澄音は静かに答え部屋を後にする。
フミもまた、その後を
追おうとしたのだが――ふと
足元に舞い落ちた一枚の花弁に
気づき、思わず足を止めた。



──時は流れ、澄音の三日間の謹慎が明ける朝のことでござる。
小さき窓より差し込む朝陽を浴びながら、澄音は静かに手を組み、お天道様へと祈りを捧げておりました。
やがて、軋む音とともに扉が開き、一匹の影が差し込む。





澄音、出なさい。お清様がお呼びです





はい


澄音は静かに答え部屋を後にする。
フミもまた、その後を
追おうとしたのだが――ふと
足元に舞い落ちた一枚の花弁に
気づき、思わず足を止めた。



……梅の花?





なぜこんなところに……?


訝しげに眉をひそめ
窓の方へと目をやる。
確かに、小さき窓はある。
しかし、それは高き位置にあり
手の届くものではない
ましてや、外に出ることなど到底叶うまい。



……窓より入りしものか?


だが、何かが引っかかる。
そもそも、教会の周りに
梅の木などあったであろうか?
澄音の背中を見送りながら
フミはそっと花弁を握りしめた。
──この小さき花弁が、何を
物語るのか……今はまだ
知る由もなし。
澄音がお清のもとへと向かうと
お清は既に席についており
机には分厚き書物が山と積まれていた。



今後は、同じ過ちを繰り返さないように





はい





さて、本日より、また子らの支援を再開するがよい


教会は宗教に関わらず
孤児や貧しき子らへの慈善を
行っておった。
澄音の務めは、読み書きを
教えることであった。



はい、では行ってまいります


お清に一礼し、澄音は教会を出た。
その頃、フミは教会の周りを
歩いておった。
探しているものはただ一つ
──梅の木である。



……この辺りに、梅の木などあったか?


己の記憶を辿りつつ、周囲を
くまなく見渡す。
しかし、どうにも見当たらぬ。
では、あの花弁は一体どこから……?
思案を巡らせておったその折、
教会の門前に、一台の人力車
ならぬ猫力車が
音もなく滑り込んだ。
フミはふと顔を上げる。
猫力車の中より降り立ったのは
将軍の側室──八千代であった。
その姿を見たフミの口元に
ふっと笑みが浮かぶ。



やっと参ったか


呟く声は、まるで
待ち猫を迎えしがごとく、
静かに、しかしどこか
愉悦(ゆえつ)に満ちていた。
さてさて、この先どのような
波乱が待ち受けるやら──。



八千代様、お待ち申しておりました





うむ。では、その絵画を見せてもらおう


八千代と呼ばれたその御方、
将軍様の側室にて、高貴な
身分ながらも物怖じせぬ強き
眼差しを持つご婦人であった。
この思いもよらぬ訪れに、
教会のシスターたちは皆、
驚きと緊張にざわめいておる。
──将軍の側室がなぜこんなところへ?
その騒めきを聞きつけ、お清が
慌てて駆けつけた。



これはいったい、何事でございますか?





お清様、この方は上様の側室、八千代様にございます





八千代様が……? では、いったい何のご用向きで……?





はい。異国の絵画をぜひ見たいとおおせになりまして
八千代様にご覧いただこうかと





なりませぬ!





あそこは立ち入り禁止の場所……!





ですが、お清様。八千代様はわざわざ足を運ばれました。ここでお引き取り願うなど、できませぬ





八千代様、どうかお引き取りを……あの絵は災いを招くと言われ、
私どもが厳重に保管しているものでございます。もし八千代様になにかあれば、大変なことに……





かまわぬ。それしきの噂に、我が心乱されることなどあろうはずがない





それに上様は異国の品をこよなく愛しておられる。ここに珍しき異国の絵があると聞き、
まずは私が確かめに参ったまで。





ですが……





お清様……八千代様に逆らうということは、上様に逆らうのと同じことにございます


お清の表情が苦悩に歪む。
もはや、止める術はない……。
しかし、お清は震える唇を
噛みしめ、すぐ近くにいた
シスターに向かって命じた。



すぐにサヨリ様を呼んできなさい……!





八千代様こちらでございます





うむ





.......


フミは手にした鍵を倉庫の
扉へとかざす。
カチリ──
無機質な音とともに、
禁じられし扉が開かれた。
お清の額を一筋の汗が伝い落ちる。
果たして、それが開かれるべき
扉であったのか
──誰にも分からぬままに。
