第2幕
キャラメリゼ、危うし！？
第2幕
キャラメリゼ、危うし！？
形式上もう一度聞くが…君が、サヴァラン=ブリュレ君で間違いないな？
………は、はい……
なんで…何で家にシュトーレン刑事がいるんだよ…！俺はリビングでシュトーレン刑事と向き合い、俺にかけられた容疑についての問答を行っていた……正直、いつまでポーカーフェイスを保っていられるかの勝負だ…だって、今回俺にかけられた容疑というのが……
君にかけられた容疑は二つ…強盗罪と名誉毀損罪だ
…記憶にございませんが？
昨晩12:00頃、君はどこにいた？
昨晩の12:00頃は…もう眠っていましたよ。母に聞いていただければ、昨晩11:30頃には自分の部屋に行っていたことが分かるでしょう
つまり、アリバイはない…と
はい
…そうか……これを見てくれ
そう言って、彼は一枚の紙を取り出した…ん？これは…ただの紙じゃない…写真…！？
な……！
これは、先ほど市警に届けがあったものでな…タイムスタンプから、撮影された時間は昨晩の12:18…
これは、君だな？
違う！！
写真には、しっかり俺の顔が写っていた…しかも、最悪なことに…
ファラリスの腕輪…！
昨晩盗んだファラリスの腕輪までもが、しっかりと写り込んでいた。
ファウストから拠点をもらった俺は、ここ最近の盗品をそこに全て収めていた。しかし、昨日は警察の包囲網が固く、真っ直ぐ拠点に帰ることが出来なかった。そのため、人気がない路地裏で一度怪盗の衣装を脱ぎ、それから拠点へ今回の獲物ーー『ファラリスの腕輪』を収めに行ったのだが…それが仇になったのか…！
調子に乗って腕につけたりしなきゃよかった…！
なにか気づいたことでも？
なっ…なにも…
………そうか
この部分を見てほしい
そう言って、シュトーレン刑事はファラリスの腕輪が写ったあたりを指さす…うう…見たくない…心理戦は苦手なのに…！
そこに…なにか？
腕輪が写っているだろう？この腕輪は昨晩盗まれたものだ
それを盗んだのが俺だと…似たようなデザインの腕輪はいくらでもあるのでは？
腕輪の持ち主と、名のある鑑定士に確認を取ってもらった…結果は分かるな？
……ええ。でないと、こんなこと聞きにわざわざこんな所まで押しかけてきませんからね
そもそも…なんでこんな写真が…？いつ撮られた…？思い出せ…昨日、一体何があった……っ！まさか…！！
きゃっ！？
あの時に…！？
……そもそもの問題で…それは本当に俺でしょうか？
ほう、と言うと？
このP都には、俺と同じ金髪に緑目の男は大勢います。背格好だって、似たような人物は大勢いるでしょう？なのに、この写真1枚だけで俺を『怪盗キャラメリゼ』だと決めつけるのは早計かと
……今、なんと言った？
はい…？だから、その写真だけで俺を『怪盗キャラメリゼ』だと決めつけるのは早計だと
……俺は、一度もこの腕輪を盗んだのは怪盗キャラメリゼだとは言っていないが？
っ！！
心臓が掴まれたような感覚がした…心拍数が一気に上がり、口の中がカラカラに乾く…。
確かに、この腕輪は昨晩怪盗キャラメリゼに盗まれたものだ…しかし、それを今知っているのは、情報が早い報道機関と我々市警の人間だけだ
やらかした…！！
そうだ…最近キャラメリゼの犯行が目に見えて増えていて、市警の威厳にかかわるとして情報規制がかかっていた…！昨日はちょうど、その情報規制が上手くいっていた日だったんだ…！！
全然うまく回ってる気がしなかったから油断した…！
ブリュレ君…すまないな、市警というのは、人を疑う仕事なんだ
任意同行を願おう。来てくれるな？
…………はい
ここで断れるわけ…ないじゃないか…。
刑事は、部屋の外でソワソワしていた母さんに二、三言話すと、俺の背に腕を回して言った。
行こうか
…………
疑われているのではない。これは、確信だ。背に回された腕の力強さが、それを物語っていた。
ああ…俺、これからどうなるのかな…ファウストにはあんなこと言ったけど、当の俺が一番覚悟できてなかったみたいだ……怪盗キャラメリゼなんて、馬鹿みたいな夢物語は今日を以て完結だ……でも、せめて……君のハートだけは先に奪っておきたかったよ…ベルリーナーー
すみません、ルビーティアーをいただけませんか……って、おや？サヴァラン君？
店の出入口は一つしかない。俺たちが外に出る直前、入店したのはファウストだった。
………
シュトーレン刑事に促されるような状態の俺を見て、なんとなく察したようだ。ファウストはニコリと微笑んで言った。
これはこれは…シュトーレン刑事ではありませんか
？……失礼、どこかでお会いしたかな？
