中学に入学してすぐの5月頃の話である。
星華中学校の最終授業が終わり、殆どの生徒が帰路に着く時間帯に忘れ物を思い出した結月は教室に戻っていた。
当時クラスが違った明彦は学級委員に任命されており、会議に出る関係でその日は結月1人で帰っていたのである。
中学に入学してすぐの5月頃の話である。
星華中学校の最終授業が終わり、殆どの生徒が帰路に着く時間帯に忘れ物を思い出した結月は教室に戻っていた。
当時クラスが違った明彦は学級委員に任命されており、会議に出る関係でその日は結月1人で帰っていたのである。



まさか今日の課題を忘れるなんて……まだ靴箱で気付いたから良かったけど


幸い教室からは未だ明かりが漏れていて閉まってはいないようだ。



電気が点いてるって事はまだ誰か居るのかな?


そんな事を思いながら何とはなしに教室のドアに近付いたその時、隣の教室内から甘えたような女の声が聞こえた。



どうしたの白峰君、会議終わった後に時間作って欲しいなんて





白峰……?


知った名前に驚いた結月は教室に入らず結局隣の教室のドア前で聞き耳を立てる。
続いて結月の思った通り幼馴染の白峰明彦の声が教室から聞こえてくる。



ああ、会議で帰りも遅くなって疲れてるだろうに呼び出して悪いな。どうしても君に言いたい事があってさ





なぁに?
アタシ期待しちゃっても良いのかなぁ


甘えた声で続ける女に思わず結月はゾッとするが、幼馴染の様子が気になる為、結局立ち去りはしない。



期待? 何を言っているのかわからんな





えーやだー。明彦君たら。
こんな状況下で何を期待するかわかんないなんてぇ……連れないなぁ


ついに女は明彦を名前で呼び出す。
更に明彦に近付いた足音が聞こえた。



アキに近付いて何するつもりなの!?


聞き耳を立てていた結月も止めた方が良いかと内心焦り出す。
しかし結月が思ったような危険な展開にはならず、次の瞬間焦った彼女も落ち着かせてしまうような凜とした明彦の声が響いた。



俺が言いたい事は一つだ。
松原結月から手を引け!





え、ちょっと何言ってるの?
アタシそんな事聞きたかった訳じゃないんだけど!?





君が何と言おうが俺の言いたい事は変わらない。誤魔化そうとしても無駄だ!





誤魔化すって何の話よ!?





話は君のグループの女子から全て聞いたし俺の居ない間にユズと関わる友人にも頼んでおいたから確認は取れているんだぞ! 君がユズを貶めようと画策していた事!!
それに俺もユズの上履きを隠そうとしたのを見ているしな





どういう事? わたし何も知らないんだけど


結月は明彦の言っている意味が良くわからずに戸惑う。
しかし明彦と話しているその女が結月を虐めようとしていたのは本当のようだと次の女の言葉を訊いて知る事になった。



……成程ね。だから一つも上手くいってなかったんだ。
折角虐めてやろうとしてたのに!





どうしてそんな事を考えた?
ユズが君に何かしたのか?





……ムカつくのよあの女!
容姿が良いから気持ち悪い趣味を持ってるのにちやほやされて、しかも白峰君にだって大事にされて!!
アタシはね、あの女と同じ趣味で昔からずっと虐められたの。
でも誰も助けてくれない守ろうともしてくれない。挙句の果てにアタシの好きになった男を全部奪っていったのよあの女は!





ユズがやりたくてそうした訳じゃない事なんて君にはわかっている筈だろ。
そんな逆恨みで実質的には何もしていないユズを貶めようとして……そんな自分を惨めに思わないのか!





わかってるわよそんなの!
惨めだって何度も思った。何度も辞めようとした。
でもならアタシのやるせないこの怒りはどこに向かえば良いって言うの?
どこで発散すれば良いって言うのよ!!
貴方とかあの女みたいな勝ち組にアタシの想いなんてわかんないわよ!!





ふざけるな!
努力も何もしてないってのに勝ち組負け組という括りにして諦めたのは君の弱さだ!
その弱さを見ようともしないで隠す為に他人を貶めて誤魔化して……自分の価値を落としたのは君自身だろ!





……んなの……そんなの言われなくてもわかってるわよ!





ユズは……そんな事しない!





……なっ!?





ユズだって自分の趣味の事で何度も葛藤したし、何度も悩んだ。何度も他人と違うと理解した自分に劣等感を覚え、自分は駄目なんだって言葉にし掛かった。だから他人に嫌われるんだと知って落ち込んだ。
でもそれでもユズにとっては何より大切な……掛け替えの無いものだから捨てないで大切にしていく事を選んだんだ。
何も特別じゃない。ユズだって君と同じ普通の子だ。君と同じように苦悩して落ち込んで、でも最後にはしっかりと自分の中で結論を出してやって来たんだ





…………





そんなユズだから俺は……守りたいと思うんだ





アキ……わたしの事、そんなように思っててくれたんだ


何だか心臓の鼓動が速くなった気がした。



何だろうこの気持ち……


考えてもすぐにはわからないような気がした。



……ううん、違う。
わたしは知ってる筈だねこれは……


そうこれは、乙女ゲームをやっている時と同じ感情。でもそれよりもはっきりとしていて確かなものだ。



好きに……なっちゃったかも


乙女ゲームをやっているとリアルの恋愛に興味が沸かなくなった。
でもそんな自分を思うと勿体無い気がした。



2次元の恋愛よりもよっぽど良いよ、現実は


昔の自分にそっと伝えた。
