第4幕
甘い刺激
第4幕
甘い刺激



ふう…さっぱりした…お待たせベルリー…





そうなのですか?





そうなのよ!それで、あの子ってばね!!





母さん!!!!!


シャワーから上がってリビングに戻ってくると、そこにはベルリーナだけではなく、母さんもいた。いつの間に…!



あらサヴァラン、早かったわね。いつも30分は出てこないのに





店番は大丈夫なの!?





ええ、今日はもう閉めちゃったわ。雨のせいで、お客さんほとんど来なかったしね





そっか…まだ止まない?





雨脚は弱まって来てるわね…でも、止むまではもう少しかかりそう





……分かった。母さん、厨房使うよ!





どうぞ。





ああ、でもちょっと早めに切り上げてね。今日は、夕食にキッシュを作るから





D'ac.
リーナ、有り合わせのものになっちゃうけど、なにか作るよ。胡桃は平気かい?





へ…?よろしいのですか?





ああ。まだ雨は止まないみたいだし、これといったおもてなしも出来てないしね





そうですか…なら、お言葉に甘えて。胡桃は食べられますよ





分かった!ちょっとまっててね!!


ベルリーナと母さんを部屋に残し、俺は厨房に向かった。お砂糖は有り余るくらいあるし…胡桃は確か、一昨日買ったばかりのはずだ。戸棚から材料を取り出し、フライパンをコンロにかける…



~♪


上機嫌で胡桃を炒り、バットに移す。そのまま水と砂糖を同じフライパンに入れて煮詰める…カラメル状になるまでじっくり火を通し、そこに炒った胡桃、バター、メープルシロップを入れる。塩で味を調えつつ、全体にカラメルソースが絡まったら、バットに戻して冷ますだけ…



よし、良い感じ!!


冷ますまで時間かかるし、一回部屋に戻ろうかな…いや…母さんがあの調子じゃ、部屋に戻っても俺が入る隙なんてないだろうな………そうだ!!



紙袋は…っと…


さっきのペンダントと一緒に、これもベルリーナにプレゼントしよう。手作りのものを振る舞った直後に、買ったものだけ渡すのでは、なんだか味気ないからね。
少しプレゼントに手を加えていると、胡桃が良い感じに冷めてきていた。お互いにくっつかない程度まで固まったことを確認し、プレゼント用に少しだけ分けてお皿に盛った…キッシュを作り始めるにもちょうど良い頃合いかな。



お待たせリーナ。
母さん、厨房空いたよ。





あら、もうそんな時間?





結構な時間話し込んでしまったのですね…





そうみたいね…ごめんなさいね。私、しゃべり通しだったでしょう?





いいえ。私は、自分から話すのは苦手なので…色んなお話が聞けて楽しかったです。





あらそう?なら良かったわ!





私はまだ話したりないのだけれど…良かったら、夕ご飯も食べていってくれないかしら?
雨もまだ降り続くみたいだし…





よろしいのですか…?





ええ、もちろん!張り切って作るわね!!





……ありがとうございます


一体何をしたらこんなにベルリーナが懐いてくれるんだ…!!
俺と入れ違いになる形で、母さんは部屋を出て行った…その間際



女の子と二人きりだからって、変なことしちゃダメよ?


なんて囁いて、クスリと笑いかけてきた。



し な い よ !





うふふ。それじゃ、ゆっくりしていってね





何をしないのですか?





こっちの話!!!!!





それより…胡桃のキャラメリゼを作ったんだ。紅茶も入れるから、一緒に召し上がれ





ありがとうございます…すごいですね。こんなに短時間でできてしまうものなのですか?





これはそんなに手間がかからないからね。料理初心者でも、簡単に作れると思うよ。





そうなのですか…あの、今度作り方を教えてくれませんか?





もちろん!!なんなら今すぐでもいいくらいだよ♪





あ…ミルクと砂糖、入れるかい?





ストレートで大丈夫です。


お菓子が甘いから、それがちょうどいいか。
何も入れていない紅茶をベルリーナに差しだし、席に着いた。物珍しげにキャラメリゼを見やる彼女に、俺はちょっとだけ笑いそうになった。



こういうお菓子、あまり食べない?





…そうですね。実は、あまり…





食べてみてよ!今日は、今まで以上に上手くできたと思うよ♪





……はい





……美味しいです





良かった♪





母さんの相手、疲れなかった?マシンガントーカーなところがあるから、初めての人だと結構萎縮しちゃう人もいるんだ





大丈夫ですよ。むしろ、楽しかったです。
ブリュレさんのお母様は、面白い人ですね





よく言われる。俺も、母さんみたいなトーク力が欲しかったよ





……ブリュレさんは、話すのあまり得意ではないのですね





うーん…そうだね。こんなに話せるようになったのも、最近のことだよ





そうなのですか…





このお店で売っているキャンディは、手作りだと聞きました。ブリュレさんが作ったキャンディも、もう売られているのですか?


上げかけていた紅茶のカップを、思わず取り落としそうになった。
………その類の質問には、あまり答えたくないな…。



……いや





俺、人に出せるようなキャンディは作れないから





そうなのですか?まだ修行中なのですね…





………………まあ、そんなところ





…?ブリュレさんーー





そんなことよりさ!!





俺、ベルリーナのことを知りたいな!俺のことについては、多分ある程度わかっているんだろう?





この前盗みに入った時は、ちょっと調べ不足で…君の情報はほとんどとり逃してたし…というか、ベルリーナって結構箱入りなの?





