緋奈子の秘密を祈雨丸が知ったのと同時に、不意にこの神社の境内に何者かがするりと潜り込んできたのがわかるだろう。
緋奈子の秘密を祈雨丸が知ったのと同時に、不意にこの神社の境内に何者かがするりと潜り込んできたのがわかるだろう。



なにやつ


普通の参拝客や愚者の気配とは明らかに違う。ただ、敵意や悪意などは感じない。
では、さらに結界をコンコンとまるでノックされるかのような感覚も覚える。



(来客……?)


緋奈子に微笑みを向けていたところ、
おや?とその気配に気づく。
敵意は感じず、礼儀のように合図まで……
すこしその気配を探ったのち、



すみません、どなたかが参られたようです。少しだけ、様子を見てきますね





と断って見に行くかな…? 使い魔などを放っても何者かは確認できない…ですよね?





そうですね……!ちなみに、どんな使い魔を送る感じでしょうか?





ヤモリ…かな…敷地に居る爬虫類は完全な魔法生物ではないけれど、祈雨丸の魔力に影響を受けてそういった小間使い的な役割が出来る子たちという印象……





ほうほう、なるほど……、では放ったヤモリは鼻の先に花弁を一枚つけてばたばたと帰ってくるかな……。





……おや、これは





ちなみに、その花弁は桃の花の花弁です。
使い魔はその花弁で若干前後不覚になっているような感じです!





ふふかわ。では、そのヤモリにくっついた花びらを拾い上げて呟く。





……おや、季節違いの彩りが





え?どしたん?お客さん……?





首をかしげる。





ええ、旧き知り合いです。……この様子では、急を要する訪問ではなさそうですが……





少し、顔を出してきますね





と断って、お迎えに上がるかな!





はぁい!


祈雨丸は気配を出迎えようと外に出た。
すると、昨日緋奈子と一緒に見たあの紅葉の下に、ふわりと髪をなびかせた少女がひとり。
あなたが近づいてきたことに気づいたのか、くるりと振り返り、桃色の瞳をくりくりと輝かせた。



あらあら、雨の方。こんにちは!お邪魔しているわ!


彼女は春園桃花。
祈雨丸と同じく異端者の龍種であり、桃の花を司る花龍だ。



知り合いでも初対面でもどちらでも大丈夫ですが、先ほどの感じだと知り合いってことでいいですかな!!





でしょうね!龍種だと知り合いじゃない方が少なそう





了解です!彼女は非常に天真爛漫な性格で、爵位としては祈雨様よりも下ですがあまり気にする様子がないタイプ。





ふふ、祈雨丸もあまり爵位を振りかざしたりしないタイプだし、桃花ちゃんの人柄もあって許してそう





御無沙汰しています、桃花。あなたの訪問はいつも突然ですね





ええ、お久しぶりね。とてもお久しぶりだわ! うふふ、遊びに来るのなら、お手紙を差し上げたほうがよかったかしら?そうしたら、待っている間も楽しめるって本で読んだもの!


少女の姿をした花龍は、くるくるとまるで踊るように回りながら近づいてきた。
そして、ぴょん、と一つ跳ねて立ち止まる。



そういえば、とても良い紅葉ね。楽しくおしゃべりできたわ!





ええ、今年も鮮やかに色付きました。あとは、来たる冬に備えるのみですから





ああ、でも残念。実はね、今日は遊びに来たわけではないの。ちょっとしたお使いなのよ、雨の方





おや、ともすれば……大法典の?





とこちらは無難に歩いて歩み寄りますね





ええ!そう、大法典の。まったく、たまたま私がこちらに来るからって。





まぁ、お久しぶりに雨の方のお顔を見れただけでもよかったかしら?うふふ。だから嫌いではないのよね。お使いも





あなたもご存じでしょうに、大法典は常に人不足。我々は出来る限り、彼らの力になって差し上げねば





んん、大法典がどうとかは、あまり興味がないのだけれど。まぁお友達が困っているのなら、手伝うのは当然ね





全くあなたは……と、今は説教をしている時ではありませんね。その心に感謝いたしますよ、桃花





祈雨も、あなたが息災だったようで何よりです





うふふ! 嬉しいわ! また遊びましょうね! 今度きたときは、この辺りの木を全部桃の花で満開にしてあげるわ!





紅葉の樹まで桃の木にされては困りますが……ちゃんと元に戻してくださいね?





うふふ、雨の方のお説教は長いから、お手柔らかにね?





とくすくす笑いながら、思い出したように手をたたく。





そうそう!お使いよ、お使い!





ええっとね、あなたが大法典にお願いしたことについてのお返事だそうよ。
『そちらに禁書の気配を確認した。書籍卿の関与の可能性も高い。応援を出すことはできないが、早急に禁書の編纂、および回収をされたし』……ですって!





それにしても、もしかして妙な結界を張っていらっしゃる?大法典のヒトが『念話が届かない』って困り果てていたわ





と、ぺらぺらぺらと伝えることだけ伝えると、





よし!私も、人を待たせているの。ごめんなさいね。急がないと!それじゃあね、また遊びましょうね!





と嵐のように去っていこうとしますね!一瞬だけなら待ってくれるかもですが、引き止めますか?見送りますか?





ふふ、ちなみに『念話が届かない』というのは、祈雨丸が意図してやったことでしょうかね?それともシナリオのギミック……?





祈雨様には心当たりがありませんね…!
侵入者の察知や悪意あるものを阻む結界は張っているでしょうが、念話まで防ぐつもりはないんじゃないかなと思っています!





おや、では……





お待ちください、祈雨は大法典からの念話まで遮断してはいません
緋奈子さんがここに来たあの夜は、こちらからの念話は届いていた。ならば、一体いつから……?





さぁ? いつからだなんて、そこまでは知らないわ。私も小耳に挟んだだけだもの





……そうですか





疑問が晴れず、閉口する……聞きたいことはそのくらいですかね…!





はい!


桃花はくるりとその場で一回転。
するとその姿は無数の桃の花弁へと変わり、風に乗ってどこかへと飛んで行ってしまった。
自分の髪にいくらか貼りついた花びらを払い
溜息をつく。



花に嵐……いや、嵐のような花龍ですね、あれは


祈雨丸はそう呟き、緋奈子の元へ戻ろうと踵を返した。
その時。
振り返ったその視線の先に、朱華緋奈子が立っていた。
しかしその様子はどこかおかしい。
彼女と目が合い、しかし緋奈子は笑うでもなく、焦るでもなく。
ただ表情が抜け落ちた目をしている。



……やはり


そしてその顔が嫌悪と焦燥、そして敵意にゆがんだ。



何が『大丈夫』だ……! やはり大法典など信じるべきではなかったではないか!





朱華緋奈子に断章《残月》が憑依しました。


背景画像
NEO HIMEISM 様
https://neo-himeism.net/
