夕食時の食堂に集まる人々の中に、珍しく、パーメントールの姿はなかった。
正確には、つい先ほど姿を見せはしたのだ。
しかし途端に黙りこくる面々の様子に、勝算はないと判断したらしい。自室へ帰って行った。
食堂には、何もなかったように食事を続ける者、ドアを一瞥して会話に戻る者――
夕食時の食堂に集まる人々の中に、珍しく、パーメントールの姿はなかった。
正確には、つい先ほど姿を見せはしたのだ。
しかし途端に黙りこくる面々の様子に、勝算はないと判断したらしい。自室へ帰って行った。
食堂には、何もなかったように食事を続ける者、ドアを一瞥して会話に戻る者――



…………





はあ? なんだ、その無表情。
いつもみたいに追いかければいいじゃないか。





本性知って冷めたってか。そんな軽い気持ちで私をいじめたのかおまえ。
私が貧弱非力で命拾いしたな!


一発殴るだけの腕力もないことが惜しまれる。
少しは鍛えるべきだろうか。
神妙な顔で手の平をぐっぱぐっぱしていると、後ろから声を掛けられた。



お嬢ちゃん、大変だったねえ。
あいつに付きまとわれてたろう?





一言も口きいてやらないのを見て、なんて冷たいやつだと思っていたが、今から考えると賢かったな。
言葉を食うだって、気色悪い種族がいたもんだ。





…………


私はチンジャオロースを掻っ込むと、椅子を蹴って立ち上がった。



あっおい!?


おっしゃる通り、私は冷たい人間だ。
だから誰にだって同じようにするのだ。
今みたいに。



…モヤモヤする。


パーメントールが買ってきたお菓子を美味しそうに食べてたじゃないか。
この屋敷に住んでいる人は誰もが、パーメントールに助けられたことがあるはずだ。
それは力仕事の肩代わりだったり、会話に交ざれないでいるときの仲介だったり、様々に。



これだから人間は嫌いなんだ、バッカらしい。


ノックの返事を待たずにドアを開けると、パーメントールはデスクでラジオを聞いていた。



あれ、ラル。
どうしたの。


慌てた様子でラジオの電源を切る。
ブツッという切断音にかぶせるように、
私はメモ帳から千切ったページを、彼の前のデスクにたたきつけた。



なんなら私がラニー語を翻訳してやることもできる。
どうあっても喧嘩に持ち込んでやる!


しかしそんな私の熱意は、パーメントールの言葉で不完全燃焼に終わった。



ええと…





心配してくれたのかもしれないけど、別に僕、怒ってもないし傷ついてもないんだよね…?





え。





こういうことは初めてじゃないし、今回は、理由がはっきりしているしね。
ただ…困ってるんだ。





人と話せないと…
おなかがすいてしまって…





あー…なるほど。





この人、仲間外れにされて悲しいとかいう感性がない…?


そういえばマヤノさんが言っていた。
パーメントールは他人を食糧としか見てないって。
チンジャオロースに無視されたところで、食べられなくて悲しいとしか思わないだろう。



おなかがすいて力が出ない…
悲しい…





心配して損した。


くるり。
私は回れ右してパーメントールの部屋を出ようとしたが、その腕を後ろからつかまれた。



ね、ラル。
このままじゃ僕飢え死にしてしまうよ。
話し相手になってくれないかな。





断る。





書いてくれた手紙を読み上げるだけでもいいんだけど。





空回りに終わった内容を読み上げろと?
新手の拷問か。





というか、そこまでする義理はない!





おい、力強いな!?
いや私が弱いのか?





助けてーっ!!
マヤノさん!!!





いじめてんじゃないよ、パーメントール。ラルはぐいぐい来られるのが苦手なんだから。





やあ、マヤノ。
来てくれたのかい、嬉しいよ!





それは私のセリフだろ、どう考えても!





セリフだってんなら、口に出して言ってほしい所だね。





パーメントール、あんたは自分がラルよりずっと背が高くて力が強いって自覚しな。ただでさえ臆病な子なんだ、仲良くなりたいなら距離感考えなよ。





わかったかい?
わかったら何か言うことは。





ごちそうさま!





