その後、救急車がやってきて、相馬は運ばれていった。同時に警察もやってきて、僕は証言者として取り調べを受けた、はずなのだがその時の記憶がまったくない。あまりにも目の前で起きた事態に動揺して、ただ呆然としていたらしい。
その後、救急車がやってきて、相馬は運ばれていった。同時に警察もやってきて、僕は証言者として取り調べを受けた、はずなのだがその時の記憶がまったくない。あまりにも目の前で起きた事態に動揺して、ただ呆然としていたらしい。
事件の翌日、僕は学校に行かず一人部屋にこもっていた。



(やっぱり僕が演劇に関わると、誰かが傷つくんだな)


そんな事を一人考える。目をつぶると蘇るのは、腕から血を流した相馬の姿。その姿が自殺未遂をした父と重なる。瞬間、吐き気がこみ上げる。それをなんとか押さえ、僕はただ無気力にベッドの上で過ごした。
そんな時、突然玄関のチャイムが鳴る。誰だろう。チャイムに付いているカメラで確認する。



(相馬!)


そこに居たのは間違いなく相馬だった。



……


相馬は何か言っているようだったが、ここからは聞こえない。そもそも僕には相馬の言葉を聞く勇気がなかった。



(僕のせいで相馬は腕に傷を負ったんだ。今更どんな顔して会いに行けって言うんだよ)


そのままベッドへと戻る。五分ほどして、相馬は諦めて帰ったようだった。



(僕は意気地なしだ)


自分で自分の事をひたすら責め続ける。自虐的な気分のまま、僕はこの日一日を過ごした。
それから一週間、僕は相変わらず学校に行かず引きこもっていた。
そして毎日夕方になると、相馬が家の前にやってきて玄関のチャイムを鳴らす。しかし僕が玄関のドアを開ける事はなかった。



(なんで毎日来るんだよ。僕に何が言いたいんだ)


今相馬にあったら、ひたすら自分の非を責められるんじゃないだろうか。そんな被害妄想が頭を支配する。
結局この日も相馬は帰っていった。これで一安心する。
だがそれから三十分後、再び玄関のチャイムが鳴った。



(また相馬かな?)


カメラで確認する。するとそこに居たのは意外な人物だった。



(一ノ瀬!)


相馬の彼女、一ノ瀬は仏頂面で玄関の前に立っていた。相馬も怖いが、彼氏を傷つけてしまった事で、一ノ瀬から何を言われるか怖くて、玄関を開けられない。
待つ事五分。すると一ノ瀬は驚くべき行動に出た。カバンからペットボトルを取り出すと、なにやら液体を玄関にまいていく。それから一ノ瀬はライターを取り出した。



(まさか、ガソリン?)


一ノ瀬は家に火をつけるつもりなのか。僕は慌てて玄関に出た。



おい、なにやっているんだよ!





ようやく出てきた


一ノ瀬が仏頂面のまま答える。



人の家にガソリンまくなんて正気じゃないぞ!





これ、ただの水だけど?


その一言に一瞬呆気に取られる。



それじゃあそのライターはなんなんだよ





これはなんとなく出しただけ


一ノ瀬の言葉を聞き、自分がハメられた事をようやく理解した。玄関に水をまいたのも、ライターを取り出したのも、全ては僕を外に引きずり出すためのブラフだったのだ。



寒いんだけど。家の中入れてくれない?





そんな、何を言って





入れてくれない?


迫力のある声で一ノ瀬が迫る。僕はその迫力に負け、一ノ瀬を家に入れた。
一ノ瀬を居間へと案内し、紅茶を出す。すると一ノ瀬は早速紅茶を一口飲んだ。



あら、いい紅茶じゃない





母さんがこういうのにこだわりがあってな





やだ、もしかしてマザコン?





なんでそうなるんだよ





(まあ、ファザコンではあるかもしれないけど)


そう心の中で自虐する。すると一ノ瀬が話を切り出してきた。



ねえ、なんであんた脚本を書くのをやめたの





それは相馬が怪我をしたから……





今の話じゃなくて、中学時代の話。あんた、演劇部で期待の新人だったんでしょ?


