深夜二時を回ったくらいだろうか。
一旦寝ると朝まで起きないという習性ができつつあった皐矢だが、なぜか今日は不意に目が覚めてしまった。
深夜二時を回ったくらいだろうか。
一旦寝ると朝まで起きないという習性ができつつあった皐矢だが、なぜか今日は不意に目が覚めてしまった。
ベッドの端にずるずると身体を引きつけ、布団に入ったまま、ケースにも入れず机に放って置いた眼鏡に手を伸ばす。
皐矢は耳をそばだてたが、同じ二階にある叔母の部屋からも、祖父の部屋がある一階からも何も音は聞こえない。
しかし、妙に冴えた皐矢の頭が、何かに対して警鐘を鳴らし続けていた。



聞こえとるか? 皐矢よ





……聞こえる。どうやら俺は大変寝ぼけているようだ


じゃ、と言い残して布団を頭の先まで引き上げた皐矢を、焦った九十九が引き止める。



待たんかい!!
皐矢よ、そろそろわしの話を聞いとかんか。でなくばお前は、また全てをなくす


――“また”?
布団の中で思い切り顔をしかめた皐矢は、勢いよくベッドから身を起こした。



鬱陶しい





……ほ?


気の抜けたような声を発した九十九に対する言葉が、そして生きていて今まで考えていたものが、頭の血管内をぐりぐり駆けまわっているようだった。



お前がしゃべり始めて混乱したのは事実だが、いずれはそんなことが起こると知っていた気がする


そうだ。九十九が初めてしゃべった時、内容こそちんぷんかんぷんで覚えていないが、異様なまでに抵抗感がなかった。
あの時湧きあがったのは、紛れもなく――恐怖と逃避願望だ。



叔母さんには悪いけど、自分の起源なんて知りたくないんだ。知れば……関われば今手に入れたものがなくなるって、俺は頭のどこかで知ってるんだ





それは――





そして俺は、そんなこと一切望んでない。今の生活が大事だ


全てを失ったせいなのか、与えられたり与えたりということを自然とできない不器用な自分を待ってくれる人達が存在するならば、臆病者なりに一歩ずつ近づいていければと思う。
今、手の中にあるベタな日常が本物だと確信できた時、皐矢はやっと人並みに失ったものや将来に思いを馳せることができるのではないか。



……だから、もう少し待ってほしい。
て、おい


皐矢が思わず突っ込みを入れたのは、九十九から何故か鼻をすするような音が聞こえてきたからだ。
照明を入れると、皐矢は机にあった九十九を掴んだ。
九十九からはどうもズビズビという音が聞こえてくるし、何だか布が湿っぽい。



え? お前泣くのか?
ちょっと待て。カビる





もおおおおおおー。本っとにデリカシーの欠片もない物言いをするやつじゃのう!
……嗚呼、でもこれもまた過酷な出自による引きこもり思考によるものか……





何だと?
……お前まさか





だってわしは、お主の心を読み取る機能もバッチリ搭載しとるハイパー眷属なのだからして





何か妙な言葉が混ざっていたけどそれは置いておいて、今すぐ止めろ! 勝手に読むな!





読んじゃったものはもう忘れられんしー。
皐矢よ、とにかくお前にはずっとわしがついとった! この世ならざるものが近づかんように結界が張られていたから伝えられんかったが、ずっとずーっと、わしはついておった!





ああもうしゃべるな!!
何でそんな機能ついてるんだ! 外せ!


その時皐矢は、ふと九十九の言った言葉を反芻した。
――この世ならざるものが近づかないように、結界が張られて、いた? だから九十九は今までしゃべらなかった、と?
では、九十九がしゃべっている、今は?



……ちょっと聞きたい。





ふん?





お前がしゃべっているということは、なくなったのか? その、結界……





そうじゃが……





……なくなると何か不都合もあるのか? 結界……だもんな





この世ならざるものが、うじゃっと集まってくる





うじゃっと?





うじゃっと





……外をご覧あれ、じゃ





……


皐矢は窓の方を見た。
発光する何かが窓の外にふよふよと漂っているのがわかる。



……あれは、何かな?





お客さんじゃのう





……何とも、うじゃっとしたお客様で





うじゃっと、なあ





……





おいおい。見なかったことにしよう、とか決心してる場合じゃないぞ





だから! 読むな!


その時、コンコンとドアをたたかれた。



皐矢ー。何かあったの?


皐矢の声に、ナズナが起き出してきたようだ。



あー……寝言だよ、叔母さん





そう?


廊下の板がきしむ音がして、ナズナが部屋に帰っていく。



……かれこれ三十分も起きとって、寝言も何もあるか


