ある日、少女は手に薔薇を持っていた。青薔薇だった。
ある日、少女は手に薔薇を持っていた。青薔薇だった。



じゃーん





どうしたの、これ。造花?





違うよ、ホンモノ。
触ってみなよ。
茎から色水を吸わせて育てたとかでもなくて、ほんとの青薔薇





そんなの、まだ開発されていない





見て触っても信じない?





……





これ、あげるよ。明日





? なぜ、僕に?





うーんとね、ヒント。その花の花言葉、知ってる?





知らない。
『傲慢』『反逆』
『神への冒涜』?





……いつか教えてあげるよ。だから、覚えていてね





別に知りたくはないけど





ね、明日もいるから来てね!





君はいい加減、遅くなる前に家に帰った方がいい……


その翌日の夜、数奇はいつもより早く図書館を出た。胸騒ぎがしたのだ。
……公園には少女はいなかった。



夏休みとはいえ日中もいるわけではないだろう


そう考えかけた数奇の思考を、消防車と救急車のサイレンがかき消した。



!


遠くに見える火煙に向かって、思わず数奇は駆け出していた。家族の出かけた地域で地震が起きて、心配のあまり電話をかけるような行動だった。
その屋敷がどのような外見だったか。どんな道を通ってたどり着いたか。何も分からなかった。見る余裕なんてなかった。
炎にかき消されて辺りは何も見えなかった。その中心で激しく燃える炎だけが目に焼き付いて、目を閉じても消えなかった。
再び目を開けた時、少女くらいの大きさのものが動くのが、見えた。

そのとたん、数奇は駆け出していた。
引き留める野次馬の腕を振り切って、炎までわずか数メートルのところまで駆けつけた。
そこで、消防隊員にしっかりと取り押さえられてしまった。



止めないでくれ……
行かせて!!


そう、叫んでいた。



トオル、助けて


その声が、確かに聞こえたのだ。
でも、数奇には、知りもしないその子の名前を呼んで、返事してあげることはできなかった。



恥ずかしながら、そのあとのことは分かりません。
誰かに引き戻されて、未成年だった僕は家に帰らされました。
その後数日高熱を出して寝込み、やっと起き上がれるようになったころには、報道もされなくなっていた。
……いえ、あの少女が亡くなったことを認められなかったから、知ることを拒否しました。
でも、ずっと頭の中に、その声が残って離れないんです


助けて。



……お前のその性質は、それからか





……そうですね


数奇透は、人に助けを求められることに弱い。



あの薔薇、ずっと偽物だと思っていました。
でも、もしかしたら、本物かもしれない





……お前の見た火事は、時期と場所から考えると遠巻邸の離れの火事で間違いないだろう。
あの時に被害がどの程度だったか、調べればわかるし、遠巻満に話を聞くこともできる


五日町は数奇に目を落とした。



今は、事実を受け止める覚悟はあるか?


