結局アヤに聞いても何も教えてもらえなかった。
「これだけは絶対守って欲しい」
そう言うだけで、何も…
結局アヤに聞いても何も教えてもらえなかった。
「これだけは絶対守って欲しい」
そう言うだけで、何も…



…


殺してほしい…どうして?
自殺願望がある人じゃなかった。
それに、何より恩師でもある。
罪なき人間を殺すことを躊躇う気持ちを抱えるより、こっちのほうが辛い。
実際、4年のうちにアヤに付き添って人間を何度もこの手で殺した。
警戒してない人間は、割と楽だった。



…父様は、どうだろう?警戒しているのだろうか


父様はいつだって悠々としていた。
とても警戒しているようには見えなかった。
この間計画に必要なマスターキーを盗んだ時さえ、何もなかった。気づいてなかった。
計画の手法はアヤにさえ教えてない。
教えるな、と言われた。
それは、知っても無駄だから?
アヤについては、何もかも謎のままだ。



それでも、アヤ…貴方のおかげで俺は潰れずに済んだんだ…


兄さんからの虐めはエスカレートした。
沢山の辱めを受けても折れなかったのは、絶対殺すと決めていたから。
弱った振りをしていた。
ただ弱いだけの弟の振りをしていた。
弱くあることは武器だとアヤが言った、そうやって油断させてこっちのペースに引き込むのだと。



…


まだ、迷っている。
アヤを殺さずに行っても、何も問題ないはずだ。



…





…





…アヤは、殺さない!


約束なんて知らない。
これは俺が決めたことだ。
計画の後も、アヤには頼りたい。
それが俺の答えだ。



計画まで、あと1日…


予定日はアヤが言った通り。
14歳の誕生日の前日…
この日なら母も家にいるし、予定は何もない。



準備は出来ている。後は…そうだな…





落ち着く、ことだ…ドキドキしてたまらない…


できる自信はある。
計画が狂っても何とかカバーする実力もつけた。
人間を殺す事の躊躇もない。



それでも…緊張するんだな…





後に引く選択肢はない。しっかりと…やるんだ…


―――計画当日―――



まず最初に狙うのは…





兄さん!





ん…?どうしたんだい?ハロルドから話しかけてくるなんて珍しいじゃないか





父様から手紙を預かってる。兄さんの分もあるから、渡しに来た





お父様が僕に?何の用だい?





それが…あ、あれ?
すまない、自分の部屋に置いてきてしまった…一緒に来てくれないか?





なんだって?
全く、しっかりしてくれよ…
今回だけだぞ





ああ、わかっている…





で?手紙はどこに?





…


静かに鍵をかけた。



おいハロルド、聞いt…


ありがとう。
兄さんは父様からの手紙なら取って来いなんて言わない。一刻でも早く見たいから。
ありがとう。
兄さんが虐めの為にこの部屋に防音措置を施したのは、気づいていたよ。
だって叫んでも誰も来なかったから。



…


こっそり手に持ったナイフに力を込めて
兄さんの首を狙った
やはり、警戒していない人間は楽だった。



がはっ…


噴き出す血を見ていた。
汚らわしい血だと思った。
俺は咄嗟に兄さんから離れた。



…


兄さんは何が起こったのかわからないという目をしていた。
ただ、赤く染まる自分を見て、理解したとたん一瞬寂しそうな眼をした。
今更、もう遅いのに。



…と………な………


兄さんは口をぱくぱくと動かした。
口からも血が垂れている。
声帯まで切れてしまったのだろうか?
どうやら、力が入りすぎて、思ったより深く切ってしまったらしい。



でも、好都合だ。助けを呼ばれるなんて思ってないけど、な…


兄さんは最後の力で俺に掴みかかろうとした。
でも、そんなこと想定している。
だから距離をとったんだ。
躱しているうちに、出血多量の所為か兄さんは倒れた。
ああ、ねえ、兄さん。
これは全部貴方がやってきたことの仕返しなんだ。
因果応報ってやつだ。



…ざまーみろ


兄さんはこっちに手を伸ばそうとしたけど、そのうち項垂れるように床に付した。



…


ゆっくりと背後に回る。
もう一度ナイフを握りしめると素早く兄さんの背中に突き刺した。



…ちゃんと死んでる


アヤが教えてくれた。
死んだふりをして襲い掛かる奴もいると
だから、もう一度止めを刺せと。



…


無力な頃は、兄が大きく、恐ろしく見えた。
いつ殺されるのかと怯えていた。
今はとても小さく見える。



さ、次に進むか…


極力返り血がかからないようにしていたが、限界はある。
あらかじめ用意していた服に着替え、濡れタオルで手と顔を拭った。



…よし


準備ができたら、鍵を開けて外に出る。
そして盗んだマスターキーで外から鍵をかけた。



…


次に、使用人を探す。



あ…!





あら、ハロルド様。どうかなさいましたか?





すいません、兄さんが体調を崩したらしくて…来てもらえませんか?





それは大変…!今どちらに?





部屋に居ます。ベッドに寝かせるように言いました。
ただ、なにが必要かわからないので症状を見てから皆に警告して貰えませんか?





わかりました。すぐ行きましょう





お願いします…





失礼します。ケヴィン様、体調のほうは如何ですか…?


同じように、静かに鍵をかける。
ベッドはクッションなどで膨らませている。
しっかりとナイフを握った。
ベッドのほうに歩く使用人が掛布団を捲ろうと屈む瞬間に、さっきと同じように切りかかる。
ガキン!



…!?


首を切ろうとしたら、金属音が鳴った。



な…!?


腕をつかまれ、物凄い力でベッドに叩きつけられる。
何が起こったのか、わからない。
使用人は俺に馬乗りになって、両手を拘束した。



な、なん…で!?





……なんで、殺されるってわかったって?





そんなの、一つしかないじゃないか…





まさか…





…アヤ!?





ボク、君は約束を守ってくれると思ってたよ。どうして、裏切ったんだい?ハロルド…!


