第三章
ゴースト
第三章
ゴースト
ここは東京スカイツリーとオリンピック効果で絶好調の町、
浅草。
4年後のオリンピックのマラソンコースにも既に内定していて、
国外からの観光客も急激に増え連日賑わっている。
むこう数年は安泰であろう経済情勢である。
しかし、
そんな好景気の流れとはほぼ無縁でずっと覇気のない、
いつも埃っぽい裏通りがこの町には点在している。
殊更に夜10時以降の浅草は顔を変える。
昼間はどこにいるのだろうと思わせる灰色の老人たちがシャッターの仕舞った商店街で蓑虫のように連なり、
死んだように寝ている。
織原経華はその光景にショックを感じながらも、
まるでこれから夜逃げでもするような大きなショルダーケースを懸命に運んでいる。
ケースの取っ手に付いてふわふわ揺れるのマスコットだけが少し気休めになっていた。
その先には歩き缶コーヒーをしながらスマホで明日のパチスロホールの新台入替、
データチェックをしている小暮忍の姿がある。



君、意外と力持ちだね。助かるよ





…何か不公平じゃありませんか!?いや、そうに違いないです!





何が?君が重いものを持っているにも関わらず、俺が悠々と明日打つパチスロのチェックをしているこの構図の事かい?加えてさっき軽く施術したばかりの人間に対して力仕事をさせて体を歪めさせるのは如何なものか、と?





御名答です!!私と違って理解が早い方で助かります!





わかった、じゃあ交換しようか。患者宅に着くまでの残り10分少々、君がスマホでジュース飲みながら明日のパチスロの台選びをして俺がそのマットを運ぶ





え?でもそれだと…





俺が君をバイトで雇った本来の目的とは異なるよね?





…はい





武士に二言は?





御座いません。小暮殿、先を急ぎましょう!


小暮のSっ気の強い返しに経華は鞭打たれた馬のように駆け足で小暮を追い抜いた。
検討違いの方向へ行く暴れ馬に対して



そっちは逆だよ


と猫背の騎手はたしなめた。
10分後。
薄気味の悪い浅草寺の裏通りの真ん中で、
汗だくで息を切らしながら経華は小暮に尋ねた。



本当にこんなところに生きた患者さんがいらっしゃるんですか?お化け屋敷の間違いでは?





俺も毎回よく思うよ。今日も死んでなけりゃこの店の中にいるはずだぜ


小暮の指さす先にはそれこそ白黒映画の闇市に出てきそうな木造の長屋があった。
暖簾には❝かさや❞とあり、引き戸の奥に灯りがポッと燈っている。



本当に化けて出てきませんか?





ありえるね。最近老人の孤独死ってのが増えてるらしいからな。そうしたら俺たちが第一発見者の可能性もある





またそうやって意地悪な事を!罰が当たりますよ





まあ確かに。そもそも罪滅ぼしというか、惰性でやってるような仕事だからな


経華がその意味深な返しに首を傾げていると何事も無かったかのように小暮は引き戸を開けた。
薄暗い店内は立ち食い寿司屋のようなカウンター6~7席くらいの作り。
ショーケースは空。
カウンターの奥の部屋からテレビモニターらしき光とすすり泣くような枯れた声がかすかに聞こえる。



ひーん!


経華は小暮の後ろに隠れる。



ばあさん。来たよ。今日は何観てるんだい?


その声に応えるように黒い人影が灯りの部屋からのっそりと近づいてきた。
続く
