突然二人の視界を眩い白銀の光が覆い尽くしたかと思うと、目の前には見知らぬ世界が広がっていた。
すぐ足元には、清らかさを湛える透明な泉が静かに佇み、撫子とフェインリーヴは目を丸くする。
周囲に渦巻いていた恐ろしい気配も、魔物の群れも、仲間達も、誰の姿もない……。



え……。





何だ……、これ、は。


突然二人の視界を眩い白銀の光が覆い尽くしたかと思うと、目の前には見知らぬ世界が広がっていた。
すぐ足元には、清らかさを湛える透明な泉が静かに佇み、撫子とフェインリーヴは目を丸くする。
周囲に渦巻いていた恐ろしい気配も、魔物の群れも、仲間達も、誰の姿もない……。



ラヴェルノの掟に背きし者……。その咎は重く、最早その命でしか贖えぬ。





だ、誰!?





異界よりの娘よ……。我らはそなたの声に応じた。契約を望むのなら、あのラヴェルノを滅する力を貸し与えよう。





お前達は、……ラヴェルノ、なのか? どこにいる!!


撫子達の見たラヴェルノとは違う、どこまでも澄み切った美しい声音の、姿なき者達……。
フェインリーヴの腕に強く抱かれ守られながら、撫子はその姿を探し出そうと目を凝らす。



本来であれば、我らが裁くべき存在……。だが、ラヴェルノは世界の傍観者であり、契約を交わしてしか、世界に干渉を許されておらぬ。





故に、異界より来たりし少女よ……。我らは望む。そなたの大切なものをひとつ、代償として捧げ、あのラヴェルノを討て。





ふざけるな!! 俺ならまだしも、何故、撫子がお前達と契約を結ばなくてはならん!? 大体、干渉出来ないと言っておきながら、あのラヴェルノは平気でやっているじゃないか!!


フェインリーヴからの怒声に、ラヴェルノ達が辛そうに息を吐き出すような気配が伝わってくる。



神との盟約を破りしラヴェルノは、最早ラヴェルノにあらず……。我らには、出来ぬ。





それって、出来るけどやったら、ラヴェルノという種族として見て貰えなくなる、裏切り者になる、って事ですか? 自分達の立場を守る為に、私を使うと?





わかりやすく言えばそうなるな……。ここに集ったラヴェルノは全員、誇りと信念に逆らえぬ。





身勝手にもほどがあるだろう!! あれはお前達の種族が生み出した災厄だ!! 責任をとるなら、お前達自身だろうに!!





すまない……。我らは、この定めに逆らえぬ。どうにかしたくとも、それをすれば……、今度は我らの内の誰かが、お前達の敵となる。





ならいい……!! 俺と撫子をあの場所に戻せ!! 俺が片を着ける!!


どのラヴェルノの声音も、申し訳なさと歯がゆさを含んだものばかりだ。
ラヴェルノという種族の掟を破った裏切り者を裁きたくても、第二のそれを生み出す事は出来ないと、そう悔しく思う気持ち。
撫子はそれを感じながら、彼らの声を聴き続けた。



無理だ……。現・魔王よ、お前ひとりがその命を捧げたところで、紫煌石を使うラヴェルノには勝てぬ。





故に、その娘との契約を望む。





命や魂を代償とするような契約ならば、絶対に許さん!! 他に方法がないというのなら、その相手は俺にしろ!!





お師匠様!!





ならぬ。我らは現・魔王とは相性の悪い種類のラヴェルノだ……。その娘が一番適している。





我らは清き乙女を好む。よってこの娘が一番良い。むしろ、男はいらん。





選り好みすんなあああっ!!


このラヴェルノ達の誰かと契約をすれば、フェインリーヴを死なせずに済む。
それがたとえ、命か魂を代償とするものであっても……、撫子の心は激しく揺れてしまう。
彼にするなと言った事を自分がしてはいけない。
そうわかってはいても、撫子は無意識に口を開いていた。



先に聞いておきます。代償は何ですか?





案ずる事はない。命も魂も、いらぬ。我らが望むのは……。





それはまた、全てを成しえた後に教えよう。さぁ、娘よ。時間がないぞ。どうする?


不意に撫子の頭上に現れた一人の少年が、その右手を差し出して微笑む。
どちらにしろ、撫子に選べるのは、元の場所での全滅か、契約を結び、代償をひとつ捧げるか……。
撫子を庇うように睨み付けてくるフェインリーヴの怒声も効かず、少年は歌うように言葉を紡ぐ。



契約は私一人ではなく、複数のラヴェルノと交わす事になる。それぐらいしなくては、紫煌石に太刀打ちする事は出来ぬからな。





……命や、魂は、絶対に保証してくれるんですね?





撫子!!





命や魂じゃないのなら、安いもんですよ!! それで皆が、……お師匠様が助かるなら。





――っ。俺は、なんであろうと、お前から奪うような事はしたくないんだっ。


泣きそうな顔で奥歯を噛み締めるフェインリーヴの胸から顔をあげ、撫子は笑った。
いつものように、師匠と弟子が向きあって交わすその微笑みを。



大丈夫です。拾って頂いた御恩返しを、今、ここで。





いつの世も、愛する者の為に立ち向かう乙女の心は、眩いものだ……。


そう言うと、ラヴェルノの少年は撫子の頬にキスを与え、契約の詠唱を音に乗せ始めた。



撫子……っ。やっぱり駄目だ!! 他の方法を!! ――っ。


恩返しなんかどうでもいい。
契約を中断させようと撫子の肩にかかったフェインリーヴの熱い手の感触と、悲痛な彼の顔をその瞳に映した直後。
――足元の水面が全てを覆い隠すように飛沫をあげた。



なんだろう……、全身が、心が、優しい光に満たされているかのような、温かい。





思った通り、そなたは歪みも穢れも、何一つない、無垢なる魂だ……。これならば、負の力に溺れている忌まわしき裏切り者も、敗北を認めざるをえまい。





契約した以上、約束は絶対守ってくださいね?





うむ、勿論だ。破滅に導かれし魔界を、浄化に導こう。


徐々に、ラヴェルノの少年の声が遠のき……、やがて、撫子は温かな光の気配に包まれながら、意識を失った。
