――仕事や日常に追われつつ、それなりの練習も経て、あっという間にイベント当日はやってきた。
ブザーの音と共に、劇がはじまる。
* * *
やがて事務所のライブルームに、留奈の悲壮な声が響き渡る。



――おおロミオ。あなたはどうしてロミオなの……!?


留奈は結局ジュリエットの役をやることになった。
演目はマッチ売りの少女のはずだが、みんなの要望を聞き入れた結果、大分自由な脚本になった。



わたしはロミオではありません。マッチの妖精です、マッチはいりませんか?





何なのよあなた!? マッチの妖精って何よ!? いいからロミオ出しなさいよ!





突然ごめんなさいジュリエットさん……!
私がマッチを擦ったら、マッチの妖精さんが出てきてしまったんです





マッチの妖精はみなさんのねがいをかなえます





ジュリエットさんもマッチを擦れば、ロミオさんがそこにあらわれてくれるはず





そ、そうなの……?
そういうことなら、やってみるわ……!


火が灯される演出が入り、唯が現れる。



き、き……君の小鳥になりたい





ロミオ、会いたかったわ……!





やるからには全力……!





せ、瀬月近いわ……! ドキドキしちゃうじゃないの……っ


真剣な表情の唯に抱き寄せられて、ノリノリだったはずの留奈の方が真っ赤になっている。
そこに、つかさとひかりがトコトコと現れる。



わぁ……! マッチの妖精さんは聖夜に願いを叶えてくれるのですね!





それなら私たちにはご馳走くださいな~
もうおなかぺっこぺこだよ~!





あなたたちはなにものですか





グレーテルです! わたくしたち、とってもお腹が空いております!





ヘンゼルだよ! お菓子じゃなくてお肉がいいな!





そういうことなら、はい、どうぞ。ごちそうをたくさんさしあげます。お茶もありますよ





ありがとう妖精さん!!大好き!!


MRライブ演出の良いところは、用意さえしておければ、こういう時にステージにたくさんのご馳走を、手軽にぽんぽんと出せるところだ。
七面鳥、ローストビーフ、グラタン、キッシュ、何段にも重なったケーキ、アップルパイ……
色とりどりのごちそうがたくさん出てきて、観客側からも嬉しそうな声が上がった。



……ふっふっふ。みんな、そんな悲劇なまぬるいで


ずっと舞台の中心で大の字に寝そべっていたミユが、ようやく口を開いた。



自分らなんか死んでるで?





が、頑張って死んでます……!


死体役なのにセリフがある。
ミユたっての希望で勝ち取った役だ。



妖精さん、自分らのこと生き返らせて~





わかりました。いきかえってください





やったー自分生き返ったで! 死体も楽しかったけど!





妖精さん、ありがとうございます!





……しかし、マッチ売りの少女さん。ほんとうにこれでいいのでしょうか





マッチはもう一本しかのこっていませんが





えへへ、いいんです





くたくた。語り手の千乃だよ?





聖夜の夜、不幸なマッチ売りの少女が擦ったマッチで、現れたのはマッチの妖精さんなのです





妖精さんはマッチ売りの少女の願いをかなえると言いました





マッチ売りの少女は願い事を言いました





みんなを幸せにしてほしいって


……配役や内容で揉めがちだったけれど、空子を中心にまとまっていき、みんなが主役になれる台本にしようということになって。
コンセプトは、悲劇の主人公たちに素敵なハッピーエンドを。
その結果、マッチ売りの少女の中にロミオとジュリエットとヘンゼルとグレーテル、密室殺人ミステリーが混入した、おそろしく混沌とした展開の演劇になってしまった……。
でも、みんな真剣にやれる限りは尽くしたはずだ。自分たちのストーリーを紡ぐために、一生懸命に練習してきた。
今、会場の空気があたたかいのも、彼女たちの頑張りのおかげだ。



向こうの会場の反応もいい感じですね。みなさん笑っておられます♪


会場の様子を映し出すモニターを見ていたまひろさんが、嬉しそうに呟いた。
僕とまひろさんはライブルームの外で、演劇の演出とモニターの監視に忙しい。基本、プロを雇うほど豪勢なことはできないので、この手の作業は自分たちでやる。



