第2幕
欺け、U美術館!!
後編
第2幕
欺け、U美術館!!
後編
ーー予告時刻の少し前



変装して潜入なんて初めてだなぁ…


そう、今回は変装をして美術館に入り込んだのだ。変装に対する対策は幾分か出来ているだろうが…今回はシュトーレン刑事のことを心配する必要がない。彼のことだ、キャラメリゼの疑いをかけられている『俺』の傍にずっと付いているだろう…正直なところ、彼以外の市警官を、私はそれほど脅威だとは考えていないしね。見つかったら逃げればいい。時間は無限にあるのだから…。



え?嘘でしょ?





あー…聞いてるぜ





怪盗キャラメリゼはノーキンなんだろ?





脳筋?…心外だなぁ…





そこまで言われているの!?





おう。盗む手際はいいけど、大概ガラスケースかち割ったりするからすぐバレる





その後は物凄いテクニックと逃げ足で逃げるって…もっぱらの噂だぜ





む、無謀すぎる…





せっかくここまでバレずに来たんだから、今回は派手なことはしないでよ!?





分かってる。私だって手荒な真似はしたくないしね…





絵が簡単に取り外せるものなら





そこをスマートに解決しちゃうのが怪盗じゃないの…?





私にそんな技術はない





なんか現実がグサグサ襲ってきてる…





現実とはかくも非情なもの…





この現実は見たくなかったよ!!


……さて



ここだな


ターゲットがある部屋の少し手前で、私は今一度自分が置かれた状況を確認する。



帽子を深くかぶること…そうすれば、顔が割れることは無い…演技はサクラに任せて、私は黙りを決め込む…と


相手は怪盗キャラメリゼが現れるわけが無いとほぼ決めつけている連中だ…何も怖がることは無い。堂々と、いつも通りにしていれば、道は自ずと開かれるーー



んじゃ、現場の方は頼んだぜ





任せて!シオも、しっかりね





おう


シオは私とサクラと別れ、制御室へ向かった。彼はメカニックのようで、ハッキングや機械類を用いた交錯作業が得意らしい。何だか、ファウストがそのまま二人に分離したように感じる…流石は息子たちと言うべきか…



それじゃ、こっちも行こうか。帽子はしっかり被っておいてね





ああ。ここで顔が割れたらすべてが水の泡だからな…





無理矢理な動きは禁止だからね?





…………善処する





変な間を作らないで!!


サクラは軽く服装を正すと、私を従えて部屋を警備する市警官に近づいた。



お疲れ様です!





?なんだお前…持ち場離れて何してるんだ?





はい…自分、此度が初仕事なのですが…もし、本当に怪盗キャラメリゼが現れたとき、新人に対応させるのは酷だと言われまして…





怪盗キャラメリゼと対峙する確率が高い外の警備より、最後の砦となるここの警備についた方が安全で確実だと…





そうなのか…的は射てるとは思うが…しかし…





大丈夫ですよ!怪盗キャラメリゼにはシュトーレン刑事がついているのでしょう?だったら逃げられるはずがないですし、先輩たちなら、仮に本当にヤツが現れても、ここには寄越さないでしょう?





そ、それもそうだな…!





チョロいね…後一押し…





ですから、ここの警備は自分たちにお任せください!!





…わかった!
任せたぞ、新人!!


サクラの言ったことを素直に受け入れた市警官は、満足げにその場から離れていった…その指示が誰から出された物なのかも確認しないなんて…やっぱり、シュトーレン刑事以外の市警官は無能なんじゃ…



さて…時間はないよ。さっさと済ませちゃおう





ああ…





そうだね


さあ、市警官たちにたっぷり仕返しをしてやろうか…私とベルリーナの時間を奪ったこと…後悔させてやる…!
室内に催眠ガスのカプセルを投げ込み、しばらくしてから私たちは室内に侵入した。



うわ…結構いたね…





さすがに学んだんだろうね。ターゲットに警備を付けないのはリスキーだって





もっと早く気づいていれば、対策のしようがあったろうにね





本当だ…こっちとしては困るが





それじゃ、早速戴いてもらおうか





お任せあれ


サクラは、監視カメラに向けて合図をした。すると、絵画がはめられていた額がゆっくり動きだし、そのまま外れてしまった。



Très bien!!これで、設備を無駄にすることなくお持ち帰りができる!!





忘れかけてたのに…


私は絵画に近づき、額から取り出すために本体に触れた…そのとき



ッ…なん…!?


金獅子の扇を盗んだときと似た感覚…なんだこれ…この前の罠…!?



ある日の夜のことです。お姫様が眠っていると、窓から男の子が飛び込んできたのです。


聞き覚えのある声…一体何なんだ、これは…!



「許して、悪いことをするつもりは一切ないんだ!」男の子はお姫様に叫びました。
「私は何もしないわ、安心して」お姫様は、男の子を安心させるように言い、抱きしめました。





男の子は、悲鳴の一つもあげないお姫様のことを、大変不思議に思いましたが、その言葉とぬくもりの心地よさに、すっかり安心してしまったのでしたーー





キャラメリゼくん!!





