その後、俺たちは食事をしながら打ち解けた。
五十殿さんは、なかなか目を合わせてくれないところはあるけれど、基本的には陽気で気さくな人だった。
俺は、近藤さんのことや報復のこと、ピカレスクのことを話した。
五十殿さんは、すばやくそれを理解した。
というより、だいたいのところはすでに知ってるようだった。
その後、俺たちは食事をしながら打ち解けた。
五十殿さんは、なかなか目を合わせてくれないところはあるけれど、基本的には陽気で気さくな人だった。
俺は、近藤さんのことや報復のこと、ピカレスクのことを話した。
五十殿さんは、すばやくそれを理解した。
というより、だいたいのところはすでに知ってるようだった。



ワタシ、休学中でヒマだからさあ、流山クンが懲戒免職になったって知って、それで調べていたわけよ





調べるって?





こんな田舎でもさ、町中に防犯カメラが備え付けられているのね。ちなみに、ひとりの人間が、1日にどれくらい防犯カメラに映るか知ってる?





いや





平均15回。流山クンも当然映ってる。それで、防犯カメラの撮影データはたいてい10日間は保存されているのだけれども。ワタシはそれに侵入した





視たのか





鰭ヶ崎クンとバスに乗って近藤さんの家に行くとことか、バッチリ映ってたよ


五十殿さんは、ゲスな笑みでそう言った。



って、それ犯罪だろ





そうよ





あなたたちは、さっきまで『手段は選ばない』とか言ってたじゃない





それはっ


その通りである。



まあ、それはさておき、ともかくとして。防犯カメラの記録をたどれば、あなたたちがふたりで何かを画策していることは容易に分かったわ





それじゃ、理事長にもバレている?





ワタシが知ってからの記録は、リアルタイムで改ざんしているけどね。ただ、それ以前にチェックしていた場合は手遅れよ。まあ、ふたりで近藤家に行ったことは知られていると思ったほうがいいわね





そっか





うーん





でね。視ててヒヤヒヤするから手伝おっかなって思ったわけだけど。余計なお世話だった?





いや、ぜひ





一緒にやりましょう





じゃあ、ワタシからも質問いいかな。鰭ヶ崎クンと流山クンってエッチした?





いや……って、ちょっと!?





そうよ、いきなり





じゃあ、鰭ヶ崎クン。流山クンとエッチできる?





はあ?





ワタシとできる?





えぇ?





鷹司美由梨とできる?





……あのなあ





そうよ、ふざけないで


俺たちは同時にヒザをつめた。
すると五十殿さんは、メガネをクイッとあげた。
それから真剣な顔でこう言った。



いいえ、ふざけてないわ。ワタシは鰭ヶ崎クンの覚悟を知りたいの。ワタシのハッキングは、"国家の転覆をも生じかねない性質を持つ" 犯罪よ。捕まったところで精々が不法侵入の鰭ヶ崎クンとはわけが違うのよ。少年院送り、いえ、下手すると未成年保護が適応されないかもしれないわ





………………





………………





だから、あなたの覚悟が知りたいの。ねえ、どこまで本気?





それはっ





目的達成のためには、鷹司美由梨の靴を舐めてくれるの?





…………


俺は深く考えた後に、うなずいた。
真っ正面に彼女を見て、それから頭を下げた。
仲間になってくれるよう、お願いをした。
さびしいことに、今の俺にはそれしかできることはなかった。



いいわ。あなたのために少年院でも入るわよ





いや、そこまでは





あはは、あなたって実は、ものすごくプライド高いでしょう? それなのに悔しそうな顔で頭を下げちゃってさ。そんなことされたら、ワタシはもう応えるしかないじゃない





…………





で、これからどうするの?





え?





ワタシは、手近な目標を集中して攻略するのは得意だけど、長期的な展望とか総括的(そうかつてき)な作戦の立案とかそういうのは苦手なの。指示をお願い





ああ


俺は、ゆっくりうなずいた。
それから大きく息を吸った。
気持ちをリセットした。
そして、流山さんと五十殿さんを交互に見ながら説明をした。



俺たちの最終的な目的は、近藤さんの尊厳を取り戻すこと、慰謝料を奪い返すことだ。そのためには、まずは、鷹司に理事長を辞めてもらう





えっ?





ほう





鷹司理事長は警察署長とベッタリだ。おそらく教育委員会などにも強力なコネがある。だが、全校生徒や教師たちの前で、失態をやらかしたらどうだろう?





それはっ





ああ、そうか





辞任に追いこまれる。俺たちは、そういった材料と舞台を用意すればいい





全校集会で会計資料をぶちまけるのねっ





あはは、その不敵な笑みは他にも策がありそうね





ふふっ


俺はトレーを持って立ち上がった。
そして、自信に満ちてこう言った。



まずは、舞台を用意しよう


※
それからの日々は、ただ理事長を油断させることのみに費やされた。
すなわち、俺は鷹司美由梨への敵意を完全には隠さず、それでいて何もできずにいるような、そんな態度で学校生活を送った。
流山さんには、就職活動をするようお願いをした。
彼女が以前言っていた通り、再就職は厳しそうだが、しかし、根気よく履歴書を送ってもらった。そのなかには、あえて、鷹司の関連企業も含めてもらった。



書類選考でいきなり落とされると思うけど





それでも構いません。ですが、鷹司の会社だと分かりにくい社名のところに、送ってください





分かったわ


五十殿さんには、俺たち三人の関係を理事長に知られないよう記録の改ざんをしてもらった。
特に、五十殿さんの加入は絶対に知られてはいけないことだった。
まあ、それは五十殿さんもよく分かっていた。
だから俺はそのこと以外に、もうひとつ、お願いをした。



連絡手段が欲しいって、暗号化したメールや独自回線とか?





