動きの鈍いフェインリーヴを嘲笑うラヴェルノに、絶えず攻撃の手を放ち続けるが、思ったほどの効果が得られない。
少しでも力のバランスを崩せば、父親の魂が抱く強大さに引き摺られそうになってしまう……。
先代の意識は一時的に自我を保った状態で表に出ていたが、それとはまた話が別だ。
互いに魔王の血を継ぎ、それに相応しい力に恵まれている。
個々に肉体が分かれていればまだマシだったが、今は状況が不味すぎる。



はぁあああっ!!





その身に先代の魂を取り込んでいるが故に、制御が難しいようだな? 現・魔王よ……。





貴様の暇潰しに付き合っている暇はない!! 今すぐに、どこへなりと消え失せろ!!


動きの鈍いフェインリーヴを嘲笑うラヴェルノに、絶えず攻撃の手を放ち続けるが、思ったほどの効果が得られない。
少しでも力のバランスを崩せば、父親の魂が抱く強大さに引き摺られそうになってしまう……。
先代の意識は一時的に自我を保った状態で表に出ていたが、それとはまた話が別だ。
互いに魔王の血を継ぎ、それに相応しい力に恵まれている。
個々に肉体が分かれていればまだマシだったが、今は状況が不味すぎる。



俺の器ひとつでは、気が狂い、自我を手放さない限り、二つの力を制御出来ない可能性が高い……。


そのせいで、本来の自分の力さえ出せない状態だ。
レオトや側近が上手く立ち回ってくれているが、伝説級の紫煌石を手に入れてしまったラヴェルノは、かなりの強敵となってしまっている。
魔物達の到着もすでにそこまで迫っており、まさに四面楚歌だ。



ぐっ!!





うわぁあっ!!





くっ!!





さて、そろそろいいか……。





ラヴェルノ……!


ラヴェルノを倒す事も、紫煌石を奪う事も出来ずに軽くあしらわれ続けていると、引き寄せられていた魔物達がこの地へと雪崩れ込んできた。
見境もなく全てを喰らう凶悪性を露わにしている無数の魔物達。
中には、その潜在能力は高くとも、日々を平穏に過ごしているはずの魔物達の姿まで見えた。
恐らくは、ラヴェルノによって凶悪性を強制的に引き出されているのだろう。
視線を地上に逸らせば、ポチが撫子達を守りながら飛翔してくる姿が見えた。――と、その時。



――ぐっ!!


突然、内側から突き上げてくるかのような激痛を感じ、フェインリーヴは胸を押さえた。



ぅうぅっ、あぁっ、ぐぅっ、ぁあああああっ!!





陛下!!





フェイン!!





一度、狂気の味に溺れた先代魔王の魂……。お前こそが、真なる魔王に相応しい。


フェインリーヴの内より引き摺り出された先代魔王の魂が、ラヴェルノの頭上高くへと昇ってゆく。
雄たけびをあげた魔物達がその魂の輝きに魅せられたのか、我先にと群れを成して襲いかかり……。



ギャアアアアアアアアア!!





グァアアアアアアッ!!





先代の魂が、魔物を喰らって肥大化していく……!!





レオト殿!! 陛下が!!


先代魔王の魂から解放されたフェインリーヴの身体がぐらりと傾いたかと思うと、そのまま地上へと向かって急降下していく。
地上には、まだ吸収されていない魔物が数多く待ち構えているというのに、彼は飛ぶ力さえも出せないのか、その瞼は閉じられてしまっていた。



風よ!!
お師匠様を!!


地に叩き付けられる寸前だったフェインリーヴを、撫子の生み出した突風が攫い、ポチの背へと救いあげた。大きな体躯のポチは、三人プラスの妖二匹を乗せても楽々と受けるものだった。
撫子は自分の前にどさりと落ちたフェインリーヴを支え、その頬を叩く。



お師匠様!! お師匠様!!





うぅ……、撫、子?





大丈夫か? 兄貴。





シャル……。父上、の、魂、は……。





次々と魔物を喰らって、でかくなってる……。





ラヴェルノの言葉通りなら、全ての魔物を喰らいつくしたその後に……、かつてシャルさんが私の世界でそうなったように。





凶獄の九尾以上の化け物が、生まれる……。


出来ればその前にどうにかしたい。
けれど、今は打つ手がない……。
レオトや眼鏡の男も、こちらも、まだ吸収されていない魔物から逃れる為に立ち回るのが精いっぱいなのだ。



いや、まだ、まだ……、大丈夫、だ。父上の魂が出て行ってくれたお陰で、これで……、俺の力を全力で使える。





それはそうかもしれませんけど、……駄目ですっ。今の疲弊しきった状態で、ラヴェルノに挑んでも、返り討ちに遭う可能性のほうが。





すまないな、撫子……。俺はこの魔界の責任者だ。この魔界を、民を、お前達を、守る義務がある。行かせてくれ。


そうは言われても、フェインリーヴは息をする事さえ辛そうに胸を上下させている。
飛び立とうとするお師匠様の身体をぎゅっと抱き締め、撫子は駄目だとわかっていながらも駄々をこねてしまう。もしも、もしも……、この人がラヴェルノと戦って勝てたとしても、――命を落としてしまったら? そんなの、絶対に耐えられない。



嫌、嫌です……!! 他の方法を探しましょう!! 皆で力を合わせれば、私も、ラヴェルノの隙を突けないか、色々とやってみますから!!


本来であれば、撫子もまた、民の為に命を捧げる存在だ。
フェインリーヴがどんな思いで自分の責務を果たそうとしているか、撫子達を守ろうとしてくれているか、それをわかってあげられるはずなのに……。
何故だろう……。今、撫子は、人生で初めての我儘を口にしている。



お願いですから、自分を犠牲にして全部終わらせるような事はやめてくださいっ。お師匠様に何かあったら……、私は、私はっ。





時間がないんだ……!! このままだと、お前達まで誕生した魔王に殺されてしまう。頼む、頼むから……、俺の命ひとつで全てを救える可能性があるのなら……っ。





嫌、嫌……っ。お師匠様だけ犠牲になったって……、そんなのっ。


フェインリーヴをその腕に抱き締め嫌々と首を振る撫子に、後ろからそっとシャルフェイトの手が肩に乗せられた。



兄貴が全力で行けば、ラヴェルノの動きを止められるかもしれない。紫煌石さえ奪う事が出来れば、親父の魂も、魔物も、最終段階を迎えずに収束する……。





シャルさん……っ。でも、お師匠様は普通の状態じゃないんですよ!! 動くの辛そうなのに、返り討ちにしてくれって言ってるようなものじゃないですかっ!!





だからだろ……。限界まで力を高めて、狂気と力に支配される手前まで魔族としての本能を前に出す。そうすれば、……どんな状態でも無理はできる。





余計な事を言うな!!


そんなの……、そんなの、賭けでしかない。
一歩間違えば、魔族としての本能が勝り、フェインリーヴという存在が還って来れなくなる危険性だってあるのではないだろうか。
そう察した撫子は、飛び立とうとしたフェインリーヴに縋り付いて、大声で叫んだ。



駄目ぇええっ!!





撫子……っ。
――っ!?


撫子とフェインリーヴの心の奥で聞こえた、――その微かな音は。
