噂話をする学生が俺に気づいて道を空けた。
まるでモーゼの十戒のように。
空いたスペースを全身にギプスをつけたミイラ男。
つまり俺が歩いて行く。



ねえねえ。やっぱり三年のあの子……警備員に殺されたんだって!





鋼鉄の処女だっけ? あれで殺したんだって? 怖いよねー





最後は目撃者の男子を殺そうとして反対にボコボコにされたんだってさ。
犯人、頭の骨が折れてたらしいよ


噂話をする学生が俺に気づいて道を空けた。
まるでモーゼの十戒のように。
空いたスペースを全身にギプスをつけたミイラ男。
つまり俺が歩いて行く。



あ、あれが!
殺人犯を半殺しにした!





すごい凶暴なんだって。





でも……あの人がいなければ事件解決しなかったんでしょ?


ひそひそと声がした。
俺はため息をつく。



もううんざりだ。


とりあえず事件は精神を病んだ男の犯行で、犯人は遺体を発見した俺を殺そうとして返り討ちになったということになった。
無理がありすぎなシナリオだが誰もツッコまない。



わかりやすいからな。


あの悪霊だった女子学生の両親には何度も頭を下げて感謝された。
遺体発見と犯人逮捕に貢献したからだ。
文科省には先に連絡しろと怒られ、警察にもやり過ぎだと怒られたが。



つか俺悪いことしてないよね?


ある程度動けるようになった俺はどうせ近くだからと病院から大学へ通っている。
俺は事件のことでまだわからない事がある。
それは男の犯行動機。
なぜ男は犯行に至ったのか?
警察の発表ではイタズラ目的で連れ込んだところ抵抗されて殺し、死体を持て余して鋼鉄の処女に入れたという事になっている。
だがそれは違う事を俺は知っている。
鋼鉄の処女の中の遺体。
遺体からは血が流れていなかった。
では血はどこに行ったのだろう?
俺はエスカレーターの方へ向かう。
学生たちが俺に道を空ける中。
その中に酷く場違いな女の子がいた。
黒いドレス。ゴスというやつだろうか?
それだけなら珍しくないかもしれない。
だが夏のこのクソ熱い中をすその長い黒ゴスを来た女の子は相当レアだろう。
しかも汗を全くかかないなんていうのも。
冷静に眺めていた俺は突如、目を疑った。
女の子を中心として穢れが溢れ出したのだ。
まるで墓地のような臭いがしてくる。
いや血で汚された墓地の臭いだ。
花と土……それと血の臭いだ。
周りを見ると俺を見ていた男も、女も全てが止まっていた。
まるで人形のように動いていなかったのだ。
女の子は無表情のままで俺に語りかけた。



天眼の持ち主よ。
褒めて遣わす。


今まで味わったことのないような圧力が俺に伝わる。
まるで天敵に睨まれた動物のような気分だ。



こ、殺される!


なぜかわからないが俺の勘がそう言っていた。



テメエ誰だ!!!


と、粋がってる俺だが、こ、怖い……目を逸らしたら殺される……というのが本音だ。



妾は……とりあえず『彼女』とでも言っておこうかな?
その天眼。妾のために使わぬか?


『彼女』! 犯人である警備員の言っていた言葉だ!
俺は理解した。
こいつが今回の件の黒幕だ!
話には聞いたことがある。
人間を弄び破滅に導く存在。
あれは悪魔とか単に魔と呼ばれるものだ。
しかも理由なんてない。
ヤツらにとってはこれは遊びなのだ。
そうかあの男は『魔が差した』。
つまり悪魔に操られていたのだ。
俺は本能的な底冷えする恐怖も味わっていた。
同時に急激に頭に血が登っていた。
俺は完全にキレていた。
ざけんな!
人間をおもちゃにしやがって!!!



てめえ……二度と悪さできねえようにボコボコにしてやんよ!


俺はどうにか虚勢を張った。
だが実際は全身から冷や汗が吹き出し膝が震えていた。
それに怪我してるミイラ男が言ってもなんの迫力もない。
情けねえ!
俺が心の中だけで歯ぎしりしていると、一瞬悪魔が笑ったように見えた。
驚いてもう一度見ると元の無表情に戻っていたが。
そして悪魔が言った。



その不遜な態度。
本来ならその無礼な口を引き裂いてやるところだが……
今回はお前その並外れた度胸に敬意を表して許してやろう。
……また遊ぼうぞ。


ざけんな。
命がいくつあっても足らんわ!
それだけ言うと悪魔は一歩、二歩、三歩目を歩むと突如消えた。
まるで最初からそこに存在しなかったかのように。
悪魔が消えさると世界は日常に戻った。
穢れも何もかも消え去り、学生たちがおしゃべりを始める。
まるで先ほどのやりとりなど存在しなかったかのように。
クソ! とんでもないヤツに目をつけられた!
俺は生きた心地がしないままエスカレーターで二階に上がる。
パンの自動販売機の前に行くと紗菜がパンを物色していた。



あ、だいすけくん!
ジャムパン買いましょうよ!
ねえ!


俺は紗菜の顔を見た瞬間、ようやく自分が生きていることを実感した。
天眼の大学生と腐った幽霊(完)
