あらすじ:寄生虫により男の娘化している優希は、親友の圭が誰かといちゃついているらしき場面を覗き見てしまった。
あらすじ:寄生虫により男の娘化している優希は、親友の圭が誰かといちゃついているらしき場面を覗き見てしまった。



あら珍しい。あなた達、今日は濃厚接触してないじゃない。





? 別にいつもと変わらなくない?


翌日も、優希と圭は一緒に登校していた。が、ニナの言う通り、今日は腕を組んだりはしていない。



こ、細かいなー、宮入は。い、行こうか、ケイ……。





(……習慣で一緒に登校しちゃったけど、き、気まずい……)





結構、結構。注意の手間が省けるというものだわ。心がけて頂きたいわね。





(いつもそんなにひっついてたっけな)


どぎまぎする優希に対し、圭は何も意に介していないようである。
優希は「みそぎゾーン」に着くと、まず「DDT黒板消し」を手に取り、自分の頭をはたいた。次いで、消毒ジェルを両手に擦り付ける。そして、飲用消毒液を紙容器に注いで一息に飲み干した。
圭は、先に両手を消毒し、「DDT黒板消し」が空いてからそれを使った。



(「DDT黒板消し」……毎回はたいてあげてたっけ、たまにだったっけ……)


優希には、昨日の記憶ばかりが鮮明に感じられて、それ以前にどうしていたか思い出せないような気がした。実際、「DDT黒板消し」は一人でも問題なく使える。後頭部をきちんと殺虫できたかどうかが、少々分かりにくいという程度だ。



(僕が手伝おうが手伝うまいが、ケイにとっては大差ないよな。僕がやらなくても、どうでもいい感じなのかな……)





(いやいや、大げさは止そう。そもそも一緒に登校しない日だってあるし、客観的にいって些細だ。考え込んではイカン)


考え込む優希を尻目に、圭は消毒を終えた。それと入れ替わりに「みそぎゾーン」に入って来た影がある。



あ、おはよ





…………





(あ……)


そこにいたのは、昨日、圭と一緒にいた女子だった。
優希には、あの場では誰だか分からなかったが、よくよく思い出してみれば、同級生の尾上 鯛子(おのえ たいこ)であった。しかし、名前以外のことは何も分からない。



…………


鯛子は、分厚い眼鏡の下で目だけ動かして圭の方を見、小さく頷いた。
……どういう態度だ?
炭酸水をぶちまけたように、様々な解釈が優希の中に一瞬で泡立って広がった。優希が思わず圭の方を見ると、



ふー


圭は既に教室に入り、何事も無かったかのように着席していた。
* * *
優希は幸いにも、一、二時間目の授業で問題を当てられることはなかった。三、四時間目も引き続き上の空である。ノートの上で、二次関数のグラフをグルグルとなぞり書きしながら過ごしていた。そうして時たま、斜め三つ向こうに座る鯛子の後ろ頭をちらちら見るのだった。



(はぁ)


優希は、周りに聞こえない程度の音量でため息をついて、机に視線を落とした。本日何度目のアクションであろう。が、今回は落とした目線の先にちらつくものがある。抗菌デスクの端で白い文字が躍っていた。
文字に見えるそれは、小腸に取り付く寄生虫・裂頭条虫が折れ曲がった姿である。この条虫は、きしめんのように平べったく細長い容姿が「真田紐」に似るため、サナダムシとも呼ばれている。そして、このメッセージを出してよこしたのは、すぐ前の席に座っている真田 早苗(さなだ さなえ)に違いなかった。彼女がサナダムシの保虫者だからである。



どーしたの


優希は、お気に入りのメモ・パッドを筆箱から取り出し、ネームペンで返事を書きつけ、早苗の肩越しに渡した。



うにゃーーーー


早苗がメッセージを確認すると、優希の机の上のサナダムシが動き始め、新たな文字を書く。優希や圭と同じく適応性寄生虫宿主の第四世代(テトラ)である早苗は、サナダムシを手指のように動かすことが出来るのだ。



わら


* * *
ヤドリギの昼休みでは、校内感染を防ぐため、食事中の私語や移動が禁止されている。生徒は各々、自分の机で食事をとり、食事タイムが終わって初めて自由時間に移るのである。
食事を終えても、優希は引き続きぼんやりとしている。早苗は、そこで改めて質問をぶつけてきた。



どーしたの? 圭ちゃんと喧嘩でもしたの?





ちょ、直球~。いや、別にそういうんじゃないけどさ。そういうのと関係ないんだけどさ……。


優希は周りの様子を小さく伺った後、声のトーンを落として尋ねる。



あのさ、尾上ってどんな子なんだろう





尾上? 鯛子ちゃんのこと?


