気がつくとわたしはジン皇子と一緒に広場に倒れていた。
わたしは脱出時に、龍の炎に呑まれたことを思い出した。
気がつくとわたしはジン皇子と一緒に広場に倒れていた。
わたしは脱出時に、龍の炎に呑まれたことを思い出した。



ジン皇子!


呼びかけても返事がない。



ジン皇子!





……ジン!





……大丈夫。聞こえているよ


何度も呼びかけていたら、ようやく小さな声でジン皇子が返事をした。



大丈夫なわけないでしょ!


彼はわたしを庇って龍の炎を受けたはずだ。あれだけ強い炎を受けて無事なんてことはありえない。
わたしはジン皇子の体をまさぐった。
ところがどれだけ服をまくっても、既に治っている傷ばかりで、火傷らしい箇所は全然見つからなかった。



いや、だから本当に大丈夫だって


ジン皇子は上体を起こして言った。
見るとマントや衣服は少し焦げただけで、燃えたような形跡は少しも見当たらなかった。



これでも龍の討伐が当初の目的だったわけだからさ。それ相応の龍対策はしていたんだよ





要するに燃えない素材の装備ってわけ


考えてみれば彼は王族だ。流れ者のわたしと同じような粗末な服を着ているわけがない。



……そういうことは先に言え、バカ


不意に頭上を大きな影が通り過ぎた。
見上げると龍が空を旋回していた。大らかで自由な飛び方だった。



……正気に戻ったのか?





そのようですね





そうか。やっぱり歯の痛みが原因だったんだな


ジン皇子はホッと大きく息を吐き出した。



……それにしても最後の炎の息は危なかったな。久しぶりに走馬灯を見てしまったよ





せっかく命を賭けて治療してやったんだから、もうちょっとだけ我慢してくれればよかったのにな





ああ。あれは龍なりの治療法だと思います。おそらく抉られた歯茎の傷を、自ら炎で焼き固めたんでしょう。口を傷つけた龍は本能的にそうするんですよ





なるほど。流石に龍は聡いんだな





……さて。あとは事後処理だな


ジン皇子は立ち上がると、わたしに背中を向けて真っ直ぐに歩いていった。
その先には魔力を使って疲弊しているロイローの姿があった。



ご無事で何よりです。ジン殿下





他に言うことがあるんじゃないのか、ロイロー





……な、何のことでしょう?





治療済みのはずの龍の奥歯に、おまえが使う魔力が仕込まれていた。これはどういうことだ?





さ、さあ? わかりかねます。龍が暴れたのはその歯科医の娘の腕が未熟だったからではないでしょうか?





ザンッ!


ジン皇子はロイローの前にドラゴンキラーを突き立てた。



俺に龍殺しの実績を積ませたいのは理解している。だが、他人を巻き込んでもしらばっくれるというのなら、それは忠義ではなく謀反と捉えるぞ!





……も、申し訳ありませんでした!


ロイローは全てを打ち明けた。
昨日の徹夜時、わたしとジン皇子を飲み物で眠らせ、その間に治療中の龍の歯に遅効性の魔法を仕込んだというのだった。
ジン皇子は戻ってくると、わたしに向けて深々と頭を下げた。



聞いていたと思うが、全ては俺の部下の不始末が原因だった。あんたの仕事を邪魔したばかりか、危険な目に合わせてしまった。本当にすまなかった


腹が立たなかったと言ったら嘘になる。でもわたしは怒る気にはなれなかった。
ロイローはあくまでジン皇子のためと思って行動していたのだろう。ただ、そのやり方が独りよがりだったというだけだ。



大丈夫です。もう気にしません。それにわたしも蓋をする前に、歯の中をしっかり確かめなかったのが悪かったんです。私自身、仕事が半人前だったんです


こうして、この町でのわたしの仕事は終わった。
~エピローグ~
翌日、わたしは一月刻ほど留まった宿を引き払った。
龍が谷から飛び立ってしまったので、わたしももうこの町にいる理由がなくなったのだ。
新しい龍を見つけないことには、龍の歯科医は無職である。早めに動かないと食い扶持に困ることになる。
お世話になった人たちにお礼を言い終えて町を出ようとすると、通りにジン皇子が立っていた。



これからどこに行くんだ?





わかりません。わたしは東から旅をしてきたので、とりあえず西の方角を目指そうと思っています。そして運良く龍を見つけたら追って近くの町に逗留し、再び歯科医をやるつもりです





……ジン皇子は?





俺はひとまずアスタリアの城に戻る。ロイローの処遇も決めなければいけないからな


わたしは世界の地理に詳しくはないものの、アスタリア城が北の方角であることは何となく知っていた。



そうですか。それではお元気で





あんたもな


ジン皇子は手を差し出してきた。
わたしは少し躊躇ったものの、彼の手を握り返した。
固くて熱い手だった。



そういえば、あんたの名前を聞いていなかったな。龍の歯科医さん


ジン皇子は思い出したように言った。そういえばずっと歯科医という肩書を述べただけで、名乗っていなかったのだ。



ナギ・フロウと申します





そうか。ナギ・フロウ





はい





俺の城に来ないか?





ええっ!?


一瞬、何を言われているのかよくわからなかった。
龍の歯科医は常に龍を求めて移動するので、一箇所に留まることはしないのだ。
要するに城勤めとはまったくの対極だ。
わたしはジン皇子にそう説明した。ところが彼は……



問題ないだろう





俺は知っての通り、城から龍殺しの任を負っている。俺は龍のいるところはどこだろうと行かなきゃいけないんだ





ナギがいてくれれば、殺す必要のない龍を助けることができる。あんたも歯科医の仕事にありつける。お互いにとっていい話だろう? 一緒に来てくれないか





……い、いきなりそんなこと言われても





俺にはあんたが必要なんだ





……いや、だから、ちょっと考える時間を……


わたしは後に、アスタリア城ジン皇子専属の龍の歯科医となる。
だけど、それはまた別の物語だ――
~fin~