一ノ瀬の言葉に胸の鼓動が強く脈打つ。



なんでそんな事知っているんだよ





私の人脈を舐めないで。それで、なんで急に脚本を書かなくなっちゃったのよ


一ノ瀬の激しい追求。それから僕は逃れる事ができなかった。



……父さんを殺しかけた、から





もっと詳しく教えて


一ノ瀬が更に切り込んでくる。僕は仕方なく思い出したくない過去の記憶の蓋をあけた。



昔、父さんは劇団の座長をやっていた。小さな劇団だったけど人気もあって、特に父さんの書く脚本は好評だった





それじゃああんたが脚本を書くようになったのも





父さんに書き方を教えてもらったからだ。小学生の頃から、毎日のように脚本を書いていた。それを父さんは喜んでくれたよ。最初はね


そう前置きをしてから、一口紅茶を飲む。



僕が中学生になった頃、父さんはスランプに陥った。脚本がまったく書けなくなったんだ。次第にノイローゼ気味になって、酷い有様だった





それで?





僕は父さんを励ましたくて、脚本を書いた。それを見てもらって、元気を出してもらおうと思ったんだ、でもその晩、父さんは自殺未遂をした。腕をカミソリで切って





それでレオが腕に怪我した時、あれだけ動揺していたのね


動揺なら一ノ瀬もしていたじゃないか。そう言おうと一瞬思ったが口をつぐむ。



それから病院に運ばれて、意識を取り戻した後、父さんに言われたんだ。『お前の脚本が憎い』って。……父さんはそれから一週間後、失踪した





それで脚本を書けなくなった。いや、書かなくなったのね





そうさ。僕が脚本を書いたら、父さんのようにまた誰かを傷つける事になる。事実今回は相馬が僕のせいで怪我をした。どんな顔して相馬に会えば良いのか、僕にはわからないよ


思ったままの事を口にする。すると一ノ瀬が紅茶を一口飲み、改めて語り始めた。



気づいていたと思うけど、私はあんたに嫉妬していた。だってあんなに楽しそうに笑うレオの姿見たことなかったから。あんたと脚本を書くようになってから、レオは以前よりずっと生き生きとして、より素敵になって、笑うようになった


一ノ瀬の告白、それは相馬に対しての愛を感じるものだった。



レオはずっと必要としていたんだと思う。友達でもなく、彼女でもなく、あんたみたいな仲間を





でも、僕のせいで相馬は





傷ついたと思う? あのレオが。むしろ傷ついたって言うなら、あんたが不登校になって、家に行っても出てこない事の方に傷ついていると思う


その一言はまさに鈍器で頭を殴られたようなものだった。僕は今、知らぬ間に相馬を傷つけていたのか。それに気づかないなんて、僕はなんて愚かだったんだろう。



あんたをハメて西新井たちに私刑させた事は謝る。それとこれはレオの彼女としてお願い。……レオの力になってあげて


一ノ瀬の言葉は僕の中の何かに火をつけるには十分なものだった。即座に上着を着て外に出ようとする。



学校のコンピューター室。そこで脚本を書いていると思うから





ありがとう!


そのまま僕は家を飛び出し、学校の通学路を駆け出した。西新井にパシリにされて走らされている時はあれだけ苦しいのに、今は全然苦しくない。それよりも早く相馬に会いたい。相馬に会って、謝って、一緒に脚本を書きたい。そんな強い思いが流れだす。



(相馬、相馬!)


頭のなかで相馬の名前を連呼する。この角を曲がると学校だ。
学校に入ると即座にコンピューター室に向かった。コンピューター室のドアを開ける。するとそこにはプロットの紙を見ながら必死に脚本を書いている相馬の姿があった。



相馬……





ようやく来てくれたね。待ちくたびれたよ


相馬が茶化すようにそう口にする。僕は相馬に向け頭を下げた。



今まで無視してごめん! せっかく家に来てくれたのに……





そんな事気にするなって


そう明るく言うと、相馬は笑顔で言葉を続けた。



それより、早く脚本を書こうよ。俺、やっぱり君がいないと上手く脚本が書けないや


そう言って相馬が新しい脚本を差し出してくる。中身を見ると、確かにそれは酷い内容だった。



こりゃ酷いな





やっぱりそう思う?





わかっているならそれで十分。……さあ、僕たち二人で最高に面白い脚本を書こう!





おう!


二人、改めて握手をする。相馬の腕に巻かれた包帯の白色が、今は眩しく見えた。
続く
