ついに訪れた叙任式の日。
あたしは、ハーピーの女王の背中に乗せてもらって王城へと向かっていた。もちろん、姿を見えなくするマントを着用して、である。
ついに訪れた叙任式の日。
あたしは、ハーピーの女王の背中に乗せてもらって王城へと向かっていた。もちろん、姿を見えなくするマントを着用して、である。



万が一、見つかってしまった場合の逃げ道は考えてあるのか?


手持ち無沙汰の雑談といった調子で、オキュペテーが訊ねる。



んー。
『地霊王の抜け穴』でいったん逃げるしかないと思ってるけど





ではその時は、我がわざと大声で騒いでやろう。呪文の詠唱が聞こえてしまっては逃げられぬだろうからな


オキュペテーの気遣いに、あたしは感謝した。
『地霊王の抜け穴』を使う際の詠唱をどうごまかすかは、最大の懸念事項ではあったのだ。一応、『水霊女王の悪戯』という無詠唱で使える術式で騒ぎを起こして誤魔化そうと思っていたのだけれど、オキュペテーに騒ぎを起こしてもらえるならその方が良い。



いろいろしてもらっちゃって、本当にありがとうね





ふん。せいぜい我の助力を無駄にしないよう頑張るんだな


王城の前に降り立ったオキュペテーの後ろを、姿を消したままくっついて歩いて、ついにあたしは謁見の間にたどり着いた。
既にかなりの数の魔物たちが謁見の間に来ていて、顔見知り同士三・四人程度の小さな輪を作って歓談していた。ひと際多くの魔物に囲まれて挨拶されているのは誰かとみれば、ドワーフのゴットハルトだった。魔王とエリザの姿はまだない。
大広間を縦に二分するように敷かれた赤絨毯の左右に、列席者たちが魔物社会における序列に従って整列したころ、広間最奥部の右端にいた儀仗兵がラッパを吹き鳴らした。列席者は一斉に広間最奥の玉座の方を向き、ひざまずいて頭を垂れる。



我らが魔王陛下の臣下諸君。世界各地よりお集まりいただき大儀であった。
幾人かこの場に姿の見えぬ重臣がおるゆえ、いましばらくお待ちいただきたい


玉座の前に立ったオルトロスがそう告げた直後、その対面にある荘重な大扉が開いて、一人の魔族が部屋に入ってきた。



魔王腹心でありながら遅参とは。
元人間であらせられるサンボラ閣下はこのような魔族の式典は遅れて来てもかまわぬとお考えかな?





我が元人間であることなど関係ござらぬ


皮肉っぽく問うオルトロスに、サンボラと言われた男は苛立ちを隠さずに言う。
オルトロスの口ぶりから魔王腹心の一人であるらしいこの男は、身なりから察するにリッチーと呼ばれる種族のようだ。リッチーとは人間の魔術師が邪術によって死後に魔物となった存在だから、オルトロスはその点を皮肉ったのだろう。



饗応用の食事の用意が長引いたのだ。
魔王陛下が直前までご不在だったせいで、各所の仕事に遅滞が生じているのだよ。それに――


サンボラは大広間を見回して言う。



貴殿の出身種族の頭領殿は、まだ来ておらぬようだが


言われたオルトロスが鼻白んで言葉に詰まったところからすると、おそらくサンボラの言い分は正しいのだろう。しばしの沈黙の後、再び大扉が開いて入室する者がいた。



遅れてすみません~。
でもまだはーちゃん来てないからセーフだよね





スレースヴェルグ殿!!
たるんでおるにも程がありますぞ!!


入ってきた人物の姿を見るや、大広間全体がびりびりと震えるほどの大声で恫喝するオルトロス。どうやら、この男が噂の、オルトロスの出身部族の頭領であるらしい。



臣下の範たる幻獣族の長が何たる体たらく!!
上に立つ者としての自覚はないのですか!!





慶事の直前に怒りに我を忘れて声を荒げる方が、上に立つ者としてどうかと思うな





ぐ……


オルトロスの叱責もどこ吹く風という態度で言い返すスレースヴェルグに、返す言葉のないオルトロス。ここまでの短いやりとりだけで、オルトロスがこの自種族の若い頭領に日頃から困らせられているであろうことが察せられる。あたしはオルトロスに少し同情さえおぼえた。



スレースヴェルグ殿、本日の式典が後処理も含めすべて終わった今夜半に、幻獣族屋敷の私の部屋に来るように


抑えきれない怒りに顔をひくつかせながらそう言った後、彼は仕切り直しとばかりに厳めしい顔を作って広間中の重臣たちに告げた。



……ともかくも、ようやく全員がそろいましたな。始めましょうか





魔王陛下の御成りである!


儀仗兵が再びラッパを吹くと、広間の奥の扉が開いて、何人かの男女が出てきた。金糸や宝石で飾られた派手な軍服を着た近衛兵が数名と、それに前後を守られながら歩いてくる王冠を被った青年。そして最後に、黒いローブを着た少女。
王冠の青年は、あたし達がザンクトフロスで出逢った、あのアルベルトに間違いない。そして黒いローブの少女は、エリザだ。
アルベルトが豪奢な玉座に腰をおろし、その傍らにエリザが立ち、二人の左右に近衛兵が並んで敬礼をする。



親愛なる臣下諸君。貴卿らの参集に感謝する。





諸君らもお聞き及びの事と思うが、永らく空位となっていた三人目の腹心について、この度妖精王オベロン公がその資格を満たし、ようやく欠員を埋められることとなった





ついては、オベロン公の魔王腹心叙任式を執り行う。
オベロン公、前へ出よ


アルベルトが口上を述べると、居並ぶ魔物たちの中の一人が広間の中央の赤絨毯の上へと進み出ると、一歩一歩を踏みしめるようにゆっくりと、玉座へと歩いていった。



あれが、妖精王オベロン……


オベロンは玉座のすぐ前まで来ると、跪いて頭を垂れた。



強大にして高潔なるハイエロファントドラゴン魔王陛下。この度の腹心への叙任、まことに恐悦至極に存じます





魔王腹心の本分は、勇者を倒すこと。
あの唾棄すべき勇者がオズィアに迫り来た暁には、必ずや彼奴(きゃつ)の息の根を止めてご覧に入れましょう





ヴァルターの奴、憎まれてるな~。
まあ、当然なんだけど


そんな風にして、叙任式は粛々と進行されていった。
