何でも無いおはな死



あなたはそこに私を捨てました





きっと適当な処理しかあなたには浮かばなかったのでしょう。





所詮は人の考える事





あなたは私が既にそこにはいないだなんて、思いもしなかった





――っ!?





ね?


何でも無いおはな死



ねえ、あの噂話聞いた?


入学して数週間。
そんな早々にして、学校の怖い話を聞くなんて思ってもいなかった。



あ゛ー……





ここの男子生徒が付き合ってた彼女殺して、その子が幽霊になってうろついてるってヤツでしょ





痴情のもつれとか、そんなん。


中学から一緒の向日葵はだるそうに、そしてどうでも良さ気に私の問いに答える。彼女に怖い話なんて猫に小判、豚に真珠。
……ちょっと違う?
とにかく、昔っからミジンコほども怯えもしなきゃ怖がりもしやしない。
入学早々、私も向日葵も別口から耳にしていると言う時点でこの学校では随分有名な怖い話なんだと思うけど、彼女はやっぱりいつも通りだった。



つうかぎれーとか、そんなんでしょ
きっと毎年新入生に聞かせてんのよ、怖がるだけ無駄無駄





通貨切れー?





あー、何。
Sui★aでもチャージします?
パシリ代に300円頂きます





下手なボケかましてすいませんでした。





ってか向日葵、パシリ代300円でいいんだ……


向日葵と違って私はちょっぴり怖がりだ。
それでいて、怖い話には興味がある。
友達同士でキャアキャア言っている時間が楽しいって言うのもあるし、スリルというか普段は感じないスッとした肌寒さが癖になるのかもしれない。
ほら、皆怖い怖いって言うけどジェットコースターなんて遊園地のメインでしょ。Mじゃないって言う癖にさ。
あと、そうだ。
私は何度か巻き込まれた事がある。変な事に。
だから気にしてしまうという事もあるのだろう。
まあそれも数える程で、ラノベや漫画の主人公張れるような体験ではなくて。
結局幽霊だの何だのは遠い存在とも思っているけれど。



あー、やったやった
授業終わった―





向日葵、寝てたじゃない





睡眠学習!
あたしチョー天才!!





今日の宿題の範囲は?





・・・。
由岐、写させて!





パシリ代300円になります。





そこを何とかー。
大特価でタダになりませんかねぇ





大特価っていうか、
それじゃあ持ってけ泥棒状態よ……





じゃあ噂の霊を見せてあげるのでどうだっ★


滅多に見せない満面の可愛らしい笑みを浮かべて、向日葵はそう言った。にししと笑ったり引き攣り笑いをする事はよくあるのだけど、一般受けするその笑顔を作るのはしんどいのだと言う。
しかしその顔をする時の向日葵はガチ。真面目で正直で本当なのだった。
……でも、噂の霊を見せるって?



あたしは無償で手助けも助言もしないかんね。でもやられるとしたら、そいつがきっと悪いのさ





悪い事したヤツは怨まれ、怨みはそいつの体を抉り取る。
世の中ってやつはそう出来てる





……?





まー、あそこにいるヤツ見てみな


そう向日葵に言われて、向いた先は男子二人組が普通に会話している光景だった。



――





――


何を話しているのか、この距離と教室のざわめきの中では聞き取れない。それは向日葵だって同じだろう。
重要なのは話の内容ではなく、彼ら二人の内どちらか。



あいつ多分、
近い内に校舎裏のあの噂の場所に行くよ





何でそんな事、向日葵がわかるの?
会話も聞こえないのに





そうしないとマズい……って言うか今も焦ってる事、あたしが知ってるからさ





知ってる、って……





あ。言ってる内に教室出た。
由岐、行っくよー





あ、ちょっ、ちょっと向日葵!?
まだ私ご飯食べてな……





向日葵、ひまわりさーん、聞いてますー?





ねぇ向日葵、せめておにぎり一つくらい――





……本当に、ここで見たという話だな?





あ、ああ……





でもわざわざ確かめに来る必要は無かったんじゃないか?ただの噂話なんかさ





ただの噂話、かどうかは見てから判断する。
それより康太郎こそ一緒に来なくても良かったんじゃないか?


――という会話を、影から見守る私と向日葵。
否、見守るんじゃなくて完璧覗きなんですけど。私の所為じゃなくてこれは向日葵に手を引っ張られた結果であって、つまりは私の罪ではありません、神様!



こんな覗き見して、霊なんて見られるの?
って言うか別に見なくても良いんだけど……





お客様、ご鑑賞中はお静かに願いますー





あ、すいません……





って何で私が謝ってるの!





!





ば、バレた……!?





怨めしや……





ヒィッ!?





出たな……!





ほ、本当に出た……!


気付かれた、と思った瞬間。
私達が隠れている場所と彼らの立つ丁度真ん中辺りに、見知らぬ少女が突然現れたのだ。
ベタではあれど半透明の体に噂通りの私達と同じ制服。
……あれが、向日葵の見せてくれると言っていた霊!



って、あら。あいつかと思ったらあなた、ちょっと違うわね





え……?