それもそうだけど、なにかケータイ端末みたいなものを





あはは、それ面白いね。作ってみる


というわけで。
俺は、鷹司美由梨の相手に専念することができた。
彼女は、近藤さんの自殺以来、ちょくちょくからんでくる。
だから俺は、基本的には受け身でいるだけで良かった。
といっても、ただ受け身でいるだけではない。
罠をしかけたのである。



あら、あなた。そんなアイドル雑誌を学校で読むなんて、なんて下品なんでしょう





これはスポーツ専門誌だよ





だとしても、あなたが見ているのはアイドルのグラビアページじゃありませんか





まあ、否定はしないけど。でも、この人はアイドルじゃないよ





だったら何ですの?





ラクロスの選手さ。今、すごく人気があるんだよ


俺は、『そんなことも知らないのか』って顔を作った。
すると美由梨は、動揺しながらこう言った。



あっ、ああ、そういえばそうです、よく見たら彼女ですね。もちろん、私だって知っていますわよ





ふふっ、アイドルに見間違うのは無理もない。彼女はそこら辺のアイドルよりも、よっぽど大人びて魅力的だからね





まあ、イヤらしい。あなた、そんな目でスポーツ選手を見ているのね





……ホモじゃないからね





ほほほ、素直に認めましたわね。しかし、あなた、こんな女性が好みだったのね





まあね





近藤さんとは、まったくタイプが異なりますわ





近藤さんは関係ないだろっ


と。
俺は鋭く言った。
それから急におびえたような表情を作って、美由梨の顔色をうかがった。
無理に笑った。
媚びを売った。
そのような演技を美由梨に見せつけた。
俺がまだ美由梨に敵意を抱いていること、鷹司の権力におびえていること、そして、近藤さんのことをまだ根に持っていることを知らせるためだ。
もちろん、彼女の口から理事長に伝わることを期待しての行動である。
すべては理事長を油断させるためである。



ごめん、大声出しちゃって。ただ、女性には人それぞれの魅力があるだろう? このラクロスの子は、キミと同じ大金持ちのオジョーサマだけど、キミとはまるでタイプが違う。いや、キミはとても魅力的だし、実際、彼女に負けないくらい美人だよ。でも、なんというか別種の美しさじゃないか





ほほほ、なんだか急に口数が多くなりましたわね





キミと、このアイドル選手。同じオジョーサマでも美しさのタイプがこんなにも違うんだ。俺がアイドル選手を魅力的だと言うことは、近藤さんを一段低く見ることにはまったくならないよ。上手く言えないけどさ、俺が言いたかったのはそういうことなんだ





まあ、言いたいことは分かりますけど。でも、なんだか言い訳めいていますわね





まあ、苦しい言い訳なのは否定しないよ。ただ、合う合わない、似合う似合わないみたいなものは確実にある。この女性はラクロスの衣装が似合うタイプの美人だよ。よくマッチしている





……なんだか『私には似合わない』と、そう言われているみたいですわ





うーん、残念だけどね。でも、鷹司さんにはもっとこう、おしとやかな部活や衣装が似合うんじゃないかな? 茶道とか、同じ大金持ちのたしなむものでも屋内でやるようなヤツ。あまり激しくないヤツがね、似合うと思うよ


俺は、声のトーンを微妙にコントロールして、ちくちくと挑発した。
美由梨は、しばらく首をかしげていたが、やがて俺が密かに笑っていることに気がつくと、さっと顔色を変えた。
さすがに傷ついたみたいな顔をした。
しかし、美由梨はすぐに虚勢を張ってこう言った。



ほほほ、なんだか審美眼に自信がおありのようですけどっ





まあ、男としての女性を見る目はたしかだよ





その生意気な鼻をへし折ってあげますわ





えぇ?


俺は、『釣れたッ!』と、飛びあがるほど喜んだ。
しかし、懸命に感情をおさえつけた。
ここが正念場である。



私こう見えて結構、運動が得意なのです。ラクロス部を創設しますわよ





えっ? それじゃあ、まさか!?





なんですか、そのワザとらしい驚きかたは。本当は喜んでいるのでしょう? 私のラクロス・コスチュームを早く見たいのでしょう?





いやっ、それは別に


俺は心からそう言った。
でも、言った後で美由梨のラクロス衣装を想像してしまった。
それは妙に似合っていて、しかも色っぽかった。
俺は複雑な気持ちになった。
それが表情にあらわれた。
美由梨は、そんな俺の顔を見て、大いに自尊心を満たされたようだった。
しかしそのことが、俺たちピカレスクの計画を大きく前進させた。



まあ、あなたも私のラクロス姿を面と向かってマジマジと見るほどには卑しくないのでしょう。分かりましたわっ。ラクロス部創設の発表会を開きましょう! 講堂に全校生徒を集めて、そこでお披露目しますわよ!!





えぇ!?





ほほほ、そんなに喜ばなくても結構ですわ。あなた、全校生徒と一緒なら思う存分、私のコスチュームを視ることができますわよっ





………………





楽しみにしてなさいっ。私がそのアイドル選手よりも似合うことを思い知りなさい。自分の審美眼のなさに打ちのめされるといいですわっ!


美由梨は、思いっきり俺を見下して、それから満面の笑みで自分の席についた。
そして――。
それからのことは、あっという間だった。
ラクロス部の創設と部室棟の竣工発表を兼ねた集会が、講堂で開かれることになった。
もちろんそこには、理事長以下、全職員、全校生徒が集まる。
それはみごとな、理事長を引きずり下ろすための舞台であった。
俺は計画が上手くいったことに満足した。
ただ、美由梨を挑発した日から、彼女と俺の関係がすこしウワサになったのは、それは本当に迷惑だった。――
