【2035年、イバラキ。桜ココア】
【2035年、イバラキ。桜ココア】



精が出るね! みんなガンバレー!





うっす。





うぃっす!





うぃっす!!


朝の稽古を終えた門下生にタオルを掛ける。パパが汗を拭いながら後に続いた。



みんな。掃除掛けが終わったら食事にしよう。マァサの飯は美味いぞ。





うぃっす♪





うぃっす!


道場の隣りにある畳部屋へお母さんが山盛りのカレーを運んでいく。爽やかなトマトの甘みが鼻に香った。



ボク特製のカレーライスでしゅ! とっても元気でるから、みんなで食べましょうね♪





うぃっす♪♪





うっす♪





ママのカレーは美味しいもんね! 今日は何入ってるの?


カレーを置いてママが指を折る。エプロン姿のママは同性の私から見てもめちゃくちゃ可愛い! みんながお母さんの可愛さにメロメロなのだ!



かぼちゃにキュウリ、人参ジャガイモ、サツマイモ! トマトも添えたベジタブルカレーでしゅよ!


次々と渡るカレーが、22皿全部行き渡った。



うまいっす!





最高っす!


部屋中から幾つもの賛辞が上がる。それくらい、このカレーは本当に美味しいの!



『シャウラ』ちゃんも食べる? って聞く前から食べてるのね……。


『シャウラ』ちゃんがお顔をカレー色に変えて物申した。



ココちゃん、貴女の分も『シャウラ』ちゃんに寄越しなさいな♪ 『マァサ』のカレーすごく美味しいし、ココちゃんのものは、全て『シャウラ』ちゃんのものなの!





……。


シャウラちゃんの言葉にお父さんが静かに笑っている。門下生もくすくす、って。幾つも、幾つもの笑顔。



何が可笑しいのよ。ってマァサ、何故お姉ちゃんのお顔を横に引っ張るの? わ、綿がでちゃう~♪


やっぱりいいな。我が家は♪
そして想った。あの人の事を。アリオスさんにも食べてもらいたいなぁ、って。
今頃、彼は何してるんだろ。昇り行く陽の明かりに彼を想った。



そうか。アリオス君に似てるんだ……。


先日の仮面のヒト、その世界を皮肉ったような眼差し、あの憎々しげな青い目が、アリオス君の黄色い瞳と重なり合いそうになる。
――けれど、今ひとつ重ならない。
数日前の事なのに、アリオス君との出逢いがただひたすらに懐かしかった。



アリオス君に、また、


――逢えるかなぁ。
7月、蝉の声が響き始める世界へ、――この息は儚く溶けた。
※※※
【2035年、イングリア。アリオス・ロージディア】



いい天気だね! アリオス、朝食は摂った?





いえ、まだです。職務が終わっていません。





そんな硬い事後回しにしなよ! アイツと3人で食事しようよ!





確かに! 仕事なんか後回しにして、愛を育みましょう、姫!


執務室にわざわざ足を運んでくださった姫様の後ろで『フェイク』が手を広げ『嗚呼、麗しの姫文鳥♪』と気ままに歌う。自由奔放に職務を放棄し、通りがかった侍女を口説こうとする。



誘わなければ良かったわね……。それはともかく、――昨日はありがと。


マイア様が小声で囁く。何の事か解らないが丁重に礼をする。どうせ『フェイク』が余計な事をしたのだろう。



お先へ。後から参ります。


姫を送り、視界の端で今尚唄う『フェイク』に話しかけた。執務室へ呼び寄せる。



『フェイク』、いったい何体の(ガイア獣の)侵入を許したんだ?





嗚呼~我が弟よ~♪ 軽く500位だ、気にするな~♪


テノールで謳ったその数字に愕然となった。



500、だと?





いや、1000かもしれん。まぁ気にするな! 聖なる緑騎士(りょくきし)『アリオス・ロージディア』の前では恐るる数ではなかろう!


言葉を失った私に、青い袖を振り笑いながら彼は言った。



大丈夫だ、『アリオス』。


見下ろした後(のち)、私の耳元へ唇を寄せる。
手の中で光る金色(こんじき)を見せつけた。



動きを観ていて分かった。奴らが狙ってるのはこの『イングリア』じゃ無い。『マイア』でも無い。もちろん狙ってはいるだろうが、一番の目的はおそらくコイツだ。





……





皇器(こうき)『王留』(おうる)……。





そうだ。だから最後に奴らは、


左手で自身の心臓を指差し、右手でこの胸(しんぞう)をノックする。



ボクとお前を狙ってくる。


不敵に、且つ傲慢に彼は嗤(わら)った。
私へ確認を取るように聞いてくる。



つまり、――ボクらが死ななきゃ大丈夫だ。


静まり返った室内に『フェイク』の懇願するような笑みを視た。
それは一切の悔いを持たない微笑みだった。



だから、お前が『マイア』を護ってくれ。頼むよ。


遠く、ホールから近づいてくる姫へ手を振り駆け寄る『フェイク』がオタマで殴られている。
尚もフェイクは歌っていた。呆れため息を吐く姫に向かって。



嗚呼♪ 我が愛しき手乗り文鳥のような姫よ~♪


跪(ひざまず)き手を広げ彼は歌う。



嗚呼♪ マイア姫~♪





やめなさいよ、もう!


この世界で一番軽薄な、一番だらしない騎士が、姫(おさななじみ)へ声涸れるまで愛の詩(うた)を。
