05 カボチャパンツの王子さま1
05 カボチャパンツの王子さま1



そういえば、照明戻っているね





そういえば、そうだな


小さく呟くと、ソルは小さく頷く。
視界が暗闇に染まったのはほんの一瞬だった。
おそらく、少年が登場する際にスポットライトを浴びる為に照明が消されたのだろう。
少年が姿を現すと、消えていた灯りが元に戻っている。
入ったときと同じような光景が、目の前に広がっていた。
少年の登場に圧倒されていて気が付かなかったらしい。
エルカは自分が手を伸ばした先に視線を向ける。
そこに扉があったはずなのに、そこには何もなかった。



あ、扉……消えているね





……そうだな





あまり驚かないの?





お前も驚いていないだろ





……カボチャパンツが衝撃的すぎて





……ああ、それは同感……


二人は小声で言葉を交わす。
無意識に部屋に入ってしまったこと、その扉が閉ざされてしまったこと、突然照明が消え視界が闇に染まったこと、目の前の扉に手を伸ばしたのに何もなかったこと、そしてカボチャパンツの少年……
畳みかけるように、おかしなことが起きたのだ。
エルカは一度深呼吸をしてから気持ちを切り替える。
足を踏み入れる直前、部屋の外から眺めるだけだった先ほどとは違う。
今度は近くでじっくり見ることも可能だろう。
エルカはワインレッドの双眸を右往左往させる。
棚の中にも本、テーブルの上にも本、絨毯の上にも本。
エルカは視界に映る大量の本を見つけて目を細めた。



………なんて、魅惑的なの?





え?





………………こんなに本があるなんて………読まないなんて選択肢はないよね………私は、本が読みたいの………今はそれだけなの





………


ソルは義妹のまとう空気が、何やら危ういものになったことに気が付いていた。
祖父の地下書庫らしき場所に、本がなかったことに彼女は不満だった。
その不満を満たすものを前にした彼女を、どうやって止めれば良いのか、わからなかった。



(だよな……今まではずっと引篭もって本読んでいたんだからさ)


読書が精神安定剤になっていたエルカにとって、これは我慢の限界だった。
ここに入ってから、ずっと心が浮足立っていたことぐらいソルにも分かっている。
この、たくさんの本が気になって仕方がない。
本棚に詰まった、数多の物語を読みたい。
そんなエルカの気持ちはお見通しだった。



………


改めて、エルカは書庫の中を改めて見渡す。
紙のニオイ、インクのニオイ、新しいもの、古いものから発する独特のニオイが、エルカは好きだった。ここの本棚はエルカを圧倒させ魅了するのだ。
ここが何処なのかは、まだわからない。
どうして、こんな場所にいるのかもわからない。この状況は心に不安を呼び寄せる。
だけど、本を読んでいれば、そんな不安なんてどこかに消えてしまうはず。
今までだってそうだったのだから。
本はエルカの心を満たしてくれる。
だから、今も自分に酔いしれるようなポーズを決めているカボチャパンツの少年は無視することが正しい。



……ソル、後はお願いね





え……お、おい


そう言って、エルカは本棚の方に小走りで向かう。
面倒を押し付けられたことに気付いたソルが、苦言を言おうと追いかける。
しかし、いつの間に動いたのか、少年がまわり込んでエルカの目の前に立っていた。
すぐそばにいたソルよりも早い動きだった。



無視しないでください! 失礼ですよ





……っ


勢いよく迫る少年から逃げるように、エルカは後ずさる。
同時に、隣に追いついていたソルが不機嫌な視線を少年に向けた。



……エルカ、面倒を押し付けるなよ……こんな奇人を





……ご、ごめん





あ……お前に当たっても仕方ないから、オレの怒りはこいつに向けてやるよ





……え?


そう言って、ソルは少年を睨みつける。
ソルはイライラしていると、理由がなくても怒りをぶつけてしまう性格の持ち主だった。たまに怒りを発散しないと落ち着くことができない。
ここに来てからのソルは、エルカの為に冷静になろうとしていた。
不可解な状況にあるエルカを怖がらせないように、怒りを最小限まで抑え込んでいた。
それの限界が来てしまったのかもしれない。
ソルは眉間に青筋を立てると、目の前にいる少年を指差す。
少年も、同じようにソルを睨み上げる。
二人の睨み合いにエルカはハラハラとして、胸を押さえた。



………





………





(な、殴り合いはないよね……でも言葉じゃソルは勝てないから……お爺様、お願いします。ソルがケンカしませんように)


亡き祖父に祈るように、エルカは胸の前で手を組む。
ソルは握りしめた右の拳をワナワナと震えさた。
今すぐにでも拳が飛び出しそうになる。
殴り飛ばしても良いだろうと思った。そうすれば、この気持ちは晴れるだろうから。
しかし、横目でエルカを見ると左手で震える右手を握り締めた。
ここで暴力沙汰を起こせば、エルカを怯えさせてしまうかもしれない。
それだけは避けたかったから、目の前の少年に向かって声を荒げた。



何だよ、このカボチャパンツ!





か………カボチャパンツですって!?





(え……ソル? 殴らなかったことは偉いけど、それもダメだよ)


口に手を当ててオロオロとするエルカに、ソルは気が付いていなかった。
ソルは手は出さなかったが、言ってはいけない言葉を発してしまったらしい。
カボチャパンツと呼ばれた途端に、少年の顔がみるみる内に真っ赤になる。



ボクはカボチャパンツなんて名前じゃありません!





?





うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ


少年は両の拳を握りしめて、ソルに飛びかかった。
そして、ポカポカとソルの胸を殴る。
それは全く威力のないパンチだが、エルカはその様子を見て焦っていた。
