家に入る祖父に続こうとした皐矢は、帰ってきた時はわからなかったが、郵便受けからくすんだ色の紙が飛び出しているのに気づいた。
家に入る祖父に続こうとした皐矢は、帰ってきた時はわからなかったが、郵便受けからくすんだ色の紙が飛び出しているのに気づいた。
郵便受けを開けて出してみた皐矢は、縦書きされた表の字を読みながら、玄関で靴を脱ぐ。



しょう……かん、令状?


居間から廊下に差し込む明かりに浮かびあがった「召喚令状」の赤い紙に、皐矢は眉を寄せた。
鞄を担いで二階の自分の部屋へ行き、皐矢は「召喚令状」とやらを開封することなく手回し式のシュレッダーにかけた。



いやあああああ!! お主、何さらしとんじゃあ!!





戦時中の赤紙のパクリか。趣味が悪いんだよ


と、机の方から聞こえてきた声に反応してしまった自分の失態に皐矢がハッとしたが、もう遅い。
いつもはどんなにスマホより大きくて邪魔臭かろうがつけているが、今日は外して置いてきたタヌキのストラップが、ギャンギャンと騒ぎ立てる。



あれはお上から送られてきたそれはそれは重要なもの!! なのにお主ときたら!!


動けたとしたら、
と、指を突き付けそうな剣幕でタヌキは怒る。つぶらな二つの目しかない顔は何も変化がないが、たぶん怒っている。



お上の召喚令状? んなもん即シュレッダー行きな





送料をなんと心得る!!





そこか。
いや、何度送って来られても読まないし。破るし燃やすし川流しだしシュレッダーだし





靭代家の生き残りはお前一人!
お前がしっかりせねば、因果関係により死ぬ者が多く出るぞ!!





お前はしっかり「ストラップ」しような。
にしてもどうやって止めるんだ?これ……


皐矢はタヌキを机から拾い上げ、頭や腹などスイッチが埋まっていそうなところを適当に押さえてみる。



や、止めんか! 内臓が出る内臓が出る内――





綿と言え。綿と


皐矢の希望も空しく、タヌキはギャンギャン喚き立てる一方だ。
皐矢の動きが、ピタリと止まった。



燃やしたい……





ちょっと待て!
わしはお主の母親の形見じゃろ!?





わかってる。けど。





けど?





燃やしたい……





いやああああああ!!!





皐矢ー?


いつの間に帰って来ていたのか、叔母であるナズナがドアからひょっこり顔を覗かせた。
ナズナは社会人二年目の二十三歳であり、姉である皐矢の母親とはずいぶん歳の離れた妹だ。皐矢との方がよほど歳が近く、よく姉弟に間違われる。



あ、叔母さん、お帰り





電話でもしてたの?





ナズナぁ~、皐矢が、皐矢がいじめるんじゃあ~


皐矢はギョッとして、タヌキの身体を握りしめた。
しかし、



ご飯作るから、洗濯物たたんでほしいなーって


ナズナにはタヌキの声が聞こえていないようだ。



……ああ、うん


ナズナが一瞬、皐矢が握りしめているタヌキを不思議そうに見たきがしたが、彼女はすぐに部屋を出ていった。



……


皐矢はタヌキを顔の前にぶら下げてみる。



なあ、お前の声、俺にしか聞こえないの?





お主の母方の家系には聞こえるはずなんじゃがのう……。ナズナは力が弱くて早々に養子に出されたんじゃ


皐矢はナズナの消えたドアの方を見た。
ナズナはどんな気持ちで皐矢を引き取ったのだろう? 結婚するとか、そういうことになったら皐矢は障害になるのではないか? すると本当に、どういうつもりで引き取ったのだろう?
嫌な考えが頭を掠め、皐矢は首を振ってかき消した。
代わりに、タヌキに尋ねる。



なあ、お前は何なんだ?





わしか?


待ってましたと言わんばかりの声音だ。



わしは九十九(つくも)。追儺(ついな)、つまり鬼払(やら)いである靭代家の初代――





皐矢ー?





あ。はーい





聞かんのかいぃ!!


だって長いんだもん。
皐矢はベッドにタヌキ――九十九を放り、二階を後にした。
長い夜が始まる。
