ジャハ中央・翠緑の塔、最上階。
ひび割れた床に立ち、私は妹を見上げていた。
戦いが始まってしばらく経つ。
その間にリリーシカは、上空から何度か“殺竜巻”――強力な全範囲攻撃を降らせてきた。
防御魔法がなければ確かに“最恐”だっただろう。しかし・・・



ちっ、また防御魔法か。





また、はこちらのセリフだ。殺竜巻は、そろそろ弾切れじゃないのか?


ジャハ中央・翠緑の塔、最上階。
ひび割れた床に立ち、私は妹を見上げていた。
戦いが始まってしばらく経つ。
その間にリリーシカは、上空から何度か“殺竜巻”――強力な全範囲攻撃を降らせてきた。
防御魔法がなければ確かに“最恐”だっただろう。しかし・・・



くっ・・・





やはり私の防御の方が、弾数が多かったようだな。





うるさいな、言われなくてもわかってるよ!


大いに魔力を消費する殺竜巻を、何十回も使うことはできない。ましてや呪文を省略する“契約魔法”の場合、通常よりも多く魔力を持っていかれるのだ。



契約魔法師同士の戦いほど退屈なものはないな。撃っては防ぎ、防いでは撃つ。君より眠気に負けそうだ。





ずいぶん、余裕があるじゃない?





君と私の魔力はほぼ同等。とすれば、場数を踏んだ私の方が有利だろう。ほら例えば――


私は指を鳴らした。契約魔法が発動し、火炎がリリーシカを襲う。同時に、呪文を詠唱。



――裂空破〈エアーボム〉





ぐっ!


リリーシカの足元で空気が破裂した。
裂空破――空気中で爆発を起こし、空を飛んでいる相手の足元を崩す魔法。
火炎は防いだリリーシカだったが、防御が解けたタイミングで発動した裂空破をまともに食らい、飛行魔法を保てなくなった。急降下し、ひび割れた床にどうにか着陸する。



はあ、はあっ・・・





契約魔法と詠唱魔法の同時使用、慣れれば簡単だ。やってみるといい。


さて、上手く引きずり下ろしたが、ここからどうするか。
リリーシカを殺すにはコアを破壊しなければならない。
コアに遠隔攻撃は通じない。素手で、あるいは手に持った武器でなければ破壊できないのだ。
リリーシカには、私の手が届く距離まで近づいてもらう必要がある。私自身をエサにして。



君にとってもうひとつ、大きな不利がある。君に魔法を教えたのが、この私だということだ。


塔に幽閉されていたリリーシカ。話し相手は私くらいなもので、そして私に話せることと言えば魔法だけだった。
そのときの知識が今、リリーシカの魔法を支えている。
殺竜巻レベルの大技はもう弾切れのはず。
火炎や風刃あたりはまだ使えるだろうか。だが小技で確実に殺すにはもっと近づかなければならない。
私のスキを誘うため、リリーシカに使える魔法はいくつかある。



――――


使う魔法を悟らせまいと、リリーシカは口元を隠し、声を潜めた。しかし関係ない。
幻覚魔法、操心魔法、眠り――教えたことのある魔法はどれも手を打ってあるのだから。
リリーシカが、詠唱を終えた瞬間――



・・・? あれ?


私は、動けなくなった。
意識ははっきりしているのに、指一本動かせない。



その傲慢さ、それ自体が君のスキだ。私のことをなめてたでしょ。


体を取り巻く空気が、形を持ってまとわりつき、私を閉じ込めている。
どこかで聞いたことがある魔法だ。確か――



凝華檻〈サブリマシオ〉・・・
そんな魔法を、なぜリリーシカが知っている?





君は知らないかもしれないけど、私も勉強するんだよ。私は君の妹で、君の親友で、だけど君とは別の、一人の人間なんだから!


リリーシカが塔の外で。
私の知らないうちに、魔法を学んだ?



私は、君とは別の人間だ。そんなことも忘れてたんでしょう!?


リリーシカは私に歩み寄り、指を鳴らした。
風の刃が、至近距離から私を切り裂いた。
即死でなかったのは幸運だった。
回復魔法の青い光が浮かぶ。大量の流血に反応して、精霊たちが勝手に私を治し始める。いい餌場を失っては困る一心で。
凝華檻の維持時間は短く、すでに解けかけている。
私は倒れながら、足を動かした。左足のタップを三回。
幻覚魔法が発動する。
回復魔法の青い光は、いまだに私を包んでいる。だがリリーシカにはそれが消えて見えただろう。精霊は私を治そうとしたが、間に合わず――そんなストーリーが出来上がる。
私が身を起こしても、リリーシカには私が倒れたままに見える。
フィンガースナップで火炎攻撃。
リリーシカのコアがむき出しになる。
それを火炎を帯びた手で握りつぶし、戦いは終わる。



それだけのことが、なぜできない?


私は相変わらず、床の血だまりに倒れていた。
凝華檻はとっくに解けている。
風刃に斬られた体が痛むが、動けないほどではない。回復も半ば完了している。



なのに、リリーシカを殺す、それだけができない。そのことを考えると、体が動かない・・・なぜ?





ルーガル・・・


リリーシカは呆然と膝をついていた。
スキだらけだ。殺すなら、今しかないのに・・・



ルーガル、ごめん。でも私、この体になってからずっと苦しいんだ。魔力が体の中で暴れてるんだ。何かが足りないんだ・・・





だから魔結晶を集めたけど〈勇者の魂〉も〈仁者のもてなし〉も私の魔力を鎮めてくれない。君の中にあるソレでなきゃ、私の苦しみは止まらない。





だから、ソレを。
ちょうだい、ルーガル・・・


リリーシカが手をかざす。
私の心臓をえぐり出す一撃が、呪文で呼び起こされる――



リリーシカぁっ!!





ッ!?


突如。誰かが塔の屋根を破って現れた。
そして剣を構えて飛び降りると、リリーシカの首を刺し貫いた。