早苗は、目線で鯛子の背中を指しながら答える。本人は、自分の席で本を読んでいるようだ。



いや、ちょっと絡みがあっただけなんだけど。あまり喋らない子なの? 考えてみたら、誰かと話してるのも見たことないし。





私もあんま接点ないなー。「何持ち」なのかも知らないし、仲良い子も知らないな。いつも本読んでるよね。





早苗でも知らないかー……。


「何持ち」とは、「どんな種の寄生虫宿主であるか」ということを意味している。ヤドリギでは、誰がどういう種の寄生虫を宿しているかはプライバシーに属するものとして扱われる。勿論、学校側としては全て把握しているが、生徒が学校生活の中でそれを明かすかどうかは各々の自由である。
とはいえ、実際のところ、優希のように外見上隠しようがない者や、早苗のように虫種をオープンにしている者も少なくない。



何々? 鯛子ちゃんと圭ちゃんがどうかしたの?





いやっ、だから、そこは関係なくて……


優希は誤魔化そうとする。が、その瞬間、斜め前方に展開されている景色を見て、固まってしまった。



…………





…………


鯛子の席の前に圭が立ち、何かを話しかけている。
優希のみぞおちの奥の方で、何かが固く強張る。



…………





屋上だっけ。放課後な、分かった。


とだけ、優希には聞き取れた。それで用が済んだのか、圭は鯛子の席から離れ、廊下に出て行った。



(屋上……放課後……)





(また二人で会うのかな……)


* * *



福来くん、ちょっといい?





…………


風紀委員が話しかけてきたのは、終礼も終わり、掃除を済ませた班がまばらに帰っていく頃だった。



福来くん?





えっ! あ、ごめん。僕?





福来くん、掲示係だったわよね。悪いけど、今月の「風紀通信」、職員室から取って来てくれないかしら。私、古いほうの掲示を倉庫に持ってくから。





あー。オッケー、今月の、貼っておいたらいいかな。





お願いするわ。じゃ、私は屋上の倉庫に。





(屋上……)


屋上には今頃、圭と鯛子がいるんじゃないか。さっき鯛子が、鞄を持って廊下に出てくのが見えたから。ニナをそのまま行かせたら、二人に出くわすんじゃないだろうか。



(いやいや、だからってどうするよ。僕が気にする事じゃないだろう)


しかし、職員室に向かって歩きつつも、優希は考えを打ち消せない。もし、二人が昨日みたいにしていたら?



(学校で? ないだろ……それは。もしそうだとしたら、宮入がそれを見たら。風紀委員だから……)


注意しない訳にはいくまい。ヤドリギの校則において、男女交際は校内感染の第一のリスクだ。優希は、自分の血液がどんより濁って来るように感じた。



(少なくともぶち壊しに……)





……仮にそうなるとして、僕が気にする事じゃないのではないか。今から宮入を呼び止めるのもおかしいし、そもそも盗み聞ぎだし……。


優希は階段のところまでやって来た。ここから降りれば職員室はすぐそこだ。ふと振り返ると、ニナは渡り廊下を行くところだった。倉庫の鍵と、先月の掲示物を手に持ち、そのまま渡った先の階段に消えていく。優希はそれを見届け、前に向き直って階段を降りる。



(……………………)





(うーーーーーー!)





やっぱ止めなあかん!


優希は踊り場で踵を返し、渡り廊下の方へ駆け出す。



うわ!





きゃ!





いたた……ああっ、ごめん! 大丈夫……





って、尾上さん!? 何でここに?いや、何でっていうのはその……





…………。





…………見た?





は?





…………。





……見たわね……。





クチ、切れてる。





…………!??


鯛子は優希に口づけると、口内をひと舐めする。舌の感触……ではない。ざらっとした、計量スプーンのような冷たい感触。
ややあって、鯛子は優希から離れた。そして優希に向き直り、自分の口の端に手指を引っかけ、広げて見せた。



これ、私の虫体。舌にくっついて体液を吸うやつ。


鯛子の口の中に見えるものは、甲殻類の寄生虫・ウオノエである。主に魚類の口内に寄生しており、スーパーマーケットの売り場などでも時たま姿をのぞかせる。



……痛み、収まったでしょ。血もすぐ止まるわ。
この子、ヒト適応性だから。唾液に鎮痛作用があるの。





教えたから、内緒にしてよね……。普段、口開けないようにしてるんだから。


それだけ言うと、鯛子は背を向け、階下に降りようとする。優希は慌てて呼び止める。



あ、あの! その、ぶつかって、ごめん。





……本読んで歩いてたの、わたしだから。





あの、圭は。……上城石は?





上城石くん……?
ああ。モップの補充、お願いしたから、屋上の倉庫に行ってるんじゃないかしら。上城石くん、清掃委員。





あ、あー。そうなの……。ありがと……。





じゃあ。


鯛子の後ろ姿が見えなくなった後も、優希は暫し立ち尽くしていた。



(……………………)





(ケイとも多分……ぶつかっただけって感じか……。か、勘違い……)





(うにゃ~~~~)


(続く)
