第二話 神楽坂高校入学
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藍里の体に宿る第二の人格になってから、僕は『神楽坂 藍里』として生活することになった。
かといって、本来の藍里の人格が無くなったわけではない。
しかし藍里は、
第二話 神楽坂高校入学
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藍里の体に宿る第二の人格になってから、僕は『神楽坂 藍里』として生活することになった。
かといって、本来の藍里の人格が無くなったわけではない。
しかし藍里は、



私のせいでこうなったのですから、大護さんが私の体を使うべきです


と言い、肉体の主導権を主に僕に委ねている。
おかげで、僕は慣れない体で慣れない動きをする羽目になった。
僕の本来の歩き方や話し方だと今までの藍里のそれとはどうしても違いが出てしまう。
そうなったら、藍里の人生になんらかの不都合が生じかねない。だから僕は必死に藍里のふりをしている。
藍里は



そんなことをなさらなくても、あなたのしたいようになさって下さい


とは言っているが、そうはいかない。
藍里と僕が一つの肉体を共有している。こんな状態が許されていいわけがないのだ。
本来、僕はあの時死んだはずの人間であり、『栄町 大護』の人生は既に終わっていなければならないのである。
だから僕は速やかに、藍里の体から出て行かなければならない。
しかし……



このような形でも、大護さんが生きていてくれて私は本当に嬉しいのです。慣れない体ではあるでしょうが、大護さんが第二の人生を過ごせるように、私がサポート致します


藍里は僕に依存している。依存した結果、僕を自分の体につなぎ止めてしまった。
この状態で、僕が藍里の体から出て行ったらどうなるだろうか。
……もしかしたら、後追い自殺を図るかもしれない。
それはダメだ。僕は藍里に僕がいなくても幸せに生きてもらいたい。
彼女は僕が死んだことを受け入れていない。受け入れていないからこんな状態になってしまった。
そして、僕の為に生きることを自分の生き甲斐としている。だから僕に肉体の主導権を渡している。
僕はその状態を許せない。
藍里は藍里のために生きるべきだ。決して僕のために生きるべきではない。
だが、彼女が自分の肉体を自分以外の人格に委ねているこの状況が、藍里の人生にプラスになるわけがない。
むしろマイナス。僕の存在は彼女にとってマイナスにしかならない。
だから、僕の目的は――
僕に依存する心から藍里を解き放ち、その上で藍里の体から去ること。
そういうことになるだろう。
だが、現状では僕が藍里の体から抜け出す方法は全くわからないし、この状況で抜け出せば藍里は暴走してしまうかもしれない。
だから、当面は藍里を説得することに専念するべきだろう。
だけど……
僕は今、藍里に対して必死に説得をしている。



藍里……本当に代わってくれないか?





だめです





いや、だって……





これも練習なのです。あなたが私の体で、自然に振る舞えるように





あ、藍里だって恥ずかしいだろう?





……確かに恥ずかしいですが、これもあなたのためなのです


僕――正確には僕が宿っている藍里の体――の前には、藍里の私服がある。
学校が終わって、(藍里の)自宅に帰ってきた僕は当然藍里の部屋に入る。
そして、いつまでも制服姿でいるわけにもいかない。
つまり……やらなければならないことがある。



大護さん、お気になさらず『着替え』をなさってください


着替え。
この体が僕の体であれば、なんてことのないイベントだ。
いつも通りに服を脱いで、いつも通りに服を着ればいい。
だが……今の僕は『いつも通り』にはいかない。
今の僕は、女性なのだ。
朝起きて学校に行くための着替えの時は、僕は眠った状態だったために『表』――この場合は肉体の主導権を握っている状態――に出ていなかった。
つまり、朝の着替えは藍里自身が行ったのだ。
しかし今、『表』に出ているのは僕なので、僕が着替えを行わなければならない。
つまり、必然的に僕は藍里を下着姿にすることになる。



……いやさ、藍里はいやじゃないの?





恥ずかしさはあります。しかし、大護さんのお役に立てるのであれば苦ではありません


だめだ、どうあっても藍里は代わってくれなさそうだ。
今日わかったことだが、『表』に出る人格の切り替えは、藍里にしか行えない。
つまり、僕は自分の意志で『表』に出たり、引っ込んだりは出来ない。
なので藍里が許可しなければ、この『着替え』を拒否することは出来ない。
……やるしか、ないか。
僕は制服であるブレザーのボタンに手を掛けて、外そうとする。しかし、いつもと逆側にボタンを動かさなければならないので手間取ってしまう。
そして、なんとかブレザーを脱いでハンガーにかけると、スカートからブラウスの裾を引き出す。



……なあ藍里





大丈夫です。……どうぞ、お気になさらず


頭に浮かんでくる藍里の言葉は、どことなく震えているように感じた。
……藍里は僕のためにここまでしてくれる。
嬉しさが、無い訳じゃない。しかし、そんな藍里の献身に罪悪感も感じる。
僕の存在が、藍里をここまで追い詰めたんだ。
だけど、今は『着替え』を早く済まさなければならない。いつまでも藍里を中途半端な格好にはさせられない。
僕はブラウスのボタンを一つずつ外していく。



……っ!


僕はブラウスの下にある肌と白い下着が視界を掠めた直後に、急いで顔を上に上げた。
そして、その状態でボタンを手探りで外し、ブラウスを脱ぐ。



……


肌寒さを感じながらも、僕は藍里の私服であるTシャツに手を伸ばし、目を瞑ってそれを着た。
だが、まだ関門は残っている。
今度はスカートを脱いで、私服のハーフパンツに着替えなければならない。



……


僕はスカートのホックを探したが、うまく見つけられなかった。
どうやら全面にあるものではないらしい、探してみると、左の腰の少し前くらいにあった。
ホックを外し、ファスナーを下ろす。決して、下は見ない。



別に見ても構いませんよ





そういうわけにもいかないだろ


藍里は特に僕に下着を見られることをいやがってはいないようだが、それでも女の子に恥を掻かすわけにはいかない。
僕はスカートを脱ぐと、素早くハーフパンツを履いた。



……よし、これで着替えは終わりだ。藍里、これでいいだろ?





はい、着替えはこれで大丈夫です





……着替えは?





そうですね、トイレやお風呂に入るときに、都合良く私が『表』に出られるとは限りません。そこも練習しておきましょう





……いやいや、着替えは体育の時間があるからともかく、お風呂やトイレは人に見られないからいいだろ?





だめです





あの……藍里さん?





だめです


……どうやら、課題は思ったより多いようだ。