…!!


サクラの声で、私は現実に引き戻された…。



大丈夫?ぼーっとしてたけど…





あ、ああ…大丈夫…


もう一度絵画に手を触れるが、今度は何も聞こえない…何だったんだ…



さて…目的は達成したね!後は脱出とパトロンだ





そうだな…それじゃ、この辺りに適当に穴でも開けてーー





まって!!!ちゃんと考えてあるから待って!!!





多分、さっきのままなら外には誰もいないはず…物陰に隠れて動くのは得意かな?





そのくらいなら、お茶の子さいさいだね





ならそれで行って!!
僕はシオと合流してから追いかけるよ!





わかった!逃げ足は一流だからね!





その言葉、盗みの技術に関しての時にも欲しかったなぁ…


サクラは戸を少しだけ開け、外を確認した。外には誰もいなかったようで、私に手招きをする…
私は絵画を小脇に抱え、部屋から出た。予告時間はとうに過ぎた…勝負はここからだ…!



それじゃ、また後でね





ああ。頼むよ


サクラは通用口へ、私はあらかじめ目星を付けておいた窓から外へ脱出した。



よいしょっと


行動を起こすのはまだ早い…まずは…



警報が鳴って…


けたたましく警報が鳴り響く…これは、制御室からシオが鳴らしたものだ。で、タイミング的にはそろそろ…



来たね…


美術館の入り口から、市警官が数人転がり出てきた。あの部屋の惨状を見たのだろう…これでシュトーレン刑事は、美術館の中に入ってくれるだろう…!



Selon le plan♪


シュトーレン刑事が館内に入っていくのを見送り、私は隠れていた茂みから次のターゲット…ファウストを目指して走り出したーー



『ヴァシヌスの絵画』と、サヴァラン君は戴いていくよ!!


ーー午後6:30
二週間ぶりに家に帰り、市警局に『キャラメリゼに開放された』と伝える前に、今度は母さんに捕まってしまった。彼女は俺をきつく抱きしめ、暖かく迎えてくれた…ああ…家ってこんなに暖かいものだったんだ…



サヴァラン君!!いるか!?





あっ…シュトーレン刑事…


伝える前に、刑事の方が顔を出してくれた。電話する手間が省けたな。



………良かった…怪盗キャラメリゼに攫われたと聞いて、足取りを調べていたのだが…もう戻っていたんだな…





すみません…すぐ連絡しようと思ったのですが…母が…





………………





……ああ……


シュトーレン刑事はバツが悪そうに視線を下げると、俺と母さんに深々とお辞儀をした。



…サヴァラン君は、怪盗キャラメリゼではない事が証明されました……この度は、本当に申し訳ございませんでした…これは、我々市警局の早とちりによる落ち度と心得、深くお詫びをーー





刑事さん





……………





今回の件は、確かに褒められたことではありません…でも…





市警さんだって、人間でしょう?間違えてしまうことくらいあります





ですが…我々は…!





そりゃあ、自分の息子が指名手配犯と間違えられたら…驚きますし、怒りだって湧きます…でも





今回は、間違いがきちんと証明された…終わりよければ全てよし、ですよ





……………





……うーん…そうですねぇ…


少し困ったような顔をして思案すると、母さんはポンと手を打ち薄い緑色のキャンディの包を一つ、シュトーレン刑事に差し出した…これは確か…



レモンバームのキャンディ…ペリドットです。疲労によく効きますよ





ブリュレ夫人…





もし美味しかったら…リピーターになって下さい。甘い物を食べて、疲れも取れれば…今回みたいな間違いも減るでしょう?


そう言ってニッコリ笑った……母さんらしいといえば、母さんらしいけど…刑事、ちょっと困ってるじゃないか…



はい!この話はもう終わり!!サヴァラン、刑事さんを見送ってあげて!





………クスッ…はーい


ポカンとしている刑事を出入口に促し、俺たちは家から出た。いつもあんなに手ごわい刑事が、こんなに呆けた表情をするなんて…ちょっと新鮮だな。



……サヴァラン君、今回の件は本当に申し訳なかった…





いえ…疑われるような発言をしちゃった俺にも原因はありますから





…そのお詫びと言ったらなんだが…





もし、あの事で悩むことがあったら、いつでも頼ってくれ。酷くなってしまったら、いい精神科医も紹介しよう


……………は?



え…?何のことですか…?





何のことって……君、夢遊病なんだろう?


夢遊病!?俺が!?なんで!?



まさか…!ファウストの奴、余計なことでも言ったんじゃ…!!





あ…あ、あー!そ、その事…ですか…はい。分かりました…ありがとうございます…





ああ…その位はさせてくれ





俺もひとりの父親だからな…君のお父さんの言いたいことも分からなくはないが……


……………待て



俺は、君の味方でいる。夢を諦めてはいけないよ





……………はい


なんとかそれだけ絞り出すと、シュトーレン刑事は去っていった……どういう事だ…?どうして、刑事が父さんとの関係のことを知っている…?



