小豆沢の面接が終わって、夜。
さっそく今夜は現場仕事で、小豆沢の面倒も見ることになっていた。
小豆沢の面接が終わって、夜。
さっそく今夜は現場仕事で、小豆沢の面倒も見ることになっていた。



よ、よろしくお願いしますっ!





緊張しないでいいよ、適当な職場だし。ただ、一つだけ。いつも気にかけて欲しいのは安全第一だね。工事現場って、いろいろと危険があるから





は、はひっ!


元気な返事だなあ。こういう雰囲気の子って、なかなかいない絶滅危惧種かも。



さて、じゃあ現場の案内をするけど――


――って、うげぇっ……リーダーの山田サン、もう来てるじゃん。いつももっと遅いのにな、珍しい。



よーぅ、大器。お前が採用した新人の子って、その子か?





はい。……って、まるで僕が一人で採用したみたいに言わないでくださいよ! 面接は僕がしましたけど、ちゃんとそのあとに書類を山田さんや事務の人にメールで送って確認とったじゃないですかっ





面接したなら、お前が採用したみたいなもんさ。それにしてもその子、お前と同じ高校で同じ歳だろ? しかもめんこいじゃねえか! そりゃ採用するよなあ、ガッハッハ!!


相変わらずデカい笑い声だよこの人……って、え?



同じ高校で、同じ歳!? そういう情報、事前になにも聞いてないですけど……





ありゃ、そうだったっけ? まあ、いいじゃねえか





ほんと、適当すぎですよ! 高校が同じっぽいのは制服でわかりましたけど、歳も? ってか、なんで山田さんが知ってるんです?





ああ、事務の人から履歴書受け取ったの俺で、お前を面接官に推したのも俺だから。いい判断だろ?





……履歴書あるなら、面接官の僕にも見せてくださいよぅ


大体、なにがどう「いい判断」なのか。……あの掘っ立て小屋で、このいかにもオッサンな山田さんと小豆沢が二人きりで面接するのがまずくて僕にした、とかかなあ? まあ、それはそうかも。小豆沢的にも、僕が面接する方がいくらかマシだったはずだ。そう思いたい。



えっと、あのぉ……?





あ、ごめん。ちゃんと紹介しなきゃね。こちらが現場リーダーの山田さん。『コンクリの破壊神』とか呼ばれてる、怪力のオッサン


小豆沢と山田さんが並ぶと、まるで親子……というか、巨人と小人みたいな絵面になった。



よぅ、よろしくな嬢ちゃん。えっと、ダイズザワだっけ?





あ、あずきざわですっ!





ははっ、すまんすまん! ちっこいから小豆って覚えとくぜぃ





むー、言い返したいけど言い返せません……。それでいいので覚えてくださいっ! でも、私は小さいですけど『ちからもち』ですから!!





ガハハ、威勢のいいこった。案外この現場、合ってるかもな


山田さんは、小豆沢のかぶったメットをぽむっと叩いてから、持ち場に向かっていった。デカいしうるさいけど、まあ、悪い人じゃない。



あー、びっくりした。声も身体も、ちょーでかい人ですね。でも、いい人っぽい





山田さん、怪力バカだから気をつけてよ? これ、一番重要な「安全第一」ね





あははっ、りょーかいです。ね、山菜さん山菜さん。ところで……


小豆沢が声の調子を変えて、じぃーっと僕の顔を見てくる。なんだろ、顔になにかついてる?



山菜さんって、私と同じ歳だったんですかー? てっきり大学生くらいかと


僕の顔を見て、そう言い放つ小豆沢。



それってつまり……僕が老け顔ってこと!?





ふ、ち、ちがっ、えっとぉ……オトナっぽいってことです!





今、どもったよね!? 言い直したよね!?


ちょっと……いや、かなり凹んだ。予想外に辛い。



えっと、じゃあもしかして、敬語で話さなくてもいいで……いい、かな? 本当に同じ歳ですよね?





本当だからっ! タメ語で頼む!





はーい! よ、よろしくね、山菜さん☆


……まあいいや。気を取り直して、現場と仕事の紹介をしよう。
僕たちのチームが今週工事している現場の案内を簡単に済ませてから、小豆沢にもできそうな仕事を手伝ってもらうことにした。



このカラーコーンをあっちに並べればいいのかな?





そうそう。今日は作業場所がこの辺からあっちに移るから、立ち入り禁止の区画をこのコーンで囲うように置くんだ





んしょっ……うん、これなら持てる、余裕余裕♪


小豆沢が得意げな表情で、赤いコーンをひょいっと持ち上げる。



あ、コーン単体でもいいんだけど、コーンの根元に取り付けるコーンベッドも一緒に運んだ方が早いかな





コーンベッドって、この黒い輪っかみたいなの?





そう。それが重しになるから





なるほど……って、重ぉ!?


コーンベッドって、確か2kgくらいだっけ。軽くはないけど、小豆沢があんなに苦戦するほど重くもないはずだけどな。



うんしょ、うんしょ……。ふーう!


小豆沢は、よたよたしながらコーンを何個か運び、大きく息をついた。……残念ながら今のところ、小豆沢が自称するような力持ちにはとても見えない。



完了! 山菜さん、次のお仕事は?





えーっと、じゃあこれを持ってみてくれる?


