「私は本当は知っているのだ。本当は気づいて、思い出しているのだ。認めた瞬間、私はあの時の私を忘れてしまうのだ。」
「私は本当は知っているのだ。本当は気づいて、思い出しているのだ。認めた瞬間、私はあの時の私を忘れてしまうのだ。」
閉じた視界の内に、思い出が明滅する。
遊園地の巨大なメリーゴーランド。
うるさいくらいに煌めくスポットライト。
楽屋と毛布とチョコレート。
展覧会とトラックのエンジン音。
雪に濁ったビルの群れ。
もし走馬灯というものを体験したならこんな感じなのかもしれない。
目を開く。



あぁ、


真っ青な夜空。



トキコⅢ


名を呼んだ瞬間の……宝石のような瞳が、優し気に緩んだ眉が、赤らんだほほが、微笑みを浮かべた唇が、透き通るような髪が、
見たことのない表情が、
あまりにも綺麗だ。



はい。プロデューサー


あの日と同じ声だ。
いつも通りの声だ。
星の光を一身に受け、私の眼前に落ちてくる彼女。
手を伸ばし……繋ぐ。
温度は感じられない。金属のような硬さも冷たさもあった筈なのに、次に力を込めたら分からなくなってしまった。



なぁトキコⅢ。これは、夢なんだな?





ええ。その通りです


そりゃそうに決まっていたんだ。
苦笑いする。こんなに突飛で幸せなのに、本当なわけがないのだ。



事務所が閉まってから、もう会えないんじゃないかって……





私は怖がったまま何も出来なかった





嘘でも、姿を見られて嬉しいよ


喉が震える。
夢は夢だと認識したら覚めてしまうらしい。
今にも消えてしまいそうな私の声が、私を見下ろす意識上の私が、それを裏付けている。



嘘だけで構成される夢なんて存在しませんよ





……それは。ロボットアイドルのトキコⅢの台詞じゃないんだ





おおよそ、そうだな。
夢なんて不確かな現象を信じるのですか?確たるデータもないのに……
……なんて言いそうだ





それに、トキコⅢにはブライダルイベントの出演予定は存在しなかった


ここに居るのは、私が望んで作り上げた幻だ。
トキコⅢがこうであったら良いのにと押し付けた欲望だ。



夢の中で人形遊びしているようなものだろう


不思議そうに私を見るその瞳が本当は何色なのか、本当に当時のままなのか、
正確に描写している保証はない。



プロデューサー


ふと、トキコⅢが私の指先を両手に包み込む。



悲しいですか。怒っていますか。今どんな感情を持っていますか?





寂しい、悔しい、怖い……かな





なるほどわかりません





ふはっ、何だそりゃ


あっけらかんとした即答に思わず吹き出してしまう。
わりと空気を読まずにズバッと物申すタイプの子だな、なんて同じように笑った、初対面の日を思い出した。



トキコⅢは自立機動型AIを搭載した博士の最高傑作なので、あなたの知らない機能も多数所持しています。えっへん





この夢も機能の一部かもしれない、ってか? はは、他の機能も気になるんだが





それはまたの機会に
……あなたがトキコⅢを思い出した、今日みたいな日に会いましょう





そんな約束が叶うわけ……いや、そうであればいいな


5月に化かされたような、誰かの誕生日を何でもない日に思い出したような、ふとした瞬間の集合でさえ「人生」と呼ぶのなら。
涙が溢れるほど幸せな夜だって私の人生のどこかに残るかもしれない。
ずっとここに居たいけれど、
空に留まってしまえば、人生の続きを紡げなくなってしまう。



トキコⅢ





はい、プロデューサー





夢が覚めるまで手を繋いでいてくれないか





プロデューサーが望むのなら


どれだけ強く握ったって痛くないのだから、夢の最後まで。
星の光が眩しくなっていく。
ずっと遠くにある光が目に届く頃、星は消えてなくなっている可能性があるという。
あぁ、あんまりに眩しくて星の姿も見えない。
「さよなら」
また会うために、どちらともなく口にした。
いつの間にか、
眠ってしまっていたようだ。
机に突っ伏した変な体勢で寝ていたせいで、体の節々が痛い。
ばきばきと骨を鳴らすように上体を捻ってみる。



蝋燭に火をつけていなくて良かった


コンビニで売っていたカップ入りの小さなチョコレートケーキと、合わせて買ったなけなしのご馳走。
毎年必ず0時ちょうどの日付変更線を越えて迎える12月16日は、
トキコⅢの誕生日。
~終わり~
