第5幕
秘められた願い
第5幕
秘められた願い



これで…とりあえず、血は止まったと思うよ


常に携帯しているという救急箱から取り出した包帯で、手際よく傷口を塞ぐ…おそらく、戦闘要員のレンマのために必要な技術なのだろうか。チアキは、なおも怒りが収まらない様子で私を睨めつけた。



…アドレナリンって、すごいな





そうじゃない!!





いくらアドレナリンが出てたって、これで今まで歩いてたって言うのはおかしいってば!!





でも、痛みがひどくなかったのは事実だ。ちょっと捻ったかなーくらいの痛みだったし…





その時点で言う!!捻挫って馬鹿にならないんだよ!?





はは…すまない。礼を言うよ





もう…





今日はここで休もう。君を歩かせるわけには行かない





私は大丈夫だよ。一晩過ごすのなら、少なくとも水場を確保しなきゃ…





だめ!!





水は…僕がなんとか探してくる。何か容器の代わりになるものがあれば…





ひいっ!?


視界の端を、なにか黒いものが横切った…あれは…



ただの烏だよ。大丈夫





なっ…なんだよもう…!びっくりさせるなぁ!!





って……怪盗さん!!あれ!!





ん?


烏が飛び出してきた茂みの方を見ると、薄暗い視界の先に、うっすらと建物のような影が見えた。



あ、あれ……





木こり小屋…かな?行ってみよう!





あっ、ちょっと怪盗さん!!肩貸すから!!右足に負担かける歩き方はしちゃダメだよ!!


チアキに連れ添われる形で、私たちは木こり小屋までやってきた。長く使われた形跡はないが、近くに川もあり、電気も通っている…一晩過ごすには申し分ない施設が揃っていた。ベッドもちゃんと複数あるみたいだし…私が床で寝ることも考えたが、その心配はなさそうだ…。



はあぁ…疲れたぁ…





世話をかけたね…何か杖になるようなものを探してくるよ。その間に、そこの川で水浴びでもしてくるといい。気休め程度にはなると思うよ





そうだねぇ…落ちた川は濁流だったし…





覗かないでよ!!





覗かないよ!!


訝しげな目線を向けてくるチアキを見送り、私は壁伝いに小屋の探索を始めた。部屋数は、暖炉とベッドがある大部屋と、裏口から出たところにある物置の2つ…暖炉があるなら、火かき棒くらいあるだろう…あまり杖として使いたくない代物ではあるが…ないよりいいだろう。



あったあった…以前ここを使った人は、ガサツな人だったみたいだね。暖炉の中身がそのままだ…


暖炉は手入れをしないと使えそうにないな…今が夏季でよかった…
近くにあった棚からマッチを見つけ、自前のカンテラに灯す…うん、手が塞がるね…



うーん…しばらくは仕方ないか…物置にも電気がついてるとは限らないし…調べる間だけ…


この後、裏口を開けるために火かき棒を壁に立てかけておいたら横に倒してしまい、しゃがんで取るにも右足が自由に動かないため、縺れて盛大にコケた…なんてことがあったが、それは墓まで持っていくとして…私は無事に物置へとたどり着いた。光源はやはり無さそうだ。



チアキがいる前じゃなくてよかった…流石に目も当てられないよ…あんなの…


天井から吊り下げられていたフックにカンテラを掛け、私は物置の中を見回した。ホコリが積もっているが、雑然とした様子はない。猟銃や斧といった道具の他、ロープや薪といった、暖炉にくべられそうなものも置いてあった……今のところ使い所はないけど…



このあたりの地図とか…あったりしないかな…





ホコリの積もり方から、少なくとも2年以内に人の手が入ってる…斧も錆びていないということは、手入れがされているということ…ここの用途が木こり小屋だとしたら…このあたりの地形を描いたものくらいはあるかもしれない…そこから方角を割出せれば…!





キャラメリゼ!





っ!!


背後から名前を叫ばれ、思わず肩を跳ねさせてしまった…声の主は、彼女以外ありえない。



な、なんだチアキか…驚かさないでくれよ…





それはこっちのセリフだよ!戻ってきたらどこにもいないし、物置の方ではなんかガタガタ言ってるし…!!





置いてかれたと…思ったじゃん…





……怖かった?





そっ…そうじゃない!!勝手に逃げるなってこと!!怪我もしてるんだし!!1人で動くなってこと!!!!





あはは、そっか。ごめんよ。





安心していい。私は君を置いて行ったりしないし、この状態で夜道を歩くほど、頭が弱い訳でもない





そ、そう…ならいいんだけど!!





君も水浴びしてきなよ。探しものがあるんだったら、僕が探しておくから





……そう?なら、お願いしようかな





任せて!そして君は早くベッドに入ってや休むといいよ!





……なら、そうさせてもらおうかな。


確かに、こんな所で急にいなくなったのは失敗だったかもしれないね。レディに怖い思いをさせてしまったのは、失敗だったなぁ…。
チアキに地図があるかもしれないということを伝え、私は小屋の前の川に向かうことにした……あ、そうだ。



ないとは思うけど…覗くなよ?





覗かないよ!!


