私が地元の個人店のパン屋さんでアルバイトをしていた頃の話です。
お店は今では増えてきたハードパンがたくさんあるお店で、外国人のお客さんがよく来店していました。
近くで外国人向けショートステイ民泊を経営している常連がムスリムのお兄さんを連れて店にやってきました。
私が地元の個人店のパン屋さんでアルバイトをしていた頃の話です。
お店は今では増えてきたハードパンがたくさんあるお店で、外国人のお客さんがよく来店していました。
近くで外国人向けショートステイ民泊を経営している常連がムスリムのお兄さんを連れて店にやってきました。



いらっしゃいませー





小麦のいい香りがするね





ありがとうございます。焼きたてパンもありますよ





この人イスラム教の人なんだ。豚肉が入ってないやつを教えてやってくれないか?





はい、いいですよ


二坪ほどしかない店内は詰め込めるだけのパンが棚を埋め尽くすように並んでいます。その中で、ムスリムのお兄さんの目を引いたのは冷蔵庫の中に入っているカスクルートでした。
カスクルートはざっくり言うと、バゲットを使ったサンドイッチで、レタスやハムを挟んで普通のサンドイッチのようにも作れるし、バゲットの小麦の味の強さを生かして味の濃い具材を挟むこともできるのが特徴です。



これ何?





これはチョリソーのカスクルートです。辛いソーセージにたっぷりのチーズをかけて焼きあげたものですよ





へぇ、おいしそうだね


カタコトの日本語に簡単な英語を交えて説明します。何とか伝わっているようで安心しました。



へぇ、いいんじゃない


この常連さん、いい人なんですけど、外国人相手の商売をしているのに英語ができなくて、お客さんに説明するのはいつも私の役目なのでした。



でも、これソーセージに豚肉が混ざってるんですよね、合い挽き肉だから


私の説明を聞いて、少し考えるムスリムのお兄さん。そして、手を伸ばし、チョリソーのカスクルートをつかんでレジに持ってきました。



えっと、豚肉入ってますよ。もしかして通じてないのかな?





大丈夫!


不安そうに聞く私に、ムスリムのお兄さんはサムズアップで応えました。



ソーセージは混ぜて詰めて焼いた後だから、きっとアッラーは中に豚肉が入っているかわからないよ





え、そんなのありなんですか?


ちょっと驚きましたが、そういう人もいるんだろう、と会計を済ませました。本人も常連さんも特に気にしていない様子で、一番心配しているのは私なんじゃないかと思うほどでした。



なんかすごく上手な考え方をする人だったな


そんなことを思いながら、また仕事に戻ったのでした。
そして、一時間ほど経った頃。さっきのムスリムのお兄さんが勢いよく店の中に入ってきました。



ど、どうしましたか?


やっぱり豚肉を食べたのがダメだったんだろうか。それとも信教の自由を侵害された、とか言ってクレームを言ってくるのか? と身構えます。



さっきのめちゃくちゃおいしかったよ! すぐ食べちゃったからもう一個買いに来た!


爛々と光る目で、ムスリムのお兄さんはそう言ってくれました。



次のオススメを教えてよ





そうですね。ちょうどさっき出来上がったフォカッチャが


私は特に何も考えることなく、焼きたてのサンドを紹介しました。
バターの代わりにオリーブオイルを使うフォカッチャは生地がしっかりしていながらもちっとした食感があり、オリーブオイルのよい香りが口に広がるのが特徴です。
そこにサニーレタスとチーズ、それからカレー粉で炒めたひき肉を入れたフォカッチャサンドは焼きたてから一時間で完売することもある人気の商品です。



あ、でもこれも豚肉だ


今度は合い挽きですらない豚ひき肉。サンドに挟んではありますが、こぼれ落ちるほどたっぷり入ったひき肉はごまかしようがありません。



すみません、これも豚肉が





大丈夫! これ買うよ!





いや、でも





さっき食べたパンもあんなにおいしかったんだ。これもおいしいに決まってる。僕が笑顔でおいしそうに食べていたら、アッラーもまさか僕が豚肉を食べているなんて思わないよ!


そう言って、自信満々にフォカッチャサンドを持ってムスリムのお兄さんは帰っていきました。
ムスリムも信仰によって戒律に厳格なところとそうでないところがあるのは知っていましたが、自分の信じる神様をちょっと楽しそうに騙そうとするお兄さんは、きっとどんな国に行っても楽しんでいけるんだろうと思いました。
