業務その1 魔王様のお仕事



魔王城へようこそ。面会のご予約はしておられますか?


業務その1 魔王様のお仕事



……は?


なんのことだ?
それが、入って真っ先に発した言葉だった。
全力の、最初の第一歩踏み外した感。



お一人様ですかね?





あ、ああ


大扉を開けた瞬間に、話しかけてきたのは一人のエルフだった。
本来森の奥で生活しているはずのエルフ族が、なぜこんなところにいるのか。
ここが魔王城、敵地の真っただ中という事実と、温厚として有名なエルフの出迎えが、どうしても私の目的と経過として釣り合わない。
これもまた、敵の作戦なのかもしれない。こちらの動揺を誘っているのかもしれない。
頭のどこかが冷静に判断し、冷静な対応として、静かに口を開いた。



めんか、





司ー! 誰か来たのだー?


全力の、出鼻を挫かれた感。
“つかさ”と呼ばれた先ほどのエルフが、声に気付いて軽く後ろを振り返る。
薄暗さとは無縁の、日の光降り注ぐ乳白色を基調とした大理石の広間。その奥から小走りでやってくる男が、私の声をかき消した人物のようだった。あ、この男思ったより小さい。遠近法じゃない。



みことさん、お客様ですよ。ほら、来客対応マニュアルその5





え、えっ? お、覚えてないのだ……





もう、これで何回目ですか?





うー…、ごめんなのだ……





今日は僕がしますから、ほら、隣りで見て覚えてくださいね


全力の、置いてけぼり感。
みこと、と呼ばれた男、推定身長150センチメートルは、駆け寄ってくるなりエルフと話し込んでいる。ちらちらとこちらを確認してくる瞳に、警戒の色はない。



……





落ち着け。これしきのことで動揺を悟られてはならない。
私は何をしに来たんだ? 今日出発してからの緊張感はどこへいった?


そうだ、私たちは魔王討伐に来たんじゃないか。
今日ここで、私たちが魔王を倒し、世界を平和に導く。それこそが私たちの目的であり目標であり、使命である。
おそらく、これも魔王の罠だ。
ほのぼのとした空気に騙されてはいけない。柔和な笑顔の裏では、私たちを絶望に落とす算段が組まれている。
そうに、決まっている。それが、魔王というものだ。



「申し訳ありません。ご予約がなさそうなので、今回のラスボス戦は出来ないかもしれないんですが、一応魔王様に訊いてみますので、こちらの書類に記入してお待ちいただいてもよろしいですか?」


私が決意を新たに心身を引き締めると同時に、差し出されたのは一枚の紙。
差し出している敬語のエルフは、私に押し付けるようにバインダーごと渡すと、そのまま城の内部へと姿を消した。
目の前に残ったのは、フードの推定身長150センチメートル。腕を頭の後ろで組み、きょとんとこちらを見つめ、一言。



☆のマークがあるところは、必須項目なのだ


改めて、紙の内容へ目を向ける。
“エントリーシート”と題された紙には短文の質問が空白の中に浮いており、記入のためのボールペンが影を落とす。
これはアレだろうか、「この世界の半分をやろう。その代わりに手下になれ」のような。
そんなものに屈する私ではないが。
氏名



カンナ


出身地



アルフヘイム


勇者を名乗ってから現在までの期間



そんなものを聞いて何になる?


これまでの来城回数



……0


ここで、紙の全体を確認する。
この調子で記入項目が続くのかと思われたが、以降は記述形式の質問が増えていた。



落ち着け。私は、勇者だ。
魔物に襲われた故郷アレフヘイムの生き残りにして、村のみんなの期待を一身に背負う、勇者なのだ。


勇者は魔王を倒すために存在する。魔王は勇者を迎え撃つ。
その図式に違和感などない。古今東西、魔王と勇者とは“そういうもの”だからだ。
勇者を名乗る私が来たからには、魔王は私を殺そうとしなければならない。
どうせ、最奥に控えているのは分かっている。それまで、手下どもを倒していかねばならないのも覚悟の上だ。



なのに、このやり取りの意味はなんだ?
襲い来る魔物は? 仰々しいダンジョンは?
なぜこんな回りくどいことをする必要がある?


私は冷静だった。冷静に、この茶番を終わらせようと、大きく口を開き、



ふざけ、


その瞬間、鈍重な音が私の言葉に被さる。一瞬で、空気が変わった。
爆発音ではない。これは、重い扉が開く音だ。
音源の位置は、私の立つ魔王城入口から見上げる階上。吹き抜け式の広間から見える渡り廊下の中央。
全力の、何かが来る感。
同じく見開いた目を上に向ける身長推定150センチメートル。
そして、扉の奥にいた人物を確認するより先に、



「このタイミングでアポなし訪問とかふざけてんのか!? まったく、これだから最近の勇者ってヤツはぁ!」


吐き捨てるような怒鳴り声が響き渡った。
