ある日のこと。
僕は自分が立ち上げた芸能事務所に足を運んだ。
現在僕がプロデュースしている新人アイドルは、9人。
この時代、個人で芸能事務所を経営するのはよくある話で、昔よりずいぶん芸能の垣根は低くなった。
立ち上げるのは容易い。
……だからこそ、この業界で生き残っていくのはとても厳しい。
僕を信じてついてきてくれている子たちを輝かせるために、悲しい目に遭わせないために、一時の気も抜けない。
気合いと共に、自然と早足になる。
現在僕がプロデュースしている彼女達と、きたるクリスマスイベントの打ち合わせをするために。
* * *



クリスマス~♪ クリスマス~♪ もーいくつ寝るとクリスマス~♪





はいっ、いよいよくりすますですね! 楽しみです!





あわわわミユさんつかささんっ、踊ってないで座ってないと……!





座ってなどいられません!





私は、くりすますが何なのかを知っているのです!





サンタさんがプレゼントをくれる日なのですよ!!





あはは。うきうきしてしまうやんな~?





あわわわ二人とも私の話を聞いてくださいいぃ~!





気合いが……抜ける……


……僕の気合いとは裏腹に、事務所の空気はどこまでもゆるい。
でもそれが、この事務所の魅力でもある。



ほらほら、ミユたちは踊ってないで席について





わわ私は踊ってませんよぅ~!


すでに気分はクリスマスなのか、手をつないで楽しそうに踊るミユとつかさに声をかけると、二人は大人しく席についた。
わたわたしていた八葉も座る。
見渡す事務所のソファーや椅子には、うちに所属しているアイドル達がずらりと勢ぞろいだ。
どの子も瞳をキラキラ輝かせて、イベントへのやる気に満ち溢れているらしい。



それで、プロデューサー。クリスマスにどんなイベントを開催するの?





ユニット別じゃなくて全員呼んだのは、盛大にライブでも考えているのかしら?


口火を切ったのは、ユニット”GARNET PARTY”のまとめ役をつとめる火ノ前留奈。
彼女のアイドルへの情熱は人一倍だ。



ああ……ただ実は事務所主催のライブじゃないんだ





とある団体から、君達へのオファーが直々に来ててね





えっ? とある団体さん、ですか?





そう。ぜひとも君達にって


まだ立ち上げからそれほど経っていない、この事務所の歴史は浅い。
彼女達の精力的な活動で、各ユニットや個人の知名度は少しずつ上がってはきているが、それでもまだまだ『新人』の枠から出られずにいる。
だから、事務所丸ごとの指名はけっこう珍しい。
全員が活躍できるまたとない機会と考えて、この仕事を引き受けたのだ。



君達を指名したのは、ABCすくすく子ども会





今年のクリスマスイベントは……子ども達を楽しませるための演劇だ!





え、演劇……ですか?


聞いてきたのは、春宮空子。
彼女は、きっと自分でが自覚がないけれど、この事務所の支柱になってくれている存在だと僕は思っている。
キョトンとしたのは一瞬で、すぐに大きな目を輝かせた。



わあぁ……私、演劇って初めてです! とっても楽しそう!





みんなにいっぱい楽しんでもらえるようにがんばります!





え、演劇……私も経験ないし、できるかどうか分からないけど……





でも……うん。がんばるしかないよね





くたくた。千乃も劇の経験はないけど……何だか楽しそう!





MRライブ? それともリアルでやるのかな?リアルだったら千乃、衣装とか小道具作りたいなぁ


空子の言葉に続いたのは、少し不安そうな表情を見せる瀬月唯と、ふわふわとした笑顔を見せる羽田千乃。
リーダーの空子を中心に、それぞれにやる気を見せるこの三人が、ユニット”メモリア”だ。



ちょ、ちょっと待ってちょうだい。子ども会って……





別に文句があるわけじゃないけど……こんなときに、そんなことしてていいのかしら……?


留奈は、少し思うところがあるようだった。
今回の仕事はそれなりに大きな仕事なのだが、『子供会』、『劇』という響きのせいか、お遊戯のような印象があったのかもしれない。
留奈はプロ意識が高く、仕事であればきっちりとやり遂げられる子だが、誰よりアイドルに真っ直ぐだからこそ、自分が気になることは素直に伝えてくるのだ。



留奈達はアスタリスクライブを目指してるのに、そういうのってありなの……?





まぁまぁ留奈ちゃん落ち着いて





そうです。どんなことでもけいけんだとおもいます


メモリアの三人とは対象的に、アイドルとしてのプライドが高い留奈は、どこまでもストイックな意見を放つ。
それをなだめるのは、”GARNET PARTY”に所属する高花ひかりと古風楓。



みんなで一緒の仕事をやるのって、私、すっごい大好きだもん、てっへへ!





わたしもぜひさんかしたいです。それに、ちいさな子たちににんきがあるアイドルというのは、とてもすてきなことではないでしょうか





うーん、かえちゃんはやっぱりいいこと言うね! 好き!





ぎゅぅー、すりすりすり





あついですが


スキンシップが大好きなひかりが、お人形のように愛くるしい楓を抱きしめている。
見慣れた平和な光景だ。



うちの事務所丸ごと指名って、大人の人が私達を選んでくれたってことだよね?





それってすごいことだと思うし、劇を見た私達を知らない子が私達を好きになってくれて、その子のお父さんやお母さんも私達のことを知ってくれるかもしれないでしょ?