………ファウスト…?


だとしたら…あいつ、どこまで俺のことを知ってるんだ…?



………考えないようにしよう…気分が悪い…


俺は少し腕を擦り、家の中へ戻った…今度あったら、夢遊病のこと、問いたださなきゃなーー。



って訳でベルリーナ!!晴れて自由の身だよ!!





はあ…良かったですね


ようやく解放された!!!これでベルリーナと一緒に帰れるし、自由に話すことができる…!!ああ…長かったなぁ…!!幸せ…!!



もうやめてくださいよ、心臓に悪いですから…





分かってるよ!同じ間違いは二度としないさ!!





調子乗ってると、また目をつけられますよ…


ベルリーナがふと後ろに目を向ける…すると、ソレは慌てて物陰に姿を隠した。



……気づいてます?





ああ…でも妙だね。市警官じゃないよ、アレ





………あの曲がり角で待ち伏せしましょう。この前の視線も、アレかもしれません





わかった…やばそうだったらすぐ逃げるよ……今度は打たないでね?





分かってますよ…





!!


俺たちは一斉に走り出し、少し先の曲がり角に入った。後をつけていたソレも、気づかれたと悟ったようで足音を隠すことをせずに迫ってくる…



きゃあっ!?


ベルリーナを庇うようにして曲がり角に立っていた俺に、ソレは勢いよくぶつかった。尻餅をついたソレは、慌てて落としたカメラを拾い上げる…



ああっ!!か、カメラが……じゃなくて!!





ご、ごめんなさい!!怪我ありませんか!?私急ぐと周りが見えなくなって……あっ…


ソレの正体は、カメラを持った女性ーー雰囲気からすると、なにかの記者だろうーーだった。



俺たちをつけていたのは貴女ですね…何か用ですか?





……やっぱり美男美女だ…





はい…?





?





はっ…!そうじゃなくて…!!





あの…私、Aタイムズ出版の者です!サヴァラン=ブリュレさん…ですよね…?





……そうですけど…





あの、今回は、私が撮った写真でご迷惑をお掛けしました!!すみませんでした!!


そう言うと、記者は深々と頭を下げた…写真…?



……怪盗キャラメリゼの件でしょう。写真が証拠になったって言いましたよね?





ああ…なるほど…





顔を上げてください、レディ。容疑は無事に晴れたので、大丈夫ですよ





ほ、本当ですか!?よかったぁ…





私、とんでもないものを撮っちゃった気がして…すごく怖くて…!!





事実確認をする前に、市警局に証拠品として写真を提出してしまったんです…





そうですか…でも、慌ててしまうのも無理はありません…あの怪盗キャラメリゼの正体を撮ってしまったかもしれないなんて…俺が当事者でも怖いと思います





ブリュレさん…!





…………それで…?





はい…?


ベルリーナが俺を押しのけ前に出た…あれ、少し怒ってる?



謝るだけならこそこそする必要は無かったですよね?何故わざわざ後をつけるようなことをしたのですか?





ああ…ええっと…


記者は少し申し訳なさそうに目線を逸らすと、意を決したように言った。



実は、今度うちの誌で、美男美女のカップル特集を組むことになってまして…





美男美女の…





カップル特集…!?





はい!!以前お二人を……正確には、ブリュレさんをつけていたのですが…その時、お二人は追跡に気づいて逃げましたよね?





あの時の視線は、やっぱり貴女だったんですね…





道理で敵意を感じなかったわけだ…





あの逃走劇…私、一目惚れしてしまいまして…


………おっと?



あの、お二人はやっぱり付き合っているのですよね!?あんな逃げ方をするくらいですし!!





そ、そんなことーー





それで、前回の件も含めて是非取材させていただきたく!!


そんなこと…答えは決まってるね!!



よろこんで!!





お断りさせていただきます!!





なんで!?





行きますよサヴァランさん!!





あっ、ちょっとベルリーナ!!待って引っ張らないで!!





ああ!!待ってください!!写真は撮りませんから!!





ダメなものはダメです!!諦めてください!!





待ってくださいよ~!!


その後、ベルリーナに手を引かれて走り続け、記者をまいたところで俺はアッパースイングを食らうことになるのだが…それはまた、別の機会にーー。
第2幕
ヴァシヌスの絵画
La Fin
『グラスオブシュヴァイン』

ようやく颯爽と活躍、ですね! お疲れさまでした。ベルさんとの仲も少し近づいたようで嬉しいです。
ところで、敵ながら、シュトーレン警部の実直さが素敵だなと思ってしまいます……
やっと怪盗らしい所を見せられたキャラメリゼです( *ˊᗜˋ* )
アッパースイングかまされますけどね!!「何でっ!?」って言いながら吹っ飛んでいくサヴァランが容易に想像できるかと…
シュトーレン刑事は理想の警察官で書いてます…!妻子も大切にしますよ…!!
面白いですねぇ。
私もシュトーレンに好感を持ちました。読者から好かれる敵役がいると、格段に作品の質が上がると思います。ゆっくりですがこれからも読んでいきますねぇ。