奇跡には惜しみない拍手を
♢第3話♢
奇跡には惜しみない拍手を
♢第3話♢



亡くなった……?





驚きました。彼が亡くなったという事実については勿論ですが、私に手紙が届いたということにです。私は一切の関わり合いを絶っていました。彼に家族がいることさえ知りませんでしたし、彼の家族が私の存在を知っているとも思いもしませんでした





……もう一杯注ぎましょう





すみません……。彼はあの踏切事故で跳ねられた当事者だったそうです





まさか……!?





そうだったんです。信じられなかった私は、半年前のニュースを探してみましたが、確かに彼の名前が書かれていました。『会社員、踏切で列車に巻き込まれ重体』と





なぜあなたに手紙が届いたんでしょう





私もそれが不思議だったので、急いで手紙を読みました。彼は事故後生死の境を彷徨い、医師も懸命に処置をしたそうです。しかし、その甲斐も虚しく、3か月後に亡くなってしまった





辛かったでしょうね。私なら即死の方がよかったと思いますね





まあ……。そして手紙の続きですが、葬儀も何もかもが終わって一息したころ、彼の部屋から、一組のトランプと一冊のレクチャーノートが出てきたそうです。遺品整理も一通り済んだところだったのに、ひょっこり出てきたもんだから驚いた、と。そして、そのレクチャーノートの表紙には『桂木へ』と私の名前が





ああ、マスターは桂木さんとおっしゃるんですね





すみません。自己紹介もまだでしたね





いや、いいんです。それでそのレクチャーノートというのは





レクチャーノートってのはマジックの解説書みたいなもんです。家族の方は共通の知人をたどって私の住所を突き止めたようです。それで





中身は?





あのエニー・カード・アット・エニー・ナンバーの解説のようでした





おお。これは劇的な展開ですね





しかし、これが特殊な綴じ方のノートでして、『どういうマジックか』という現象の章と、簡単なやり方が書かれた章は読めるんですが、詳しい解説部分は袋とじになってまして





それで開いたんですか、袋とじ





まだなんです。というか開けなかった。その“簡単なやり方”の章だけは読んでみたんですが……





ほう





読んでみます?





え? あるんですか?





ええ。これです。このページです


【やり方】
付属のトランプを机に置き、演者は一切手を触れず、観客に任意のカードと数字を聞く。
あとは観客に選んだ枚数目までカードを配ってもらうと、選んだカードが出てくる。
以上



これだけですか!? そんなので現象が起きてたまるかって話ですよね





しかし、成功してしまったんだからしょうがない。だから私も驚いているんです





袋とじ開いちゃったらどうです?





いやだめです





ですよねー





まだ気持ちの整理がついてない。ここで私が解説を読んでしまうのは簡単ですが、それでは彼に申し訳が立たない





いや、でも彼開いてほしくて、『桂木へ』って書いたんじゃ……





しかし私は開くにはなれない





マスターの気持ちも分かりますが、それでは彼も浮かばれません





そうでしょうか……





そうですよ





お客さんはそう思われるかもしれませんが、私は彼の気持ちは分からないです





いや読んでほしいと思いますよ





……





……私の父はあなたに嘘を吐いたと後悔していた





……え?





私の名前は『宗賀城二』。あなたの友人だった『宗賀博仁』の息子で、その手紙の送り主です





そんな、まさか……





父は大学卒業後、程なく結婚し、子供を授かりました。それが長男の私です。今年二十歳になりました





若いとは思っていたが、そんなにお若かったとは。雰囲気が大人びていらっしゃったから……。顔は全く似ていないが……





でしょうね。顔は母親似だと言われます。でも目を見てください。瓜二つだと思いますよ





……。ほんとだ。まるで博仁に見られているようだ……





私もそのレクチャーノートに載っているタネが知りたかったんですよ。だからこうしてお店にお邪魔したんです





そうだったんですか





どうしても開かないんですね





そうですね





わかりました。これは桂木さんのものですから、私にどうこう言う筋合いはないですね





すみません……





じゃあこうしましょう。ふたりでこいつのタネを考えてみませんか?





タネを……





ふたりでこの呪縛を打ち破るんです





しかし……





断るなんて言わないでくださいね。断る気なら今回のお代はタダにしてください





ええ……





いいですね。それではシンキングタイム


つづく