顔を真っ赤にさせて返すチアキにヒラヒラと手を振り、私は水浴びに向かった。



ここが森の中でよかった…日焼け対策はしてきたとはいえ、これが炎天下だったら、仮面焼けとかしていたかもしれないなぁ…


さっぱりはしたが、来ている服を変えることはできない。気持ちよーく、パリッとした服が着たいなぁ…明日の朝、髪もゴワゴワになってそう…温かいお湯が浴びたい…と、半ばオフモードになりながら小屋の中に戻ると、チアキがベッドに腰掛けて、何かとにらめっこをしているところだった……どうやら、捜し物は見つかったようだ。



あったかい、地図





怪盗さん!見てよこれ!!





ん?ああ…


地図を覗き見ると、それはかなり古いもののようだった。一体何年前のものだろうか…と思考を回らせようとしたところ、チアキは地図のある一点を指さした。



これ…!ここ、若しかしたら、なにかの集落とかじゃないかな!?結構広い窪地になってるし…名前が書いてあるよ!!





レ・ルカ二……かな。そうかもしれないね。明日、向かってみようか





やったぁ!!これで文明的な生活が送れる…!!





あはは…そうだね。この辺りに集落らしいものはここしかないし…君のお仲間も、ここに向かっているかもしれないね…





そうだといいなぁ…





ふあぁ…なんか、安心したら、ちょっと眠くなってきちゃった…





ずっと気を張っていたからね…私も疲れた。





物置から非常食も見つけたけど…どうする?食べる?





私は…明日の朝食べられればいいよ。お腹がすいているなら食べるといい…私は、寝る





あはは…もう疲れきってるね…僕も寝るよ…お腹は減ってるけど…それよりも眠い…





ああ。なら、それがいい


電気を消し、それぞれのベットに寝そべった。掛け布団は用意されていたが、ホコリがすごくて、一度外で払わなければとても使えたものではない。風邪をひく陽気でもないから、一晩くらい大丈夫だろう。



……ねえ、怪盗さん。いなくならないでね





さっきも言っただろう?私は、君を置いていったりはしない





……君ってさ、根は優しいよね





そうかい?それは嬉しい褒め言葉だね





……なんで、怪盗なんてやってるの?





…………


なんで…か。なんでだろう。



……あれ、もしかして、地雷?





いや、違うけど…そうだなぁ…どうしてだろう





え?





理由が見つからないんだよ…何というか…気がついたら、怪盗になってた。





なにそれ…洗脳みたいだね





洗脳…かぁ…でも、そうかもしれないね





洗脳されたの!?怪盗になれーって!?





違うよ、言葉のあやさ。それから…洗脳されていたのは、怪盗になる以前の私だ





……キャラメリゼに、なる前の…?





……私はね。結構、なんというか…決められたレールの上に生まれたんだ





君も…将来が決定づけられた位置にいたってこと…?





……ああ、そう。


あれ…



……僕は…ずっと、その道から外れるなっていう、洗脳を受けていた


どうしてだろう



でも…僕には、その才能がなかったんだ。天才肌だった父親には、どうしても追いつけなかったし…追いつくためのスタート地点にも、立てなかった


彼女に話すのは、あんなに躊躇われたのに…



なのに、周りからかかる期待は、誰よりもデカかった…あの人の息子だから…きっと、すごい秀才になるに違いない…やる気がないから、伸び悩んでいるだけなんだ…って


僕のことを話すのは、こんなに簡単だったのか…



でも、それは違うんだ…僕は…自分で言うのもなんだけど、誰よりも努力をしていたよ。ほかの弟子が楽しげに喋っている時も、その輪に加わろうとせず、練習した…誰もが眠っている時間に、こっそり練習もしたし、道具だって、誰よりも念入りに手入れをした…でも、それでも、僕はダメだったんだ





終わりが見えてるのに、周りは期待をやめない…それを裏切ることだけはしたくない…でも、結果はいつもそれを裏切るんだ…努力しても、練習しても、何も実らない、育たない…でね。きっと、僕は…





それから少しして、壊れちゃったんだろうね。裏切ることしか出来ないなら、いっそのこと、全て裏切ってしまえって…で、気がついたら…


ズボンのポケットを漁る…そこには、いつも入れているお守りがある。きっと、あの時事件に関わった人しか知らない、手のひらサイズのお守りーー



こいつを盗んでた





……それは…





『ソーサラーリング』…私が、キャラメリゼとして初めて盗んだお宝だよ





…キレイな指輪だね





なんでこれを盗もうと思ったのかはわからない…こんな、無名の美術品を…一体、私はどこで知ったんだろう…ってレベルのものさ。





…そう言われると…ちょっと不気味だね





あはは、そうだね。不気味だ。





……怪盗も、大変なんだね





ああ。大変だよ。人間である限り、現実からは逃げられない





絶対に、逃げられないんだよ


ーーそれから、二三言は話して眠りについた。何か不思議な夢を見た気がするが…あまり覚えていない…ただ、記憶の片隅に、満天の星と、少年の声が残っていた…



力が欲しいか?君自身と…この世界を変える力がーー


