20 騎士の料理人
20 騎士の料理人
図書室を後にしたエルカは厨房に向かっていた。
厨房を覗くと、予想した人物の姿がある。
ナイトは料理の本には手を触れていない。調理台にまな板を置きながら作業をしていた。
ナイフを巧みに扱いながら、レモンとリンゴを切分ける。その手つきは慣れたもので、思わず見入ってしまう。
切り分けられたリンゴとレモンの絞り汁を鍋に入れる。コトコトと音を立てて煮立たれる鍋からは、甘い甘い匂いが漂ってくる。
でも、何かが足りない……エルカは小首を傾げて考えた。



そっか、シナモンが足りない?


エルカがそう言うと、ナイトが振り返って微笑を浮かべる。



確かにシナモンがあったら良いな





ごめん、邪魔だよね





そんなことはないさ……あ、ナイフには触るなよ……危ないからな





うん


ナイトに近づいてグツグツと煮える鍋を覗く。
甘い匂いに喉が鳴る。
これを、紅茶に入れたら美味しいかもしれない。



火傷するから、そんなに近づいたらダメだよ!





……大袈裟だよ





女の子が傷をつけたらダメだろ。ほら、こっちにおいで


何となく子供扱いされているような気がして、エルカは不満そうに目を細めて見上げる。
この人はエルカを幼い子供だと思っているのかもしれない。
ナイトは火を止めると、エルカの腕を引いて食堂に入った。
椅子に座るように促されて、テーブルを挟んで向き合う。



リンゴのコンポート、火を止めても平気なの?





外から採って来た果物で料理が出来た。それを確認できたから大丈夫だよ。味も確認している。食べられるものだったし、味も本物だった





後で味見しても良い?





もちろんだよ………それで、どうしたんだ?





ひと段落したから、何かを飲もうかと思ってきてみたの。紅茶の本はあるかな?





応接間のティーポットは図書棺のものと同様だろ。淹れても減らない魔法のティーポットだ。そっちには行かなかったのか





そういえば、そうだったね。飲み物は召喚しなくても良かったんだ





紅茶以外が飲みたいのなら、探すけど





ううん……紅茶で良いや。応接間で淹れるよ。ところで、ナイトは料理が得意なのね。手際がとても良かった。料理ができない私の目には魔法みたいに見えたよ





それは、褒め過ぎだと思うが……ありがとう。食べたいものがあったらリクエストしても良いぞ。材料さえあれば作れるから





それじゃあ、プリンって作れるかな?





プリン?


そう言うと、一瞬だけ眉をひそめた気がする。
そして、



ああ、お菓子のか。王子のことかと思ったよ。まさか、人体錬成させるのかって……





ややこしい名前だよね。ごめんね





謝ることじゃないだろ? もちろん作れるけど……ここには材料がないな。食材のページを開いて念じても食材は出てこないらしい





………そっか


エルカが図書室にいる間、ナイトは自分が出来ることを試していたらしい。
完成された料理は召喚できても、それに使用した材料は召喚できない。
そこで外に出て、食べられそうな果物を持ってきたらしい。
手に入れた果物で料理はできた。



鍋は? ここにあったの?





ああ、飾り物かと思ったが本物だった。この焜炉も本物、燃料はそこにあった。火は火打石がそこにあったから使った





火打石だなんて使えるんだ……凄いね


エルカには、その発想はなかった。
ナイトはサバイバル生活でもしていたのだろうか。
羨望の眼差しを向ける。ナイトは褒められたことが予想外だったのか、恥ずかしそうに目を反らした。



まぁ、これくらい大した事ないさ。だけど、プリンは作れないな。卵もなければミルクもない





そっか……残念





プリンが載っている本があったから、それで召喚したらどうだ?





……うーん、やってみるよ





何かあったのか?





図書室の本を読みながら考えていたの。彼はプリンが好きだから、プリン王子って呼ばれていた……まずは、そこから物語を始めようって。王子にプリンを食べてもらうの、その反応から考える





それは分かるけど、どうして作ろうとしたんだい? 手作りだなんて





なんとなく手作りの方が良いかと思ったの………なんとなく、だけど





………そっか……じゃあ、どうにか出来ないか俺も色々考えてみるよ





ありがとう





庭にリンゴやレモンがあった。外には動物がいるから、牛や鶏だって何処かにいるかもしれない。ミルクや卵を手に入れる方法もきっとあるだろう





うん





とりあえず…………今は本を探すか。今すぐには作れないからな、とりあえず召喚して食べさせる


そう言ってナイトが立ち上がる。
書棚の方に足を向けたのでエルカも椅子から下りて、その後を追い駆けた。



菓子作りの本を探さないとな……





待って! 自分で探すよ


ここまでナイトの世話になるのは申し訳がない。
そう思って、彼の服の裾を引っ張る。
すると呆れ顔のナイトの視線が向けられた。



ここの本は確認しているからさ。何処に何があるかは把握している。言っただろ、エルカの手伝いするって





あ、ありがと





っていうか………女の子に危ない事、させたくないからな……


そう言いながら、ナイトは高いところに置かれた本に手を伸ばす。
そんな高いところにあったらしい。



そんな場所に?





そう、エルカの身長じゃあ……椅子に乗っても……どうにか届くかってところだろ? 無理に取ろうとしてケガされたくない





……そんなことしないって言いたいけど、否定できないわね





家庭で出来るお菓子作りの本……ここにあるらしい。場所を移動できれば良いのだけど、なぜか本は元の場所に戻ってしまうんだよ





……それも魔法なのね





必要なときは言ってくれよ、いつでも取ってやるからさ。家庭料理以外のなら、お前でも届く位置にあるけど、お前が欲しいのは、こっちなんだろ?





うん


なぜだか、ナイトには嘘はつけないらしい。
だけど、ソルと会ったことは言ってはいけない。
きっと、エルカが何かを隠していることなんて彼は御見通しなのだろうが。
エルカが図書室に向かい、ナイトが厨房にいた数時間。
この時間でナイトは本の世界でも料理が出来ることを確認している。
そして、エルカはソルと本越しで会話をして幼い頃の記憶を取り戻していた。



………雰囲気が変わった気がするけど、何があったんだ?





………図書室に行って本を読んだの、そこで考えて、その結果……ってところかな





ま、今は追及しないが……無茶なことはしないでくれよ





うん、ありがとう。本も用意してくれてありがとう


エルカは本を抱えてナイトに微笑する。
これ以上、彼と話せば頭の中を覗かれそうな気がした。
追及しないと言いながら、彼の目は探りを入れている。エルカが隙を見せるのを待っているかのような視線。
悪意はないだろうが、今はソルとの約束の方が優先だ。
エルカは苦笑を浮かべながら、応接間へと向かった。