いえ、怪盗キャラメリゼと言えばシュトーレン刑事…そう言われるまでに、あなたは有名になっておりますよ。知りませんでしたか？
そうなのか…
ゆっくりお話を聞かせていただきたいところですが……サヴァラン君に何か？
ファウストは俺の頭をぽんと叩き、シュトーレン刑事に問うた。
彼に強盗の容疑がかかっていてな。任意同行を求めたところなんだ。失礼させて頂こう
随分早計ではないですか？何をそんなに急いでいるのです
…別に急いでいるつもりは無いが…
まるで怪盗キャラメリゼを捕まえたかのようです
刑事の眉がぴくりと動いた。
否定しないということは、それと近いことが起きたのですね…
それで、集まった証拠品のうちどれかが、たまたまサヴァラン君の特徴と一致した、と…
………そこまで分かっているなら通してくれないか？
お忘れですか？僕は早計だと言ったのです
彼のように計算高い人なら、致命的な証拠は残さないでしょう。あるとしたら、それはフェイクです
なぜそう言いきれる？
彼の性格ゆえです。彼の今までの犯行…まるで動機が見えないようでしたが、最近の犯行を見て確信したことがあります
……それは？
彼は愉快犯です
……前々から言われている事だが？
なら尚更…刑事さんは知らないでしょうが、彼はそんな野暮なことに時間を割く人間ではありません
野暮なことって……
……彼を随分信頼しているんだな？
それはもう。何度かお茶もご一緒した仲ですから…ねぇ、サヴァラン君？
は…はい…
それに、任意同行とは形だけ…そのまま逮捕に持ち込むつもりでしょう？
それは…彼の証言によるが
最近の市警は物騒だと聞きます…心理的に追い詰めて、自白を強要すると…
……否定はしない
しかし、俺はそんなことは絶対にしない
正義感がお強いことで…
それはあなただけでは？
なんだと？
否定出来ないのでしょう？あの怪盗キャラメリゼの事情聴取となれば…不謹慎ですが、競争率はかなり高そうですね？
………
そこで、ちょっと提案したいのですが
ファウストは俺の肩を掴むと、ぐいっと自分の方に引き寄せた。行動を予測できなかったのか、シュトーレン刑事はすこし眉をしかめた。
貴様…
監視に留めるのはどうでしょう？
監視…？
ですが、彼の自宅は見ての通り飴屋さん…その周りを市警官が彷徨いていれば、営業妨害になりかねません
なので、監視の際は僕の家を使ってください
ファウスト……さんの？
……そこから遠隔で監視しろと？
いえ、僕がサヴァラン君をしばらく引き取ります。そこで彼を…そうですね
最近の怪盗キャラメリゼの犯行スパンから、2週間も監視すれば十分でしょう。どうです？
……！
……分かった。その提案には乗ろう
なら早速…
だが
2週間の監視中、キャラメリゼになんの動きもなかったら…その時は事情聴取を受けてもらうぞ
…ええ、それでいいでしょう。構いませんね、サヴァラン君？
……はい
ファウストは店でベリーのキャンディだけ購入すると、俺と刑事を連れて自宅へと向かった。
すごい場所だと思った。没落したと聞いていたが、家はでかい…
当然、これから人を呼ぶのですよね？
ああ。流石にこればかりは、一人ではどうにもできないからな
ふふ、久しぶりに賑やかになりそうです♪
では、先に失礼しますね
ああ…くれぐれも変な気は起こすなよ
そう言い残すと、シュトーレン刑事を庭に残し、俺とファウストは邸宅の中に入った。ダイニングルームに通され、俺は言われるままに席につく。
ホットハニーミルクは好きですか？気分が落ち着きますよ
……うん、ありがとう…
ホットハニーミルクを受け取り一口啜ると、急に緊張の糸が切れたのか、俺は音を立ててカップをテーブルに置き、そのまま突っ伏してしまった。
もしもし、生きてますかー？
生きてる…
まずい事になりましたねぇ…今のままでは、事情聴取は避けられませんよ？どうするのです？
どうするって……どうすりゃいいんだよ…
簡単です！この2週間の間に、犯行を成功させればいいのですよ！！
どうやって！！俺はこれから２週間監視されるんだぞ！？ここから出るにも、下手したら寝るときだって…
そんな状態で…どうやって怪盗キャラメリゼを動かせっていうんだ…？
ふむむ…思った以上にナーバスなんですねぇ、あなた…
あるではないですか、１箇所。あなたが監視されない場所が…
予告状はそこで書けばいいし、出すのはこちらにお任せ下さい。盗むものも目星はついております
………どうやって、気付かれずに犯行現場に行けばいい…
簡単です。市警の目に付く場所に、サヴァラン君がいればいいのでしょう？僕にお任せ下さい♪
………監視されない場所って？
それも教えなければわかりませんか？…頼りない怪盗さんですねぇ…
学校ですよ♪
