とある企業の一角。
上機嫌な女性が、パソコンをいじっている。



~♪


とある企業の一角。
上機嫌な女性が、パソコンをいじっている。



ん。





おい。平森。





あれ、先輩。
いつからそこに居たんスか?


彼女は平森 愛乃(ひらもり よしの)
今年入社した新人で、橘の部下として働いている。



今だよ。
ていうかお前、何やってんだ。





何って……。


パソコンの画面には、ブラウザが1つ立ち上がっている。
ブラウザに表示されているのは、明らかにゲームの1コマだった。



知らないんスか? 最近流行りのブラウザゲームッス。





この業界は移り変わりが激しいッス。
ちゃんと流行りのものは見ておかないと、取り残されちゃうッスよ?





もっともらしいことを言うな。
会社でするなと言ってるんだ。





でも、今は休憩時間ッスよ?


平森が言う通り、現在の時刻は12時半を少し過ぎたところ。お昼休みの真っ只中だった。



む……。それもそうか……。





いや、駄目だろ。
変なウイルスでも引っ掛けたらどうすんだ。





安心して欲しいッス。このマシンは自前ッスから。





お前それ、社内のネットワークには繋いでないだろうな?





勿論ッス。





大体、そんなことしたら先輩へ筒抜けになってるはずッス。





まぁ、そりゃそうだ。





それに、ただ遊んでるだけじゃないんスよ。
一応、会社の広報を任されてる身ッスから、その辺のネタ集めも兼ねてるッス。


平森は開発の傍ら、会社のSNSアカウントの管理も担当している。妙に評判が良く、一定の成績を出しているのは事実なので、彼もそれ以上は何も言えなくなってしまった。



そういうことならいい。





ただ、お前PCの持ち込み申請出してないだろ? 理由はわかったから、ちゃんと申請は出せよ。





あっ。


平森は机の中から1枚の紙切れを取り出すと、バツが悪そうに橘へ差し出した。



次からは、先に出すようにな。





すみません……。





もういいよ。
それにしても。


橘はゲーム画面を見つめた。



この業界も随分と進んだもんだ。
今はブラウザだけで、この程度のグラフィックが出せるんだからな。





本当ッスよね。
これでインストール不要っていうんだから恐ろしいもんッス。


- クライアントゲームとブラウザゲーム -
現在主流なネットゲームには、クライアントゲームとブラウザゲームとの2種類がある。
クライアントゲームはゲームのクライアント(ソフト)をパソコンにインストールする必要がある一方、ブラウザゲームはその必要がない。
その分、質ではクライアントゲームが勝るが、手軽さではブラウザゲームに分がある。
ブラウザが使える環境であれば大抵は動作するため、学校や職場でもプレイが可能。
しかし、確実にネットワークの管理者にはバレている。やめよう。



流石に今のクライアントゲームには負けるッスけど、一昔のやつになら引けをとらないどころか、勝っちゃいそうッスね。





俺がやってたゲームなんてまさにそうだな。
多分、こっちの方がグラフィック綺麗だ。





へぇ、先輩もネットゲームやるんスね。
あんまりそういう話しないもんだから、やってないんだと思ってたッス。





その通りだよ。
やってたのは昔の話だ。もう何年もな。
当時プレイしてたゲームがサービス終了して、それ以来はやっていない。





甘いッスね。
サービス終了まで含めてネットゲームッス。
その程度で心が折れているようじゃ、この世界では生きていけないッスよ?





そうかい。





大体、サービス終了したら次のネトゲに移るのが私達の性ッス。
先輩の周りもそうだったんじゃなかったんスか? 着いて行かなかったんです?





いや、実はな。
仕事で忙しい時期にサービスが終了しちまって、皆とは音信不通なんだよ。





うっわ……。
それはキツいッス。





当時は今ほどSNSも普及してなかったからな。せめて連絡先ぐらいは聞いておくんだったと思ったが、後の祭りだ。





私も結構な数のゲームしてきたッスから、先輩の気持ち分かるッス。
結構仲良かったのに、もう会えない友達も沢山居るッス。元気にしてるといいんスけど。





ところで、そのゲームのタイトルはなんていうんスか?





確か――





――あー、あれッスか。
あのゲームは面白かったッスね。





なんだ、お前もやってたのか?





そりゃもう、私がプレイしてないネットゲームなんて存在しないッス。





でも、それは特に面白かったッス。一番のお気に入りだったッスね。
人の少なさがネックだったッスけど。





もっと人が居れば、あのゲームももう少し続いてたのかもな。





そうッスねぇ……、私もなんとか人を増やそうと、勝手に色々やってたんスけど、やっぱり1プレイヤー程度じゃ何にもできなかったッス。





まぁ、もう昔の話さ。
終わったゲームの話をしても仕方ない。俺達は俺達で、もっといいゲームを作れるようにしないとな。





それは勿論ッス……けど、やっぱりそのゲーム、もう1度やってみたいとは思わないッスか?





話聞いてたか? 終わったんだから、もうどうしようもないだろ。





別れがあるなら、また会うことだってあるッス。それはゲームだって例外じゃ無いんスよ。


そう言って、平森はパソコンを操作し始めた。
ゲームを開いていたブラウザを切り替え、何やら検索している。その中から1つ動画を選択し、橘に画面を向ける。



これを見て欲しいッス。





これは、あのゲームのムービーか?
でも、ちょっと綺麗になってるな。





これ、最近始まったゲームの宣伝動画なんスよ。
あのゲームを買い取って、再度サービスを開始した会社があるんス。





そんな話、聞いたこと無いぞ、どこの会社だ?





最近出来たとこッスから、知らないのも無理はないかも知れないッスね。
なんでも、社会に出てすぐ起業したとか。かっこいいッス。





それはさておき。
私は勿論やるつもりッスけど、先輩はどうします?





俺は、そうだな……。





そうだな、俺もまたやろうと思う。





じゃあ、一緒にやりましょうよ。





先輩、職は何使ってたんスか? 先輩の職に合わせるッス。





俺は戦士を使っていたな。
でもいいのか? 自分が使いたいやつ使ったほうがいいんじゃないのか。





私は全職やってたんで問題無いッス。





それじゃ、ゲーム内で会いましょう。


