自分は何の為にいるのだろうか
自分の存在に意味を持たせたかった
自分は何の為にいるのだろうか
自分の存在に意味を持たせたかった
だから、その為に自分を傷つける
この痛みが、それを教えてくれると信じて
自分の思考を切り刻んで行く
頭の中で何度も繰り返し自問自答する
だけど、答えには辿り着けなかった



………オレは何のために………


第2幕
孤独の兄妹
prologue
母親に連れられて辿り着いたのは老朽化した大きな屋敷だった。
まるで幽霊でも暮らしていそうな建物に面食らってしまう。
屋敷の前には男が立っている。そいつに気付くと、それまで不機嫌だった母は弾けたような笑みを浮かべたのだ。
そして、男に駆け寄って抱擁を交わすと、オレを置いて屋敷の奥に消えていった。
彼が再婚相手だということはわかった。
母は父を愛していなかったし、父も母を愛していなかった。
だから二人が別れることは当然の流れだったと思う。オレは誰からも愛されていなかったので、どちらが引き取るかで揉めていたことは覚えていた。
軟弱なオレは殴られる為の道具。八つ当たりの道具。
その為に生まれてきたようなものだった。殴られながら、罵詈雑言をぶつけられていた。
お前さえいなければ、お前さえいなければ、お前さえイナケレバ、オマエサエイナケレバ、オマエサエイナケレバオマエサエイナケレバ……
壊れたレコードみたいに、同じ言葉を繰り返す女の声が嫌いだった。



うわぁぁぁぁぁ


他人の家の玄関に残されたオレは大声を上げていた。
声を上げることしかできなかったんだ。
そうすることでしか、苛立ちや不安を隠すことができなかった。
これからどうすれば良いのか分からなかった。保護者であるあの女から何も告げられていない。だから、吠えることしか出来なかった。



うぉぉぉぉぉぉ





おや、おや、元気な声だな……君が新しい家族かい?





ひぃぃ! な、なんだよ、じぃさん


現れたのは初老の男。
上品なスーツに身を包み、穏やかな笑みをこちらに向けてくる。気配もなく現れたのでオレは変な悲鳴を上げたような気がする。
オレの知っている大人は、すぐに怒りをぶつけてきた。殴る、蹴る、そういう人たちだった。だから、オレはこの老人に殴られる覚悟をして目を閉じて両手で頭を覆った。
…………だけど、何も起きない。
瞼を上げると、先程と変わらぬ笑みが見えた。
悪意のない視線を向けられたのは、初めてだったのかもしれない。



はじめまして、私はグラン。この家の本来の主だ。今は隠居して悠々自適に地下暮らし。君の名前は?





……ソル、だ





さて、ソルくん! 君の兄妹になる子たちを紹介するよ





!


グランはそう言って、オレの頭を撫でてきた。
殴られたことはあっても、撫でられたことはなかった。
だから、凄く不思議でくすぐったい気持ちになって、でも嬉しいって気持ちを表現できなかったから仏頂面を浮かべていたと思う。
程なくして、爺さんに呼ばれて兄妹が現れる。
男の子は警戒心を剥き出しにしながらオレを睨んでいる。その背中には気の弱そうな女の子の姿もあった。あまり歓迎されていないらしい。



おれは、ナイトだ。よろしく! この子はエルカ……ほら、挨拶して





……はじめまして





………ソルだ





ナイトくんは目つきが悪いだけで、決して怒っているわけではないから心配するな





え? 怒っているように見えるのか?





………うん………とても怖い顔してる





何? すまないな……改めてよろしく!


ナイトは表情を穏やかにしたつもりなのだろう。エルカに告げられた言葉に眉根を寄せる。
そして、ひきつった笑いを浮かべてオレに握手を求めてきた。
精一杯の笑顔なのだろうが、背筋に冷たい何かを感じる笑みだった。おそらく、その手を握らなければいけないのだろう。
その手をオレは握ったと思う。きっと、彼は力加減を知らなかったのだろう。ナイトと握手をしたオレは手を骨折したのだ。



い、痛ぇぇ





あ、すまない





……に、兄さん……力入れすぎ





やれやれ……ナイトくんは、力加減の調節が苦手だからな





……優しく握ったつもりだったはずだが





……でも、変な音が聞こえたよ……





う……エルカ、どうして離れるんだよ?





……骨、折られたくないもん





エルカ、救急箱を持ってきておくれ。ソルくんの手当てをする。応急処置だから後で医者に診てもらおう





はい


初対面でオレの骨を折ったナイトのことが、この瞬間から苦手だった。
そして、畏怖を抱くようになった。本気で怒らせたら骨折じゃ済まないような気がしたのだ。
そして、大袈裟に慌てていたエルカと、冷静な笑みを浮かべるグランと、仏頂面のナイトと共に町の診療所に駆け込んだ。
あの日、この屋敷はオレを受け入れてくれた。
誰からも愛されるはずのないオレに、爺さんやエルカやナイトが歩み寄ってくれた。突き放されてばかりだったオレに彼らは近付いてくれた。
ここは、大切な屋敷だった。
ケンカばかりする問題児のオレが帰ることを許してくれる、ただ一つの場所だった。ところどころ老朽化しているけれど、オレにとっての我が家だった。
そんな大切な思い出の屋敷が燃えている。
オレは炎の中を走っていた。
煙が視界を覆っていて何も見えないから、方向が正しいのかもわからなかった。自分が玄関に向かっているのかもわからない。それでも、前に進まなければならなかった。
不満そうな唸り声が、頭の辺りで聞こえるが、答えてやれる余裕はなかった。
視界の向こうに人影が霞んで見える。
もしかすると、幻かもしれない。何かを人影と勘違いしているだけかもしれない。だけど、そこが出口なのだと確信していた。そう信じていた。
もう、大丈夫だ………そう言い聞かせながら外を目指す。
ああ、煙を吸い過ぎた。
意識がどうにかなりそうだ。
足も腰も、身体中に痛みが走る。
倒れてはダメだ、立ち止まってはダメだと自分で自分を叱咤して前に踏み出す。
視界が鮮明になって、そこが外なのだと気が付くと……誰かが駆け寄って来た。
この街の自警団なのだと気付いた。オレは路地裏で暴れてお世話になることが多かったから、顔見知りの人たちだ。



大丈夫か!





すぐに医者を





…………


その声に心の底から安堵して、オレはうつ伏せに倒れた。
これは、家族を知らなかった男の話。
小さなオレの目に映る世界は濁った世界だった。
