それですそれですと、サンザシは両親指をつきあげ、白い歯をきらりと光らせる。

　うそですよお、とサンザシが手を叩いて笑う。俺もだんだんと楽しくなってきていた。

　俺が納得できれば、目の前が楽しければいいと割り切ってしまえる。確かにその通りなのかもしれない。

　おふざけもやめて、名前か、と俺は腕を組む。すぐに思いつくものではない。自分の名前。ゲームで主人公に名前をつけるようなものか。

　言って、それは覚えているのかと認識する。

　日本の……どこかまでは思い出せないようだった。そういえばさっき、俺の部屋は思い出せていた。

　なんだこのちぐはぐな記憶は。

　なんだこのナビ、自由すぎる。

　俺は立ち上がり、扉に手を伸ばした。ひやりと冷たいノブを回し、ゆっくりと押す。

　その先に広がっている風景を見て、うんとうなずき、とりあえず一旦扉を閉めた。

　えっ、と俺は自分の服を確認する。

　黒色のブレザーに、ネクタイ。本当だ、気がつかなかった。というか、よく考えると自分の容姿もわかっていない。

　頭がきり、と痛む。そういえば、俺の記憶の中に、名前と同様ないものが存在した。

　俺の、姿。

　それもまた、記憶で消されているのだろうか。サンザシに問うと、そうですねーと適当な返事が返ってきた。

　おいしょ、とサンザシが右手を広げ、上にたかだかとかざす。挙手をしているようだ。

　何が始まるのかと眺めていると、彼女の右手が白く光った。

　その光の中から、長四角の鏡の端が現れる。するするとその鏡はおりてきて、あっという間に俺の目の前に大きな姿見が現れた。

　すげえ、角があるだけのコスプレナビゲーターだと思っていたのに。

　ふ、とサンザシは、妙に大人びた笑みを浮かべた。俺が子どもっぽかったのかもしれない。ふんとサンザシから目をそらし、目の前の鏡に目をやった。

　紫がかった茶髪のティーンエイジャーが、そこにいた。

　俺の反応が面白かったのか、サンザシはきゃらきゃらと笑っていた。今度は、子どもみたいだ。

　なんというか、かわいいい人だと思った。

　いや、角がついているから人という表現はあっていないのかもしれないが、いいや、それはまた今度きこう。

　はいと答えたサンザシが手を軽く降ると、鏡はあっという間にどこかに消えた。すげえ、すげえ。

　深呼吸を三回したあと、再度扉を開けた。廊下の向こうにいた男子生徒と目が合う。こっち見てるこっち見てる。

　今さらですよサンザシさん！　とも思ったが、いい、問題ない。

　楽しんだもん勝ちだ。不安なんてどっかにいけ。