知名度を高めるチャンスも十分あるし、すごくいい仕事だと思うけどなぁ





そ、そうかしら……?





そーそー!





そ、そうね。留奈も何だかいい機会だと思えてきたわ……!





ふふん。演劇の主役はまかせてちょうだい


僕がフォローを入れる前に、ひかりと楓に上手く乗せられて、留奈もやる気になってくれた。
留奈は基本的に素直な良い子なのだ。アイドル活動に熱心すぎて暴走しがちなだけで……。
そして"GARNET PARTY”の三人は、ずいぶん連携が取れるようになってきた。
ちなみに、留奈の言う”アスタリスクライブ”とは、一年に一度、各国から数十組ずつ選出されたトップアイドル達が全世界に向けてライブを行うという大規模なイベントだ。
出場できるだけでも名誉なそれに出るのが、我が事務所の目標である。
いやきっと、この時代のアイドルたちは、アスタリスクライブを誰もが夢見ているだろう。
アイドルへの垣根がなくなってしまったからこそ、ほんのひとにぎりのそれに、チャンスを賭けているのだ。



ええなー劇。楽しそうやん





わ、私が劇に出演……! そんなことがあっていいのでしょうか……!





どんな役でも精一杯つとめさせていだたきます!





ふわわっ、わ、私、演技なんてしたことないし……!





き、木とかなら得意です





何の劇するんかな。自分ミステリーがええなー





みすてりぃ……! 知ってます! 名探偵が出てくるお話ですね!





そや、アイドル密室連続殺人事件や





し、死ぬんですか!? クリスマスに……!?





死体役なら得意やでー、それに動かんでえーから楽かもなー? やっちゃんも一緒に死んどく?





そ、それはちょっと……!





くっ……やっちゃん、こんな変わり果てた姿になって……





きっとかたきは取って差し上げます……! 名探偵の名にかけて……!





やるなんて言ってませんよぉ……!? やっぱり木がいいですぅ!


柚木ミユ、泉水つかさ、坂上八葉。
僕が事務所に入ってきた時に踊っていて、今も楽しそうにじゃれている彼女達が、ユニット”ナチュライク”の三人だ。
この子達は、何を話していてもコントみたいになるな……。
事務所の空気をもっともゆるーくしている三人だろう。



ごめんなミユ。残念ながら演目は決まってるんだ





クライアント側の指定があるんですよね


事務所の事務や雑事を引き受けてくれている、佐倉まひろさんが、僕の言葉にフォローを入れてくれる。



えー? そーなん?





あと千乃もすまない。今回は時間もないしリアルじゃなくてMRで行くことになってる





そっかぁ……残念





ああ。でも衣装や小道具は、出来合いのデザインから少しアレンジを入れるから、監修はして欲しいな





自由度も低いし時間もそんなにないけど、やってくれるかい?





……!





うん! 千乃に任せて!


もの作りが大好きな千乃は、満面の笑みで頷いてくれた。
MRとは、この事務所にもあるライブルームから、全国どこへでも立体映像をリアルタイムに投影することができる、この現代のライブ活動における主流の技術である。
そしてそのMR技術の発達が、『アイドル』という職業を曖昧なものにしてしまった。



プロデューサー、どんな演劇をやるんですか?





誰でも知ってて、小さい子でも楽しめる内容の話だそうだよ





うーん。やっぱりミステリーは、ちっちゃい子にはちょっと難しいかなー





どんな話かしら? ちゃんと全員の魅力が引き立つお話を考えないといけないわね


僕は、クライアントから指定された演目の題名を口にした。



クリスマスの話だからって言うことで





『マッチ売りの少女』を、やって欲しいそうなんだ





……マッチ売りの少女、ですか





でも、それだと悲劇になっちゃうんじゃ……





ああ、その点は心配しなくても大丈夫。もちろんクライアントもそのあたりは考えてくれていて、ベースはそれでいってほしいけど、台本は自由に書き換えていいそうなんだ





素敵なハッピーエンドにしてしまいましょう♪





何かいいアイディアあるかい?うちの事務所の個性を出すために、みんなの意見を取り入れていきたいんだ





劇といえば、ロミオとジュリエットみたいなのをやりたいわね





高貴なお嬢様は、留奈の魅力が引き立つわ





それなら唯ちゃんが王子様役だね!





え、あ、あんな恥ずかしい台詞言えないよ……!





唯ちゃんに愛の台詞言ってほしい~!





恥ずかしい……


唯は一見クールでかっこいい女の子だけれど、性格は女の子そのものなので、想像だけで真っ赤になって照れている。



自分は死体か名探偵の役やりたい~





ロミオもジュリエットも死んじゃうから、殺人事件成立するかも





アイドル殺人事件や!





ちょ、ちょっと、どこに話が転がっていくのよ





木の役はありますか……?





肝心のマッチ売りの少女はだれがやるのでしょうか





そうだよね、主役はマッチ売りの少女だよね





かえちゃん似合いそう! 見たい! あとぎゅってしたい!





空子さんもにあいそうです





私ですか? えへへ、照れちゃいますけど、どんな役でも全力でがんばります……!





わたくしも主役やってみたいですー!





どんなお話になるか、楽しみですね♪





あはは……


まひろさんの言葉に、苦笑が漏れる。
相変わらずこの子たちはまとまりがなくめちゃくちゃで、これじゃあ内容も配役も、まったく想像がつかない。
これは先が思いやられるなぁ……
