経華は小暮の後ろに隠れる。



ひーん!


経華は小暮の後ろに隠れる。



ばあさん。来たよ。今日は何観てるんだい?


その声に応えるように黒い人影が灯りの部屋からのっそりと近づいてきた。



川島雄三の『洲崎パラダイス赤信号』だよ。アンタは観たかい?





悪いね。白黒映画は眠くなるから観ない事にしてるんだ





帰りにビデオ屋に寄って必ず借りて観な。どっかの誰かとよく似た話だからさ





そいつあ、より観る気を無くすね


小暮と老婆の会話に着いて行けず経華が戸惑っていると



ひーん!





粧子先生?じゃないね。化けて出たわけじゃあるまいし。てことはとうとう新しい女作る気になったかい?小暮先生





いちいち押しつけがましいよ、ばあさん。そんなんじゃない





そうかいそうかい


パチンと照明をつける音。
カウンターに顔を表したのは眼鏡をかけた白髪で背の曲がった、ぽたぽた焼きのようなおばあちゃんだった。
そして三角のバンダナを巻き、
包丁を研ぎながらこう言った。



先に施術にするかい?それとも飯にするかい?


包丁を研ぎながら好々婆は小暮と経華に言った。



君はどっちがいい?任せるよ





申し訳ありません、質問の意味がまだよくわかっていなくて。もう一度お聞かせ願えますでしょうか?


思わず固い就活口調になるほど経華は狼狽していた。



ここは今は私が独りで切り盛りしている飯や。小暮先生には粧子先生の頃から引き続いてカイロプラクティックのお世話になっているのさ。お嬢ちゃんは?





はい!わ、私は織原経華と申します。大学4年。趣味は読書です。特技は…





要するに流れで今日は特別にバイトで来てもらってるのさ





へえ、どんな流れでしょうねえ。怖いですねえ、恐ろしいですねえ





何がだよ。じゃあ、悪いけど先に施術をさっさと済ませてもらうよ。まだ閉店間際の台チェックに間に合う





違います!今のは私じゃありません!おならもしたことありません!


経華はお腹をぎゅっと抑えながら



撤回します。今のがおならなんです!私、人と違ってお腹の音がおならの音で、おならの音がお腹の音でして


三回目の大きな腹の音。
経華は恥ずかしくて涙目。
ばあさんはクスクス笑いながら



小暮先生、この子は何をしてるんだい?





一応、バイトとして雇い主の仕事の進行を妨げないよう努めてるんじゃないかな





そういう健気なところも彼女そっくりじゃないか





さてね、お化けの話は忘れちまったよ


経華は
粧子先生って誰ですか?
と聞こうとした瞬間、
それどころじゃなくなる。



お嬢ちゃん、我慢するこたあないよ。ここはめしやなんだからさ。座んな





お構いなく!むしろ今お腹に何か入れるとおならが止まらなくなるので


4回目のお腹の音。経華は降参して首をうなだれる。



ばあさん、先に飯にしよう。そんなの鳴りっぱなしじゃ仕事に集中できないだろ。君も俺も





申し訳ございません。バイト終わり次第切腹して謝罪します





因みに飯代もちゃんとバイト代に入ってるから安心して。俺がお先に自腹を切ってやる





上手いこと言わないで下さいよ~。みじめ倍増です!


続く