僕が指さしたのは土嚢(どのう)袋だ。土がたっぷり詰まると重さ数十キロにもなり、山田さんみたいな人しか持てなくなるけど、目の前にあるのは廃材が入ってる袋で、たぶん10kgないくらい。
これでも決して軽くはないけど、試しに小豆沢の力を測ってみたくなった。



あっちのゴミ捨て場まで運びたいんだけど、できそう?





やってみるね! うーんしょ……しょ? ……しょ!


小豆沢は最初、両手で袋のヒモをつかんで引っ張ってみた。結果、ヒモがぴーんと伸びて、袋がズズッと動いただけ。



ぬぬぬ……


これではダメだと思ったのか、腰を落として両手で袋をわしっとつかみ、ウェイトリフティングみたいな動作を開始――やっとこさ肩にかついで、勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。



持ち上がった! やってやりました!!


持ち上げただけである。しかも既に足元がふらふらしている。笑顔が徐々に引きつっていく。



大丈夫?





だ、だいじょばなくないっ! このまま運べるから!!


よたよた歩き始めた。この上なく危なっかしい。どう見ても外見通りの腕力で、力持ちには見えない。僕は彼女の斜め後ろに寄り添っておく。



大丈夫、私はちゃんと『ちからもち』だから……いざとなったらすごいんだから!


僕の表情に考えてることが出てたのか、念押しの言葉が返ってきた。そう言われても今の様子では……。いざとならないとダメなの? 気まぐれな力持ちだなあ。
だけど。小豆沢が頑張り屋らしいのは明らかだ。この職場に不向きなのは間違いないけど、こんな子が一人いても悪くない気がする。できる仕事はなにかしらあるだろうし。



んしょ、んしょ……


よたよた歩きのまま、留まっている黄色いクレーン車の付近まで来た。ゴミ捨て場まで距離がまだあるのに、小豆沢のふらふら具合が増していっている。
力試しはこの辺で十分だろう。



あとは僕が持つよ、いったん置いてみ?





は、はーいっ……お、ととっ!?


小豆沢は僕の言葉に慌てて振り向き、そのまま荷物を置こうとして――大きくバランスを崩した。



危ないっ!


重量物を持ったまま倒れるのは危険だ。僕はとっさに手を彼女へと差し伸べて――
――その身体のどこかなんとなく柔らかい部分に触れてしまった、気がした。これは、故意じゃない。事故だ。安全第一なところ申し訳ないけど、事故だ。



ひゃ、ひゃああっ!?


とっさのことで、飛びのこうとする小豆沢。
彼女は僕の手に支えられるどころか、逆効果になった。激しく反対へと身体をひねり、その後方にはクレーン車があって――
そのまま、クレーン車が吊していた鉄骨に荷物を叩きつける形になった。廃材を入れた袋がドサリと落ちる。



大丈夫!? どこかぶつけてケガしてない?





えへへ、平気。……ごめんなさい





いや、こっちこそ、なんと言うか……いろいろごめん


気付くと、小豆沢との距離が妙に近い。工事現場のライトに照らされたちっこい顔がすぐ目の前にある。
この自然な肌の感じはすっぴんってやつなのかな。いやいやなにを考えているんだよ僕は。



えっと……





…………あっ!


そのときだった。小豆沢が僕の後ろを指さしながら変な声をあげる。僕も背後に妙な気配を感じて振り向いた。
目に飛び込んできたのは、クレーンに吊された鉄骨がゆっくり回転しながら向かってくる光景だった。重々しい動きで鉄の塊が迫ってくる。このままでは僕に直撃コースだ。でも僕が動いたら、小豆沢に当たる……?
瞬時の葛藤で、僕の身体は避けも逃げもできなかった。



どいてっ!!


だが、小豆沢は違った。
なんと僕をかばうようにして、その細腕を伸ばす。小さな掌が、百キロは軽く超えてるだろう巨大な鉄骨へと差し出され――
受け止めた。
僕の目がおかしくなっていないのならば、鉄骨を受け止めたように見えた。



よっ、と……


数秒の沈黙の後に小豆沢がそっと手を離すと、鉄骨はもう回転を止めていた。



今の、は?


まるで発泡スチロールの棒を受け止めたみたい。しかも僕をかばいながら片手を伸ばしただけという、この上なく悪い体勢で、だ。こんなの豪腕の山田さんでも無理じゃ?
どう考えても、不自然だ。



えへへっ、やっぱり不自然かな……今の、見逃してはくれない、かな?





『見逃す』って言い方をするってことは……なにかタネがあるの?





はうっ!? ……しまったぁ


小豆沢の顔がもにょもにょと変化し、手がわたわたと動く。



実は私、合気道の達人なの……っていう説明じゃダメ!?





今のは真正面から受け止めたようにしか見えなかったけど





気合いをほぁーって放出したらこんなこともできるんだよ! これぞ合気道!





合気道はちゃんと力学を応用した武道のはずだけど……気を、本当に放出したの?


気なんてものを放出できるんなら、さっきの不自然な現象もつじつまが合う、かも。ありえないけど。



えっと、えへへへ……


小豆沢が、ばつが悪そうに笑った。
そして僕にぐぐっと顔を近づけてきて――こしょっと耳打ちをされた。



私……超能力を使えるの。これ、絶対に、誰にも言わないでね?


僕は驚くのも疑うのも忘れてしばらく固まった。
『超能力』なんて言葉が飛び出してきたから。
それに……小豆沢の声の響きが、耳にとてもすぐったく感じたから。



(…………はぁ。言っちゃった)


だから、その時に小豆沢がどんな顔をしていたのか、まったく見ていなかったんだ。