私を殺した奴よ。
そっくりだから思わず予定外の顕現しちゃったわ





考えてみれば、そうよね。
もう20年以上前の話なんだからすっかりおっさんのはずだもの





……やっぱり父さん、
ここで人殺ししたのか……





やっぱりって……?





小さな頃から父さんは、俺に見せようとした絵本や漫画に呪いだとか祟りっていうのが出ると、やけに怯えていた





そして終いに言うんだ





祟りや呪いは本当にある。
絶対に他人に怨まれるような事をしてはいけないよ、って





そんなの当たり前に決まってるんだけどな





……


その後も彼は続ける。
あんまりにも怯える物だから問い詰めていったらぼそりとこの高校の名前を出した事。そしてこの通過儀礼な怖い話を耳にして、頭の中で繋がったと。
お友達の茶髪男子はその間もずっとぽかんと口を開けたままだった。
霊が見られるなんて言った向日葵はこの事を知っていたのだろう。
……でも、何で?
疑問が解消する前に銀髪の男子の話は終わり、霊の少女が口を開いた。



安心なさいな、少年よ





私は元より人では無いのです。
偶々人の身を形造っていた時に殺されたまで





消滅した時点で私の事は彼しか覚えていない。故に逮捕も何もされなかったでしょう





しかし、すまない事をした……
謝って済む問題ではないが





いいのです。
勘違いでしたし、私はあなたの為に出てきたのでは無いのですから





私は、殺された子の為と





殺した子の為に出て来たのですから





ねぇ?





康太郎。





っ!





ひ、向日葵……!?


一緒に隠れていたはずの向日葵は堂々と彼らの前に姿を現した。霊(?)の少女の言葉と、康太郎とか言う男子の怯え様。
……なにより向日葵は、笑っていた。
あの満面の笑みで。



やーやー、よくも殺ってくれたもんだ





同じ道場で柔道習ってる誼であっても、加減があるでしょーよ





このおねーさんが居なかったら、あたしは由岐とも殆どお喋り出来ないまんまの入学早々死去ですよ。
まあ死去は取り消せないんだけどさ





どうせ死んでから登校してきたあたしに吃驚して、死体見に来たんでしょ





何とか言いなよ





これじゃああたしの独壇オンパレードになるでしょうよ





ねえ





ねえ





ねえ





ねえ!?





……





……





……





康太郎、お前、本当に彼女を……?





し、知らないよ!
僕は何も……





……?


そう彼がおそらく、嘘を吐く度に足元からぴたり、ぱたりと黒い染みが落ちていくのに気付いた。
言い訳がましい言葉はまだ続いていく。
足元は黒い水溜りのようになり。
やがてそこからすうっと黒く瑞々としたうねりが彼の足を
びとり、と掴み。



うわあああ!?





こ、康太郎!


銀髪男子が慌ててその黒のうねりを掴もうとするも、それは彼の手を黒く濡らしながら滑って行く。否、通過していくのだ。掴めない、それなのに掴んでいる。
剥がれない、離れない。
やがてそれは康太郎君の足をぎっちりと締め付け始める。ズボンの皺を見ればその強さは私でもわかる。



ひ、向日葵!





お前にあたしの怨みを教えてやるよ





見せてやるよ





感じさせてやるよ





生者にはわからない怨みを


そう。私にはわからない。向日葵の怨みなんて。
それでも怨むなんて良くないって、駆けだす方が社会的には良いのだろう。
でも私は別に、教科書に載る小説の登場人物でもないし。ここには先生も何もいないわけで。
私の足は完全に立ち止まった。
そしてその言葉を聞いた銀髪少年も、また。



た、助け……っ!


引き摺りこまれていく。

黒の中に。

とぷん、と。
――こうして向日葵は康太郎君に怨みを晴らし、私や銀髪男子の前から消えてしまいました。
いつのまにか隠れるのを忘れていた私と銀髪男子の目が合って、二人して辺りを見回すも、康太郎君も向日葵もあの霊の少女も見当たりません。
必死に探した方が良いのかと思いきや、銀髪も罪と罰の考えがあるのでしょうか。見当たらないとわかるや、少しうつむくだけでした。
私も向日葵の、



あたしは無償で手助けも助言もしないかんね。でもやられるとしたら、そいつがきっと悪いのさ


という言葉が頭に浮かんで来て、それだけでした。
もしかしたら、康太郎君が素直に謝っていたら許されていたのでしょうか。或いは何かをすれば。
世の中にはもしもなんてありませんし、私は私なので、結局何もわからないのだけれど。



って向日葵、何でいるの!?





いちゃ駄目ですかー。
いやー向日葵さん悲しいわぁ





いやいやいや、違うでしょ、そういう意味じゃなくて


何と翌日、登校してみれば平然と出席している向日葵。おまけに康太郎君もあの銀髪君と話していて。



……何かやつれたね、康太郎君





あのお姉さんに協力してもらってまぁあの世を骨の髄まで味わってもらいましたんで





……それで良かったの?





こうじゃなかったら良かった?





……さぁ。





あ、そうだ宿題、約束だから貸すけど写す時間あるの?4時間目でしょ





ああああ!





何でそこで昼休みを挟まないのさー
教師陣め、祟ってやるー





今の向日葵が言うと洒落にならないって