演出は問題なく機能してるみたいですね。向こうの会場に合わせて丁寧に作った甲斐があった……





MRライブでも、やっぱり臨場感が違いますね。子どもさんだけでなく、一緒に見ている親御さんたちも熱心に舞台を見てくれています





忙しい中、わざわざ向こうの会場まで設定しに行った甲斐がありましたね♪





はは……本当にそうです。まさしく突貫工事でしたね


まひろさんと雑談しながら、モニターからは目が離せない。
劇の進行に合わせた音楽や効果音、照明等の演出は全て僕がやっている。



ストーリー、そろそろ終盤にさしかかりますね





そうですね、あとはみんなが空子のしてくれたことに気付いて、最後のマッチを空子の為に使ってほしいって、空子が雪じゃなくてたくさんの花を降らせる、と――





……あれ?


進行を確認しながら操作パネルを触って、気付いた。
……何度タップしても、画面が反応しない。



ふわわっ? 急にライブルーム……じゃなくって部屋の明かりが消えちゃいました!?





あれ? ここで照明……じゃない、えっと、真っ暗になっちゃうの?





じゅ、ジュリエット……なぜ部屋の明かりを消してしまうんだい……?





えっ……ロミオ様、ワタシにだって分からないわ……





……! プロデューサーさん! 会場の照明が全て消えています!





くっ……なんて場面でエラーが起こるんだ……!?





よりにもよってこんな時に……!


操作画面は固まったままで完全に沈黙している。
リカバリするには少し時間がかかるし、ライブルームはともかくその間の会場は真っ暗なままになってしまう。
時間がないから省いたとはいえ、速やかな回復の手段を用意しておくべきだった……!



……空子、留奈、ミユ!





すまない。ライブルームと会場共に演出の不具合が発生した。速やかに復旧させる。必要があればアナウンスを出すけど、間を持たせられそうなら、お願いしたい!





えぇっ!?


時間が惜しい。
ライブルームに指示を送って、即座にタブレットの電源を落とす。
複数あるモニターの一つには、戸惑うアイドル達の姿が映し出されている。役作りを崩さずに周囲を伺っている子、泣きそうになっている子、さまざまだ。
そして、まひろさんが不安そうに見詰める会場のモニターからは。



……何でこんなに真っ暗? これも演出?





演出にしてはちょっと長くないかな? 舞台の子達も止まっちゃってるし……


真っ暗になった会場の声が、焦る僕の耳に届く。



ふぇ……まっくら、こわいよぅ……


暗闇に怯えた子どもの声も。
一つ上がれば、幼い子ども達の間には恐怖の感情が瞬く間に広がる。



うえぇん……くらいのこわいよぉ……おばけがでるよぉ……





パパぁ、ママぁ、まっくらなのやだよぉ……





あー大丈夫だから泣かないで。やっぱり演出じゃないわね。トラブル?





いつまで真っ暗なんだ……これじゃ危なくて外にも……


重なり合って少しずつ大きくなっていく泣き声と、それをなだめる大人の不安そうな声。
僕はまだリカバリ作業中だ。
一秒をとても長く感じる。
じりじりとした思いで待っていた、その時。



Silen night, Holy night……♪





All is calm, All is bright……♪


耳にするりと入り込んできた、優しい歌声。
会場を映し出すモニターに目を向ける。
演出がすべて無効になっていても、会場にアイドルのホログラムを投影する映像機能と、音声は無事だった。
真っ暗になった会場。真っ暗になった舞台の上で。
空中に映し出されるアイドルの姿だけが、闇に沈まずに浮かび上がっている。



~~♪


暗闇に怯える子どもの泣き声や大人の不安そうな声を癒すように。
舞台の前に進み出て、歌い出したのは空子だった。



……なるほどね、春宮





~~♪





~~♪


続いて、困惑に立ち尽くしていた他のアイドル達も、空子の声に合わせて歌い出す。BGMを流せないからアカペラだ。
誰でも一度は聴いたことのある、とても有名なクリスマスソングが、真っ暗な会場に澄んだ音色で響き渡る。
不意にもたらされた美しい音楽に引き込まれるように、泣き声や不安の声が、いつしか消えていった。



……! よし、復旧した!


息を吹き返した操作画面をタップする。
一曲が終わると同時に、ライブルームと会場の照明が、眩しいほどに点灯した。



こうして、マッチ売りの少女の最後の願いで、みんながアイドルになったのです





聖夜に、素敵な歌を届けられるように


司会の千乃がフォローを入れてくれたことで、粋な演出だと思ってくれたらしい。
会場がわっと沸き立つ。



え、みんなアイドルになっちゃうん、ですか……?





