炎が燭台を伝い、闇を照らし出す。
狭い空間に熱と煙がこもる中
二つの影が交差するたび
金属の閃光が瞬く。
炎が燭台を伝い、闇を照らし出す。
狭い空間に熱と煙がこもる中
二つの影が交差するたび
金属の閃光が瞬く。
鷹丸は咄嗟(とっさ)に
体をひねった。
忍びの刃が頬をかすめ
鮮血が宙を舞う。



ぐっ……!


視界の端に、ゆらゆらと揺れる
桐の箱が映る。
——御厄様の本体がそこにあった。



クソッ……!


鷹丸は歯を食いしばり
残された力を振り絞る
忍びは音もなく動いた
炎の照り返しの中で
その黒装束が影と溶け合う
低く踏み込んだかと思うと
鋭い一閃が鷹丸の腹を狙う!
間一髪、鷹丸は身体を捻ってかわした
だが、その刹那——



がっ……!!


鈍い痛みが脇腹を貫いた。
忍びの刀が浅くも確かに
肉を裂き
熱いものが肌を伝う。



まだ……倒れられるかよ……!


呻(うめ)き声を漏らしながらも
鷹丸は必死に身をひねり
忍びから距離を取った。
だが——限界はとうに過ぎていた
踏み出した足がもつれ
傷だらけの体はもう支えきれず
膝は重く床へと沈み込んだ。
荒い息が喉の奥でひゅうひゅうと鳴り
震える指先は力を失い
視界はじわりと霞んでゆく——。



……クソが……


己の非力を呪うように、拳を握る。
だが、忍びは容赦しなかった



——終いじゃ


静かに言葉を落とし
忍びは音もなく刀を構えた。
薄闇を裂くように
刃がろうそくの炎を映して妖しく光る。
狭い牢の空気が張りつめ
鷹丸の額を一筋の冷や汗が伝う——
それでも
その赤い瞳は決して逸らさない。
そして
忍びの腕がしなる
止めを刺さんと、刃が闇を裂いて
振り下ろされた——
銀色の刃が煌めき
降り落ちる——
その瞬間
乾いた音が
燭台の炎が揺らぐほど鋭く響いた。



ぐっ……!


肩を押さえ、歯を食いしばり
黒い布に滲む赤
忍びは、呻(うめ)きながらも
鋭い眼光を失わなかった
煙が細くたなびく
その先に立つ影——
異国の銃を手にしたお雪がいた



すまないねぇ


煙る銃口を傾け
ふっと笑うお雪。
その眼差しには一片の迷いもなかった



そいつはあたしの道具さ
殺されちゃ、商売あがったりなんだよ


再び銃声が響く
火花が散り、飛び出した弾丸は
迷いなく忍びの足を撃ち抜く。
「ぐッ——!」
黒衣の影はバランスを失い
畳の上を転がりながら血飛沫を散らした。



次は頭を狙うよ


静かに告げるお雪の瞳は
冗談ではなかった。
忍びは肩で息をしながら
お雪を睨みつける。
だが、銃口は微動だにしない
短く息を吐くと
忍びは音もなく立ち上がり
闇へと紛れ去っていった
炎が揺れ、静寂が戻ると
お雪は転がった鷹丸を見下ろし
ふっと息をつく



……だらしないオスだねぇ





好きなメスも守れねぇのかい?


しかし、鷹丸はピクリとも動かない。
焼け焦げた腕は動かず
血に濡れた衣が床を汚していた。
意識の底で、誰かの声が遠のいていく——



死んでおるのか?





こいつが死ぬわけないだろうさ


お雪はそう言い捨てると
ぐったりとした鷹丸の足を掴み
そのままずるずると引きずり始めた。



ったく、面倒な奴だねぇ……


その時——
ゴトリ
と乾いた音が闇を裂いた。
振り返れば祭壇の上に据えられて
いた桐の箱がひとりでに揺れ
床へと転げ落ちていた。
床に当たって割れた蓋が
ゆっくりと開く。
そこから立ちのぼるのは
古(いにしえ)より封じられて
きた、深く湿った妖の気
まるで溜息のように
それは静かに、しかし確かに
御厄様の身体へと流れ込んでゆく。
燭台の炎がぼうっと揺れ
壁に映る影は不気味なほど長く
引き伸ばされた。
血と土のにおいに混じり
どこか懐かしい森の奥で
嗅いだような香が漂う。
御厄様は目を閉じ
ひと息だけ深く吸い込んだ。
そして——開いた瞳はもはや
先ほどの弱り切ったそれではない。



……ふむ、やっと戻ったわ


御厄様は己が本来の力
そのすべてを取り戻したのを悟った。
御厄様は改めて鷹丸を見やる。
ぼろぼろになりながらも
戦い抜いたこのオスに
一つの貸しができたとでも
言うようにお雪と鷹丸の後を
追っていくのだった。