…次から説教は書面だね。





…それは困るな。





ごめんよ、ラル。
おなかがすいていたんだ。
もう無理強いはしないから。





おお…マヤノさんがパーメントールの手綱を握っている。





嫌な言い方するんじゃないよ、ラル。





……?





マヤノはすごいね。
まるで、ラルが何を考えてるのか、聞こえているみたいだ。





…………


マヤノさんが固まる。
私は心の中でささやいた。



心を読めるってこと、パーメントールは知らないの?





…………





普通にやり取りしてくれるから、てっきりもう知られてるのかと…
私のときもそうだったけど、マヤノさんって意外とうっかりしてるよね。





…………





それより、さっきまでラジオ聞いてたんだろ?


マヤノさんは話を変えることにしたらしい。
やり方が強引すぎやしないか。



ラジオや動画でも食事になるのかい?
それなら腹を減らすことはないじゃないか。





いいや、ダメなんだ。自分の参加している会話でないと、エネルギー変換ができなくて。
さっきのは、言ってみれば、石ころをなめて空腹を紛らわしていただけさ。


だから恥ずかしそうに電源を落としたのか。
あまり見られたい場面ではないな。



ふうん。
参加することが大事なら、ラルの筆談は?





え。





文字は食べられないって、思い込んでるだけかもよ?
ラル、何か書いてあげなよ。





ええ…





筆談なら少しは協力できると思うけど。ほんとは無意味な長話自体嫌いだけど。





そうかい? ありがたいな。
少しでも君とおしゃべりできるなら…





うん、えっと…





…………





残念だけど…
これは、食べ物じゃない、な…





ふぅん。ダメだったか。





書き損じゃないか。


私はメモ帳のページを破り、丸めて服の中に突っ込んだ。



でも、マヤノと話したおかげで少し元気が出て来たよ。満腹には程遠いけど…





体力がなくならないうちに、町に出かけることにするよ。
パティスリーの店員さんとよく話すんだけど、まだ店はやっている時間だから。


なるほど、屋敷の人間としか話しちゃいけないわけじゃない。
幸いこの惑星の住人は、外来の宇宙人に興味津々だし。



狩りに出かける原始人か、女引っかけに行くナンパ野郎ってとこかね。





会話さえできれば性別は問わないよ?





心配はしてないけどさ、腹がふくれたら帰ってきなよ。あんまり遅くまでほっつき歩かずに。





気をつけるよ。


パーメントールは笑って私たちに手を振った。
二人そろって部屋を出たところで、ばったり船長と出くわした。町から帰ったところらしい。



ちょうどよかった。
みなさんに話があるのですが、他の方々は食堂ですかね?





だいたいはいるはずだよ。パーメントールは出かけるとこだけどね。





そうですか、そうですか。





実はですね、宇宙船の修理がそろそろ終わりそうでして。
三日以内に出発しますので、支度をしておくようにというお話なんですよね。





詳しくはみなさんそろった場で話しますので、ぜひお二人も食堂へどうぞ。


食堂で話された内容は、廊下で聞いたものと大差なく、行く必要なかったじゃないかと頬をふくらませながら自室へ戻った。



三日か、ずいぶん急だなあ。





アルコを離れるとなると、パーメントールの食事がどうなるかな。
まあ、三日もあれば誰かしらとは和解して、話せるようになるか。





今後はたいしたトラブルなく、セグルまで行けるといいんだけど。


しかしそんな私の願望は、すぐに裏切られることになる。
マーフィーの法則というやつだ。悪いことが起こるときは、最悪のタイミングで起こる。
食器が床に落ちて割れる。
落とした誰かは、それを弁明する余裕もなく、床に倒れてうずくまった。



なんだ…?


しかも、一人じゃない。
そこかしこに、同じようにうずくまる姿がある。



うう…





く、くるし…!





ただ事じゃない。
医者を呼ばなきゃ――


私は慌てて立ち上がった――が、すぐに、視界が反転した。



あぐ…っ


ダンゴムシみたいに丸まり、頭を床に押しつける。
胃を内側から食い破られるような痛み。
目の前がチカチカする。



なん、だ、これ…?


声も出せないうちに、私は気絶していた。
つづく
