね…全然、痛くないよ





そう?よかったぁ…でも、そろそろ休憩しよう。慢心は怪我の大敵だからね♪





君がまだ歩けるなら…今のうちに歩いた方がいいよ。私はまだ平気だから





もう…それがダメなんだって!ほら、座った座った!!





本当に!!大丈夫だから!!





ひゃあ!?





……そ、そんなに…?





……あ…いや、ごめん…インターバル挟んじゃうと、キツい、から…だから、大丈夫!!





……そっか、わかった。





無理はダメだからね?絶対、なんか変だって思ったら、絶対に言ってね?





……ああ。分かってるよ…ありがとう、チアキ





……わ、分かってれば…いいんだよ、分かってれば…


とはいえ、次第に疲れが溜まってきたのだろう。チアキの口数はどんどん減っていき、最終的には黙々と歩いていく形になった。
……これは休まないと、私よりチアキが危険かな…?あまり長く2人でいたくはないけれど…そろそろ…



あっ…





…?


先導していたチアキが、久しぶりに声を発した。目線の先を追うと、白い煙が上がっているのが見えた…あれは…!



……集落だ…!





やった!!やったよキャラメリゼ!!これでなんとか帰れるよ!!





……ああ、そうだね。もう少しだ…急ごう





うん!!


焦がれ続けた生活感に安堵した私たちは、地面に足を取られながらも、小走りでその煙の麓を目指した…しかして、そこにはーー



ーー千秋!!





うお!?千秋!!無事だったのか!!





あっ……あ…い、五里さん…百戦さん…!





う……





うわあああああああん!!怖かったあああああああ!!!





っ……たく…後先考えずに行動するからだ…世話かけさせやがって





あうっ!痛いですよ!ああ!でもこのデコピンすら懐かしいです!!五里さあぁぁん!!





ちっ…くっつくなガキ!!





とか言ってぇ…さっきまで、キャラメリゼに攫われてないかとか、変なことされてないかとか、すげー心配して…





っでえ!!っにすんだ五里ォ!!





てめえ後でぶっ殺す





キャラメリゼ……あ、そう!そうだキャラメリゼ!!





大変なんですよ!!キャラメリゼ、僕を庇って怪我しちゃって…!あれ、あのまま放っておいたら…!





って、あれ…?いない…





一緒だったのか?





は、はい…どこ行ったんだろう…改めて、お礼くらい言いたかったのに…





……アレはアレで、お仲間んとこにでも戻ったんじゃねえの





……そうだと、いいんですけど…





キャラメリゼ…でも、痛くないって言ってたし……痛く、ない…?





!!





ど、どうした千秋?





バカ!!どうして気づかなかったんだ…!!





……そんなやべえのか?そいつの怪我って…





やばいです….やばいですよ!!だって、痛くないっていうのが、気遣いとかじゃなくて、本音だったとしたら…!!





キャラメリゼは、今…!!


チアキは、無事に戻れたみたいだ…よかった。やっぱり、集落に居たのか…あはは、よかった…



……仮面、取るの…一日ぶりだな…


正確には、水浴びの時に取った、けど…そんなことは、どうでもいい…まず、考えるべきは…



ポイントB…地図を見れば…





………?


あれ…?この地図、こんなにボヤけてたっけ…?ぐにゃぐにゃしてて、よく見えない…



……身体、重たい…


歩いてるのかな…うん。景色が変わるから、そうなんだと思う…ボヤけて、ぐにゃぐにゃで、ぐるぐるする、変な世界…寒いのに、汗が止まらない…呼吸が苦しい……



あ…だめだ…倒れる…


下は土の地面…大丈夫、痛くない。



……?


あれ、予想以上に柔らかいし、温かい…これは…



サヴァランくん!!





……さく、ら……





っ……すごい熱…シオ、手を貸して!!


ああ…頭がぼーっとする…そうだ、ターゲット、盗めたよ…成功したよ…だから、安心してーー



……サヴァランくん…?サヴァランくん、しっかりして!!サヴァランくん!!


ーーまったく、君は情けないなぁ



…………?


聞いたことがある声…目を開くと、白い天井があった。ここは…



……サヴァラン…?





………ぁ…?


声が上手く出ない…数日間、ずっと話していなかったみたいだ…あの後、一体何が…?



サヴァラン!!目、覚めたのね…よかった…!今、先生呼んでくるから…!





…………


先生…ああ、ここは…病院か……そっか…俺、あの後すぐに運ばれたんだ…多分…それで今、手当を受けて、目が覚めた…と…あはは、なんて言い訳しよう…何も思いつかないや…
少しすると、医者がやってきて、俺の身体をあちこち調べ始めた。ただ、足だけは最後まで触れられることがなかった…一番重症なのはそこなんじゃ…
医者の説明によると、俺は、ファウストの家の前で倒れていた….ということになっているらしい。高熱を出していて、2週間意識が戻らなかった…らしい。高熱の原因は、運ばれた当日雨に打たれていたからだろう。ということになっていた…明らかな原因が、足にあっただろうに…どうしてそこまで…?
声が上手く出ないのは、さっき考えた通り、長期間声を発していなかったからだそう。これは問題ない。多分、今夜には戻るだろうとの事だ。しかし…2週間か…家を出てからで考えると…1ヶ月弱…



サヴァラン…あなた、今までどこで何をしていたの…?何があったの…!?


……まあ……そうなるよね…俺は咳払いをして、再度声を出そうと試みた…うん、なんとか出そうだ。



……覚えて、ない……ごめん


こう言うしかない…これ以上の言い訳を、俺には思い付けない。



覚えてないって……本当に?本当に、ただ覚えていないだけなの?





………うん





言いたくない、じゃなくて?





……うん





………そう…





……ねえ、サヴァラン…貴方が、お父さんのこと、嫌いなのは知ってる…私のワガママで、今回何も言わなかったことは謝るわ…ごめんなさい…





でも、もう、こんなことはやめて…3週間も、何の連絡もよこさないで、危ないこともしてきて…





本当に…心配したのよ…!!





………母さん…





サヴァラン…サヴァラン…よかった…無事で…!





…………





ごめん、母さん…これは…これだけは、絶対に言えない…ごめん…


俺を抱きしめて、子どものように泣く母さんを、俺はただ抱きしめ返すことしか出来なかった。
その後、俺は検査のために1日だけ入院し、帰宅した。改めて自分の足を見てみても、足の怪我などどこにも無く、あれは夢だったのかと錯覚させるほど、痛みすらも感じないのだったーー。
