【2015年、春。柊なゆた】
【2015年、春。柊なゆた】



こんな事を言う私は馬鹿かもしれない。けど、けどねお願いだよっ! モカちゃん! いっくん!


その日の夜、半壊した柊家で私は懇願した。



あと1日だけ待ってもらえないかな!


私は旅立つ日の延長を、



最後。そういう言い方はおかしいかもしれないけど、最後にみんなとお話したいんだよっ!


お別れ会の開催をモカちゃんといっくんに頼んだ。
モカちゃんは口を閉ざしてしまった。
迫る現実を前に吐いた馬鹿なお願いが許せなかったんだと思う。



も、モカちゃんっ!


モカちゃんは扉を叩きつけ外へ出て行ってしまった。
追いかけようとした私をいっくんの腕が遮る。彼の目が伝えていた。
『……大丈夫だ』って。
その夜、私の布団へ入り込むモカちゃんの姿は無かった。差し込む月明かりだけが私を観ていた。
次の日の朝、私の目に凄いヒトが映った。
やんちゃな子供? 遊びの達人? ともかく異様な少女が居た。



なぅ! 今日は何をするでしゅか?


目を擦り、その元の姿をイメージする。サバイバル調の迷彩服。子供用の虫取り網。水玉柄の浮き輪。海で息を吸うのに使うアレ。



モカちゃん? なのかな?


少女?は虫網を振り回す。ぶかぶかの迷彩帽の下、ゴーグルの中で大きな瞳が瞬きを行う。



虫取りでしゅか? 網あるでしゅよ! 籠あるでしゅよ!





そうじゃなくてね。な、なんで……、


浮き輪を抱いて腰を左右に振っているその姿はどう考えてもモカちゃんだ。



海でしゅか? 泳げないなぅの為に浮き輪もあるでしゅよ! シュノーケルも忘れてないでしゅ! ボクに『ぬかり』の三文字はありましぇん!


視線を合わせる資格が私にはあるのだろうか? モカちゃんを恐る恐る見上げる。



お、……怒ってない、の。


モカちゃんは私の前にその紅の頬を寄せた。



ボクがでしゅか?


そして、満面の笑みが応えた。



そんなこと、


あの大空の太陽が、輝くことをおこがましがるくらいの、



……ないでしゅ!


それは曇り無い笑みだった。モカちゃんは光だった。
倒れた街路樹、捲れたアスファルトの道を越え、街中に在る『桜坂西高校』へ辿り着いた。
そこで私達の目に映ったのは友達の姿だった。私達は肩を、頭を叩いて喜び合った。
照りつける陽の下でただひたすらに遊んだ。
広い校庭を使ってみんなを追い掛ける、なゆた式『鬼ごっこ』。
校庭の中央で1対1。投手と打者のみで真剣勝負する、壱貫式『鬼野球』。
校庭を回り、制限時間内にどれだけの昆虫を捕まえられるかを競う、モカ式『虫採り』。
私達は一日中駆け回った。
そんな中、私は密かに探していた。あのヒトが残した何かを。
一目会いたかった。その名残を求めて駆けた。そして、
……見つけた。昇降口の靴箱にそれは在った。



これを見つけた時、私は貴女の前には居ないと思う。もう会えないかもしれない。
けれど私は忘れないから。不器用でドジで、そして、……可愛い貴女の姿を。その名前を。貴女達との思い出を。
ばいばいまたね。
――玖条雪から、なゆたへ――


雪さんが居たという証を見つけることが出来て嬉しくて、それでもやっぱり、……悲しくて、
私はその手紙を強く胸に抱きしめた。
【2015年、春。草乃葉由香】
その夜わたしは夢を見た。
誰かの馬鹿馬鹿しいくらい楽しい日常を、そのヒトの送った不器用な生き方を夢に見た。



スズキ! ヤマダ! いい物があるの! ……1枚、欲しくない?


声を掛けられた2人が呆れた顔で振り返る。彼らに数枚の写真を見せつけ近寄る。夢の中で私はその女性と成っていた。



真紅さんとなゆたのツーショット! ね! すごい可愛いでしょ! 1枚買ってよ!


スズキと呼ばれた男性と、ヤマダと呼ばれた女性は呆れながらも紙幣を差し出す。かなりの高額紙幣のようだ。
写真を受け取った2人が私を観て笑っている。



あんた、ほんと親バカなんだから!





ですね!





だって、真紅さんとなゆただよ! 最カワだよ! 天使だもん!


2人が笑う。親愛の込められた笑みがそこにはあった。



じゃあ朝の挨拶行くよ。『DDD団』訓辞、復唱!


人差し指を空へ掲げる。スズキとヤマダが後に倣う。



DAれかの為に、


両手を、構えた頭上から左右に広げる。



DOんな事でも、


背筋を伸ばす。右の拳を胸に当てる。



DOんと来い!


そしてわたしは2人を見渡す。



今日も頑張ろ。1人でも多くの人のチカラとなれるように!


スズキとヤマダが顔を見合わせ吹き出す。わたしも思わず笑う。3人、手を重ねた。



先生が、みれいが、リーダーが守りたかった未来、わたし達が必ず救おう! 例え命に代えても!


朝日が昇る中わたしは目を覚ました。布団から足を抜き、船の各所を見て廻る。
どういうチカラを持つか、まったく分からないコンソールパネル。誰かが使ったティーバッグ。複雑に重なりあった書類。無造作に投げ出されたリモコン。
そこに3人が、あたふたとでも頼りになる男性と、やる気無さげに息を吐く女性、そして、腰に手を当て指揮する仮面のヒトが居るような錯覚を憶える。
パネル下部に並ぶキーへ自然と指が降りた。
振り返ると、なゆたお姉ちゃん、モカお姉ちゃん、壱貫お兄ちゃん、みんなの姿が在る。私はなゆたお姉ちゃんからサンドイッチを受け取り話した。



わかんないけどね。なんか覚えてる気がするの。この船を動かせる気がするの! この船を使って、ずっと誰かの為に戦っていた気がするの!


なゆたお姉ちゃんが私の肩を抱いてくれた。それは柑橘系の甘い香りだった。



なら行こうよっ! 由香ちゃんのお母さんを、世界のみんなを、私達みんなのチカラで今度こそ救うんだよっ!


眼を閉じて思い出す。黒い世界で仮面のヒトがわたしへ頷く。
わたしはなゆたお姉ちゃんの指示を仰いだ。



目的地は?


なゆたお姉ちゃんが言い切る。その瞳は強い意志で、昇り行く朝日に煌めいた。



『導きの園』へ。全ての元凶と云われる『ブラック・ダド』をやっつけるの!


キーに打ち宣言する。



『導きの園』、時を管理する地へ!


あのヒトを真似、小さく呟く。



……誰かの為に、……どんな事でも、……どんと来い。


その言葉で胸を張れるような想いがした。心にチカラが湧いてくる。



……タタミ。


ブーストし舞う空の先、其処に誰か、『片腕の誰か』が見えたような、そんな錯覚がした。