そうね、留奈たちはきっとそれが一番良いわ





そんなら、もう一曲いっとこか!





は、はは……


どうにかトラブルを乗り越えたことを実感して、僕は脱力した。
演出がなくても、明かりがなくても。
そんなトラブルをものともせずに、彼女たち自身の輝きで会場を虜にしてしまった。
……頼りなくて、危うくて、まだまだアイドルの自覚が薄い、普通の女の子たちに思える。
アイドルとは、一体なんなのか。
その境界線が曖昧になっているこの時代。
明確に答えられる人も、いなくなってきている。
でも僕は、自信を持って言える。
彼女たちは――アイドルなんだ。



よし、僕たちも、もう一度、なんとか演出を盛りあげましょう!





そうですね、お花を降らせて、ハッピーエンドをいろどりましょう!


最後の演出が残ってる。
これよりもっと会場を盛り上げる為に、僕は、しっかりとモニターを見据えた。
* * *
そして、イベントが全て終わった後に。



はぁ……一時はどうなるかと思った……





私もビックリして慌てちゃいました……





でもでもっ、最後はみんな、すっごく盛り上がってくれて良かったです!





イベント成功してよかったねー。千乃くたくた





みんな、千乃こだわりの衣装似合ってて嬉しいな





時間なかったのに、よく凝った衣装データ作れたね……千乃ってやっぱりすごい





ふふー♪


僕達は事務所の休憩室に集まって、打ち上げと言う名の反省会の真っ最中だ。



羽田、成功なんて軽々しく言わないでちょうだい





あんな形で中断して、観客に不安を与えるなんて、プロとして恥ずべきことだわ……





いくら時間がなかったとはいっても――





はい……何も言うことはありません
ごめんなさい





まぁまぁ留奈ちゃん落ち着いて





かえちゃんの妖精さんの衣装、すごく可愛かったし! 留奈ちゃんのお嬢様衣装も綺麗だったし!





そ、そうかしら?





けれど、だいほんとおりにはできませんでした。そこはやはり反省です





おおーかえちゃんのオトナの意見! かっこいい! 好き!





やっぱりそうよね……





楓の言う通り、私達、まだまだアイドルとして未熟だわ……


ミニライブで乾いた喉を潤すためのスポーツドリンクを片手に、留奈がうなだれる。



そーそー。未熟やから、まだまだプロデューサーに面倒見てもらわなあかんよなー?





わ、私も、ああいう時にあわてずに、落ち着いた行動を取りたいです……!





プロデューサー! わたくしの面倒も見てくれますか! 一生!





一生……!?





まー、気楽になー? プロデューサー、膝貸してー、座るー


ケガの功名というやつか、アクシデントを挟んだ反動で、演劇の最後に行ったミニライブはとても盛り上がった。
クライアントの方からも、良い催しになったとお褒めのメールをもらっている。
それも全て踏まえて、イベントは成功したと言ってもいいだろう。
僕自身、反省点は多々あるけれど。



これからもがんばらないと。真っ暗なステージにも負けないように





千乃もね、いっぱい楽しいことするんだ





ずっとなりたかったアイドルだもの……もっと努力して、最高のアイドルになってみせるわ!





留奈ちゃんもかえちゃんもみーんな好き! 私もがんばるから、置いてかないでね!





ずっとほしかったともだちのために、わたしもがんばりたいです





自分はもっともっと歌いたいなぁ~。アイドル、楽しいし





毎日が驚きの連続です! プロデューサー、もっと私に知らなかった世界を見せてください!





ううぅ……わた、わたしも、がんばってアイドルしたいです……自信が欲しい……


9人のアイドルそれぞれが、それぞれの思いを口にしながら、スポーツドリンクを高く掲げて乾杯だ。
まだまだアイドルとしては未熟。プロデューサーの僕も未熟。
それでも、アスタリスクライブを目指している。
だから、彼女たちの物語は、まだまだここからだ。
僕は、この女の子達を、トップアイドルにするべくこれからもプロデュースしていくのだ。



プロデューサー





なにかな、空子?





私、会場のみなさんを、少しでも幸せにできましたか?





もちろんだよ





良かったです! 私これからも、みんなの笑顔の為にがんばりますね!