スノーボール家にご令嬢がいたなんて、俺ほんとびっくりしちゃってさ!!スノーボール家自体は名家だけど、君について知っている人って、ほんのひと握りなんじゃないかなーって…





ブリュレさん





……あ…





ごめん…


ちょっと落ち着かなきゃ…これは明らかに不自然だ。大丈夫、落ち着こう…ベルリーナなら、踏み込んでくるようなことは絶対にしないから…
いつも通りに…いつも通りに…



いえ…でも、私のことですか…面白いことなんて、ひとつもありませんよ





それでもいいさ。俺は、君を知りたい





……わかりました。





………そうですね。私は、かなり箱入りです。両親がどう思っているかは知りませんが…少なくとも、自覚はあります





…今日、ブリュレさんと一緒にいろんなお店を回って…改めて痛感しました。私はまだ、『普通』には程遠いと





普通に…?





はい





私は、あの家の敷地内…このP都の町並み。
その狭くて、綺麗で、不自由な世界しか知りませんでした。





でも…『普通』の高校生として生活をして…世界は、私が思っていた以上に、見てきたい上に、広くて、綺麗で、そして自由なんだって…わかりました。





それを、もっと深く知って、順応できる様にならなければ…『普通』とは言えないでしょう?





私は、『普通』になりたい。
ブリュレさんや、皆さんが見ている世界を…しっかり受け止めて、見据えられる様になりたいんです。





……そっか。


お嬢様って大変なんだな…わかっていたつもりだけど、それでも…



俺は…ベルリーナは今のままでいいと思うよ。





いまのままで?





ああ。君が、君の言う『普通』になりたいというなら、俺は止めないし、できることならなんでもする。応援するよ。





でも…これだけは知っておいて欲しいんだ。君の言う『普通』は、他の人にとっての『異常』になり得るかもしれないってこと。





他の人にとっての…『異常』…?





……世界にはね、君が思っている以上に沢山の人がいる。それだけ、沢山の『普通』や『異常』が有るんだ。





その中には、君が見ている様な世界ではなく、狭くて、醜くて、不自由な世界を見て生きている人もいる。





…………はい。





それが『普通』の人もいるんだ。君が見ている世界が、とてもうらやましいという人もいる。





だから…そんなに根を詰めなくてもいいと思うよ。君は、君が今見ている『普通』の世界で、『君らしく』生きるといい。





……そうですね。でも、私らしく、ですか…





私に、できるでしょうか?





……もうできているじゃないか。





へ…?





悩めるってことは、そういうことだと、俺は思うよ。自分をよく見なきゃ、悩みの種も見つからないだろう?





…なるほど、そうですね…





……あの…





なんだい?





……サヴァランさんは…この世界、どう見えていますか?





……俺は…


俺には…



サヴァラーン!!ちょっとお皿取ってくれないかしら?用意するの忘れちゃったのよ!!





あっ…





ええ…わかった!ちょっと待って!!





ごめんベルリーナ!ちょっと待っててね!!





は、はい…


いや…だめだ。こんなに綺麗な世界を見ている彼女に、俺の価値観を押しつけちゃいけない…。



ごめん、ベルリーナ…その質問にも、俺は答えられない。


だって、俺が見ている世界は、彼女にとってあまりにもーー



おいしい…!





ほんと!?良かったぁ…張り切って作ったかいがあったわね♪





こんなに美味しいキッシュ、食べたことないです…!





あらあら…褒めたって、お土産用のキャンディしか出ないわよ?





いえ…それは、もうたくさん頂いたので…





その分は、今度お客さんとして、ちゃんと買いに来ます





あらそう?じゃあ、楽しみにしてるわね♪


うーん…やっぱり会話に入れないや…母さん鉄壁かよ…?
でも、ベルリーナも楽しんでるみたいだし…悪い気はしないかな。帰りもたくさん話せるだろうし…



あ、そうだわ!





リーナちゃんの服も、そろそろ乾く頃ね…それも用意しなきゃ





そんな、悪いですよ…!お洋服も貸していただいたのに…自分でやりますので、お気にならさず…





リーナはお客さんなんだから、気にしないで。どうしてもって言うなら、俺が纏めてあげるよ。それなら罪悪感もないでしょ?





でも…





いいから!ゆっくり食べててよ♪





サヴァラン!お行儀悪いわよ!!





むぐ…おほはらいはら、はいほーふ!


俺はキッシュを咥えてダイニングを出た。ベルリーナの服が干してあるところにつく頃にはキッシュを食べ終え、服の乾き具合を確認する…うん。大丈夫そうだ。



紙袋…あったよな


確か…レジ裏にストックがあったはず…倉庫から取るのも面倒だし、使わせてもらおう。
キッチンから直結している店部屋へ向かい、紙袋の中に畳んだ服を入れた……これでよし。



下着とかも干してなくてよかった…全然考えてなかったけど…


?お客さんかな…?クローズの札は出しておいたはずだけど……



すみません、今日はもう閉店でーー





……サヴァラン?





………………は……?


なんで…?



おかえりなさい、あなた!聞いて、今日はサヴァランのお友達がーー





っ!!


なんで、父さんが…!?



母さん、知ってたの?





……だって、その…





…………





サヴァラン!!





っ………


嫌だ…見たくない…会いたくなかった…あの目、あの声、あの…あの…



………………おち、つけ…


大丈夫…落ち着け…落ち着け…落ち着け…落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け…………



………は、はは…mon dieu…


神様…どうして…
