13 物語の主人公
13 物語の主人公
自力で花畑から抜け出した少年は、不審なものを見るようにナイトを睨みつけた。
それに対してナイトはヘラヘラとした笑みを浮かべている。
出会ったばかりのナイトが何を考えているのか、エルカにはわからなかった。
この少年との相性はあまりよくないことは、なんとなくわかる。



俺のことは今は良いさ……それよりさ……この子が、お前に聞きたいことがあるらしいよ


ナイトに背中を押してもらって、エルカは少年の前に立つ。
聞きたいことはナイトに教えて貰えた気がする。
彼と話すことなんてないはずなのに、どうしてナイトはこんなことを言うのだろうか。
きょとんとするエルカに、ナイトが耳打ちする。



……主人公を動かせるのは君だけだよ。だから、仲良くしないことには……物語を動かせない





……そ、そうだね


彼は物語の主人公。
エルカが何かをしなければ動けない物語の駒。
ナイトに任せて眺めていても、物語は少しも動かない。
動かす為には、エルカと主人公の距離を縮める必要があった。
しかし、相手は初対面の他人で年上の男の人。
それはエルカにとって苦手な要素の集合体であった。
彼に対して言いたいことはたくさんあるのに、言葉に表すことが出来ない。
もう一度だけ深呼吸をしてから少年を見上げる。



……幾つか聞きたいことがあるのだけど、いいかな?





はい、どうぞ





まずはソル……私と一緒にいた男の人はどこにいるの? 本を開いたとき私はここに来たけど、彼がいなかった。それはどういうことかわかるかな?


ナイトの言葉通りならば、【持ち主】ではないソルには、本の中に入るかどうかの選択肢が提示されているはず。
それがどのように提示されるかは【持ち主】にはわからないので、考える必要はない。
ここにいないということは、ソルは本の世界に入ることを拒否したのだろう。
これはエルカの想像だ。
それを裏付ける為の何かが欲しかった。
共に迷い込んでいるはずの義兄ソルの無事を確認したかったのだ。
それに対する少年の返答は冷たかった。



知りません





え?





ボクはコレットに言われてエルカのところに向かっただけなので





……でも、ソルは私の側にいたはず。無事なの?





それは、なんとも……ですが、あの棺にはコレットも残っているので彼は大丈夫かと思うのです





彼は私と一緒に本の中に入ったわけではないのね?





……ここにいないのなら、本の中には入らなかったのかもしれません





それならソルは大丈夫って考えても平気だね。コレットが一緒なら……彼女は頼りになりそうだし





…………そうですね……コレットが一緒のはずですから大丈夫です





じゃあ、今はソルのことは考えない。ソルだって子供じゃないんだから。今は自分のことを考えるよ


薄情だと思いながらも、エルカは言葉を噛み締める。
ソルの傍にはコレットがいる。
そう思えば安心できた。
本音では安心などしていないが、そう思い込む。
ここでエルカが思い悩んだところで、何かが進展するわけでもないのだから。
今は自分の置かれている状況と向き合うことが先決だと考えたエルカは、一端ソルのことを考えないことにした。



……それが賢明です





それとね。ナイトから、教えて貰ったの





何をですか?





この物語を結末に導かないと、本の外には出られないって本当?





……そう、らしいですね


今のエルカが向き合わなければならないのは、この世界について。
本の世界に取り込まれたエルカが、やるべきことを考えていた。
この質問に対して、この少年は明らかな動揺を見せた。
目をそらして、明後日の方向を見て頷いている。



どうなの? はっきり言って欲しいの





その通りです。ボクの物語を完結させなければ、元の場所には戻ることが出来ません





元の世界っていうのは、図書棺のこと?





そうですね。この物語の完結によりエルカは図書棺に帰れます。そして、図書棺で話した通り、ボクが主人公の本を無事見つけたということで、元の世界に戻ることができます





……なるほど、教えてくれてありがとう





いいえ、教えることがボクの仕事ですから





仕事だったら、図書棺の中で事前に教えてくれれば良いのに。今の態度……説明を忘れていたのでしょ?





本を開いたら、こんな場所にいるから……驚いたよ……ソルもいないし、不安だったんだからね


そうは言ったものの、知っていたところで回避できるとは限らない。
あの時のエルカは無意識に本を開いていたのだから。
あの本が彼の本だという認識も全くない状態で、身体が勝手に開いていたのだ。
あれをどう回避できただろうか。



……不安にさせたのなら……すみません





……………


深々と頭を下げる少年をこれ以上は責められないだろう。
エルカはここに来なければならなかったのだから。
彼はエルカが描いた物語の主人公。
エルカたちが探していた本は、彼が主人公の物語。
———それが、この世界
過ぎてしまった出来事に何を言っても無意味。
それぐらいはエルカも承知している。
どう足掻いても過去は変えられないのだ。



いいよ……こんな状況だもの。仕方ないよ





ありがとうございます





それと、もう一つだけ……良いかな?





何ですか?





貴方のことは何と呼べば良いの?


エルカはこの少年の名前を知らなかった。
初対面時の印象があまりにも悪くて、名前を聞きそびれてしまった。
別に知らなくても問題ないだろうと思っていた。しかし、共に行動するのであれば、名前がないことは不便なので尋ねる。
少年は、名前を聞かれたことが嬉しかったのだろう。
満面の笑みをエルカに向けてきた。



プリン王子様!





変な名前





変じゃないです





すごく変だよ………王子でいいね





え? 王子? それは名前ではなく……





それは、わかっているよ……名前はプリン王子。それだとお菓子みたいで呼びにくい。だから呼び方は王子で良いよね





ですが





貴方は王子





わかりました。ボクは王子です





よろしくね





はい、よろしくお願いします


物語の想像主であるエルカの言葉には逆らえないのだろう。
渋面を浮かべて、王子は大きく頷いていた。
