


でも実際問題、勝手にとはいきませんよ


事の成り行きを見守っていたフィニーが口を開いた。手元にはタナシアの数倍の空の包み紙が置かれている。さすがに食べ過ぎだろうとは思ったが、口には出せなかった。



なんでよ?





だってタナちゃんの監督役ということは本人が試験を受けてくれないと困りますから





別にコイツが勝手に一人で試験受けちゃえばいいでしょ? 私は受けないわよ





いや、タナシアを合格させれば俺も合格らしいぞ


聞いた瞬間、タナシアは机に両手を叩きつけて立ち上がる。はぁー!? という驚愕と呆れと怒りが混じった甘い砂糖風味の声が裁きの間の中庭に轟く。



竜也は人間だ。勝手に天界人でもない奴を試験に放り込むなんて不可能だ。あの二人はここまでならやれるというギリギリに手を出すことはよくわかっているだろう?


シェイドが淡々と告げる。こちらは満足したのか既にお菓子を食べる手は止まっているが、やはり手元の空になった包みの数は簡単には数え切れない。死神とて乙女。人間のように太る心配もなければ心ゆくまで甘いものを食べてしまうものか。



いい機会じゃありませんか。タナちゃんは受けさえすれば合格確実なんですから。それに特級に上がったところで今とさしてお仕事が変わるわけじゃありませんし





変わるわよ! 特級になったら人間界への出張が出来るようになっちゃうじゃない。それが嫌だから私は取りたくないの





今日その人間界に遊びに行ってたのはどこのどいつだよ……


もう半分くらいになったお菓子の山を眺めながら、一日東京観光を楽しんだであろうタナシアに溜息をつく。この状況を見て誰がそんな言葉を信じるというのか。



今日はフィニーに連れて行かれたから仕方なく行ったのよ。昨日の罰ゲームがどうたら、とか言われて





でもとっても楽しそうだったじゃないですか





そりゃ久しぶりだったし、悪くはなかったけど……仕事で行くのはまた別でしょ。人間と接触することだってあるんだし


タナシアは頑として譲らない。認めない。まるで認めてしまったら自分が変わってしまうと恐れているようだった。イグニスからの提案を先送りにした竜也のように彼女もまた手の届くものを何でも掴むことを恐れている。



ちなみに試験っていつなんだ?





明後日だ





すぐじゃねぇか


よく考えてからでも、と慰めようとしたが、それは出来そうにない。



最初は筆記試験ですからそんなに難しくないですよ。今日のお出掛けもいい勉強になったでしょうし


フィニーが後押しのように言うが、その先はタナシアにとって行くべき道かただの崖かは竜也にはまだ判別がつかない。



もう、この話はおしまい! 私もう戻るから


周りに味方はいないと悟ったタナシアが三人の勧めに反発するように立ち上がった。手にはまだ食べ足りないらしくお菓子をいくつか握っている。



おい





うるさい! 私は絶対嫌だからね


小さな体を振り回して走っていく。途中で零したお菓子の一つに気を取られて足がもつれるのが見えた。タナシアは階段の最後の段を盛大に踏み外し、顔から石畳に着地する。
涙目でこちらを睨みつけたが、場が場なだけに誰も口を開けない。
タナシアが走り去ったのを確認してから三人はそれぞれに息をつく。



うーん、もうちょっとだと思ったんですけど





あれのどこがですか?


私にはわかるんですよ、とフィニーはくすりと笑った。



あの様子なら少なくとも明後日の試験には出るだろうな。その後はまだわからないが


シェイドもフィニーに同調するように呟いた。竜也にはまったくわからないが、タナシアのあまのじゃくは二人にはとうに理解されているらしい。



とはいってもやはりこちらとしては人間についてどう思っているのか、口に出して欲しいところですね


どこからともなく紅茶を取り出してフィニーは甘くなった口を宥める。竜也もそれに倣うように差し出されたカップに口をつけた。



後の一押しはお前の役目だぞ


シェイドが竜也を射抜くように見つめる。思わず背筋を振るわせた竜也の紅茶の水面がわずかに波打った。



何で俺が





お前のためにタナシアに試験を受けさせる。なら参加させる努力をすべきはお前だろう?





そりゃそうだが


それなら上司の無気力を注意してくれ、と思ってしまう。また場の勢いに任せて無意味な仕事を割り当てられているだけのようにも思えた。何か言っておかないと、と考えた頭にフィニーの嬉しそうな声が飛び込んでくる。



そうですか! 竜也さんにお任せすれば大丈夫ですね





いや、何を根拠に……





それでは私たちは帰りましょう。後のことはお任せしますね。あ、タナちゃんのお部屋はこの廊下を行った先の左側ですよ


竜也に何かを言わせる前にテーブルの上に合った山のようなお菓子の包みがゴミと残りに分けられていく。きっちりと三等分してフィニーとシェイドがそれぞれに自分の取り分を腕に抱え、白いテーブルには竜也の取り分だけが残された。



それでは





よろしく頼んだ





あ、ちょっと


あからさまに逃げるような早足でタナシアが消えていった廊下とは違う方に駆けていく。運動不足そうな主と違い、段差に足を捕られるようなこともない。今は魔法陣が消えているから走れば追いかけられるが、そんな気分にはなれなかった。
