第一印象は、最悪だった。
第一印象は、最悪だった。



ん? 汝は?


きょとん、と自分を見つめる青い瞳。
浮かんでいる感情は、興味のないおもちゃを見つめる子供の残酷な無関心。



……ああ、そうか


そうだよね、と思った。
そうなるんだ、と。



戦争に負けたロートリゲン王国。
豊かな街と土地を割譲し、人質をだす。この国が求めたのはそれ。
契約の一環として、私は……余りものの中から『差し出された』。


ロートリゲン王国では国王様も、大臣の誰も、私のことをみたこともなかったんだと思う。
きっと、この国でも同じだ。



……婚約者なんて、所詮は取り繕った言い分。私に望まれることなんて、何もない。家と、家の契約なんだ。


領地を奪われたのではない、とロートリゲン王国はいえるだろう。両国の友好の為に、『持参金』としてお姫様が持っていたのだ、と。
お互いが家の面子を立てるためのちょっとした工夫。
……そんなもののために、私は、ここに居る。



私には、婚約者まで兄上のお下がりだというのか!?


むっとしなかったわけではない。
だが、それ以上に何もかもが虚しかった。



……私は、限りなく偽者。
確かに、ロートリゲンの王家に属するけれど、お姫さまなんかじゃない。
うん、お下がりどこじゃないね。


言い返せなかった。



……


婆やは、出発前に言っていた。
夫婦になってから、お互いのことを知れば宜しいではありませんか、と。
何時だって、婆やだけは楽天的だった。



でも、婆や。
たぶん……私のことなんて、この方は興味を持っていないよ?


ああ、やっぱり。
この人は、自分のことなど見てくれない。
興味もないんだろう。
だから、私は出発前に国王陛下と大臣の皆さんから教え込まれた言葉をオウムのように繰り返す。



ご無礼の程、ご容赦ください。願わくば私たちの出会いが、両国の古い遺恨を乗り越える架け橋とならんことを。


……私は、結局、一人ぼっちだ。
自室、として宛がわれた一角。
高価な家具と、装飾品が並べられた部屋。
立派過ぎて、そこが……自分の部屋だとはどうしても思えない。



……落ち着けないよ、こんな部屋じゃ。


お父様の執務室よりも、贅沢な一室。
……まるで、現実じゃないみたいだ。
でも、現実。
逃れることは、できない。



はぁ……


溜息は、気持ちを沈ませてしまう。
だから、笑うのが一番ですよと婆やはいつも笑っていた。
分かってはいる。
理解してもいる。
だけれども、とても笑えない。



愚痴になっちゃう。
けど、家が恋しい。


仕方がないことだと誰もがいう。
お父様でさえ、沈黙していた。
結婚は、貴族の義務であり、責務であり、そして……運命なのかもしれない。



……どうして、私だったんだろうな?


私がロートリゲン王国の姫なんて笑っちゃう。
国王陛下のはとこがお母様。で、その娘の私がロートリゲン王国の代表。



ほんと、どうしてなんだろう?
……どうして、私じゃなきゃいけなかったのだろうか。


頭では、理解している。
結婚は、家と家の契約。……だから、私でもよかった。
家に属する私ならば、名前だけでも『姫』となれたから。
だから私が選ばれた。
だから、王女なんてよばれる。



……私は、エーファ。王女という名前じゃない。けれど、私のことは誰も『私』としてみてはくれない。





姫殿下?





もやもやとした思いばかり。……分かってはいたつもりだったのだけど





姫殿下?





うん?





姫殿下、失礼致します。





あら?


顔を出した女性は、グレゴール執事長から紹介された侍女長さん。
名前はたしか……。



エルザさん?





ひょっとして、お休みのところでしたか?
失礼致しました。姫殿下とおよびかけしたのですが、お返事がなく……。


ああ、と得心がいくまでに少し時間がかかった。



ぇ? ああ、そうか、『姫殿下』って私のことだったのね。
……なれないなぁ。





……グレゴール執事長より、姫殿下に夕食のお伺いを。宜しければ、お部屋でお召し上がりになられますか?


食事なんて、普段は皆で食卓を囲むものだとばかり思っていた。
……なにもかもが、この宮廷では違う。



ああ……はい。





姫殿下、どうか……どうか、陛下を。あの方をお許しください。……私どもが申すべきことではありませんが……。





許すもなにも……


何を言われているのか、と咄嗟に会話をつかみかねての戸惑い。



姫殿下。ああ、いえ、立場を弁えぬことでありました。


申し訳なさげに頭を下げる侍女長になんと言葉をかけたものか、と惑う微妙な沈黙。



……なんて、言えばいいのかな。


沈黙へ耐えかねたエーファは、しかし、口を挟む機会を逸していた。



ご夕食をお持ちいたします。なにとぞ、ご容赦を。


ペコリ、と見事な一礼。
礼儀作法の正しさということに、エーファは思わず気圧されてしまう。



では、私めはここで。失礼いたします。





こんなとき、本当の姫さまたちならどうするんだろう。


お父様もお母様も、礼儀作法は好きじゃなかった。
お陰で、エーファの知っている礼儀作法は付け焼刃だ。
毎日、来る日も来る日もマナーの先生に厳しく指導されてばかり。これ見よがしに零される溜息にも……慣れてしまった。
……鍍金の姫様と笑われていることだろう。



慣れないな、やっぱり





帰りたいよ……。
婆や、お母様、お父様……。


