Episode　4

立一の様子や状況証拠からして、恐らく摂取したのはノル達調査員の使用する“記憶を操作する為の薬品”であることに間違いなさそうだ。


しかし、一つ疑問が残る。

そもそも、ノルとC-HUはトラブルによって地球へ転送された。


正規に地球への転送許可を得てやって来た訳ではない。


銀河系の中でも文明が遅れているとはいえ、この惑星には、幾多の生命が日々繁栄を求め活きている。


未開発惑星への転送とは違い、こういった惑星への立ち入りはデリケートであり難しく、許可申請を出したとしても、多大な時間を要するのだ。

そんな話し合いの中、部屋から立ち去ろうとする人物の気配に島は気づく。

引き止めようとすると、立一は自分の服を軽く掴み、鼻であしらう。

立一は、足早く2階へと立ち去って行ってしまい、2人と1匹は、その後ろ姿を見送った。

ノルの立一への思いは、島やC-HUにも伝わってきていた。


唯でさえ、一方的なトラブルで巻き込まれているはずの立一は、こうして居場所を提供してくれている。


それなのに、彼自身の身にまで危険を及ぼしてしまった事。ノルは、ひどく責任を感じていたのだ。


気疎い空気の中、立一が出て行って間も無く、部屋に突然笑い声が響き渡る。

C-HUが毛を逆立て周りを見回すが、ノルには、その声の主が誰であるか直ぐに分かった。

何処に潜んでいたのか、身を翻し姿を現したのは、奇抜な身形をした一人の青年であった。


光彩ゴーグルにフィットしたスーツ。


その出で立ちは、初めて地球へやって来た時のノルを彷彿とさせる。

ノル達と同じ惑星出身の青年。
SOL-1200DX、それが彼の名である。


境遇も性格も正反対の二人だが、彼とは幼い頃から付き合いがあった。


マイペースで鷹揚自若なノルに対して、彼の周りは常に賑々しかった。


いつもノルを気にかけていた彼であったが、疎遠になっていったのはここ最近、ノルが調査員として配属されてからだろうか。

ソルと呼ばれた男は、ふふんと鼻を鳴らすと、他を軽く一蹴しノルの方へと歩み寄る。

ソルは、先程までとは打って変わり、莞爾と笑みノルの手を取る。

衷心より安堵するソルとは対照に、ノルは如何ともしがたい複雑な表情を浮かべていた。

腕組をし、事の成り行きを見守っていた島であったが、ノルの手を掴んでいたソルの手を捉えると、間に割って入る。


とっつけた様な微笑が、明らかに厭わしさを示していた。

説明を聞きながら、島は、なるほどね…と冷笑する。

表情を変えぬものの、島のソルへ対する憤りがぴりぴりと伝わってくる。

一触即発のところ、C-HUが慌てて制止した。

詰め寄られたソルは、ああ…そんな事かと呟きを漏らすと小馬鹿にしたように鼻で笑う。

ノルと目があった瞬間たじろぐソルであったが、バツが悪そうにボソボソと話し出す。

苦虫を噛み潰したような顔をしたソルは、なおも言葉を続けた。

ソルは、思わず言葉を詰まらせる。


図星であったようだ。

そう訴えるソルは、もはや涙目だ。


一同は、言葉を無くした。
まさか、このような真相にたどり着こうとは……。


C-HUは、呆れて尻尾を床に垂らし、島は毒気を抜かれたようでソファーに座り込んでしまった。

声を掛けられたソルは、ビクッと身を強ばらせ、ゆっくりとノルの方へ向き直る。

ノルは、ソルの手をそっと握り、おずおずと顔を上げた彼に視線を合わせた。

ソルは、その言葉に気分が高揚し、思わず身を震わせるが「でも…」と、ノルは言葉を続けた。

ノルに真剣な眼差しで見つめられると、ソルは気まずそうに俯き、何やらもごもごと口篭った。


どうも、歯切れが悪い。

C-HUが驚きに、全身の毛を逆立たせる。

ノル奪還の為だけに調合されたソルの新薬は、一時的に記憶は消えるものの、時間経過により、徐々に元通り復元されるらしい。


それは従来品よりも服用者に負担が少なく、上位互換品と言っても過言では無いかもしれない。

ソルはC-HUの戒めに、何か反論しようと口を開きかけたのだが

平行して、自らの通信機から鳴り響いた呼び出し音に、表情が凍りつく。

恐る恐る通信回線を開くと、ソルは息を飲んだ。

ソルが意を決し、通信に応答しようとした瞬間、ノルが素早くコンソールを立ち上げ、通信回線に割り込んだ。

突然の回線ジャックに、通信相手は少々戸惑った様子であったが、しばし間を置き応答してきた。

予想だにしていなかったノルの発言に、ソルは口を挟まずにはいられなかった。


地球への無許可転送は、罪が重い。
それなりの懲罰を受ける事になるであろう。


職務の剥奪・制限……良くて、長期間の謹慎となるかもしれない。

慌てて弁論するも、ノルはソルを安心させるかのように手を握り、小さく首を振る。

ソルは、下唇を噛み締め、自分の不甲斐なさから湧き上がる感情に、唯唯耐えている。


通信の相手は、しばし思議しているようだった。

思わぬ裁定に、ノルとソルは顔を見合わせる。

ソルは、聞き違いではないのかと喫驚の声を上げる。


無理もなかった。
下された沙汰は、彼にとって、これ以上ない吉報となったからだ。

一瞬間を置き、その意図を理解したソルは、慌てて提示された条件に同意した。

電子音と共に、通信が切られると、一同は胸を撫で下ろす。

C-HUは、尻尾を震わせノルの方へ走り寄り、ピョンと肩に飛びついた。

ノルは、表情を和らげると、慰するようにC-HUの頭を撫でてやる。

つまるところ、ソルは地球へ残り、ノルのサポートに付くに落ち着いた。


大きなお咎めを受けずに済んだのは恐らく、通信相手……ソルの父親が上に掛け合い、何かしらの計らいをしてくれたと思って、間違い無いであろう。

ソルは、意を決し光彩ゴーグルを解除すると、至誠な気持ちでノルと向き合った。

ノルに微笑まれると、ソルは照れ臭そうに目を泳がせる。

二人の様子を伺っていたC-HUが、髭を揺らし声を弾ませる。

と、安堵したのも束の間。


物音と共に、リビングに姿を現した人物は、腕組をし、うんざりといった表情で、こちらを見据えていた。

黒髪に飾り気のないＹシャツとネクタイ。
無愛想ですげない口調の青年がそこに居た。


雰囲気は違えど、その声色には、皆聞き覚えがあった。

島は、この堅物に、どう叙説すべきか頭を悩ませるのだった。