【2034年、春。柊真紅】
【2034年、春。柊真紅】
風が頬を撫でる。遠く先で朝日が昇ろうとしている。緑の大地には小鳥のさえずりが響いていた。
在るべき時間から3年前の故郷、まだ平和だった頃の我が家に、……ボクは帰ってきた。
辺りを見渡す。此処はマァマとの思い出の地。お互いの髪に花輪を捧げた場所だった。



……マァマ。


光に導かれるようマァマを探した。



マァマぁぁ!!


必死に探した。ボクの中にはまだマァマの笑顔が活きている。



『――……真紅。お母さんね、昔からお花畑が好きだったんだぁ。
ここはお母さんのお母さんにいつも連れてきてもらった場所なんだよ? ここはお母さんの思い出の場所なんだぁ。――』


マァマの言葉が脳裏に浮かぶ。



マァマ、


時間が無かった。おそらく後数分でここは地獄と化す。その前に、



マァマ! どこでしゅか!


見つけなければならない。しかしボクに応える声、求めた姿はそこに無かった。
――ボクの頭上で光が瞬く。緑が織り成す思い出を、ボクとマァマの楽園を悪魔たちが踏みにじろうとしていた。



ふぃーしぃ、守護の衣を!





【Yes,master!】


目の前でボクの思い出が欠けていく。炎は緑を壊そうと空から降り注いだ。マァマを失った時と何一つ変わらない映像(ビジョン)だった。
街のヒトが吐く悲痛な叫びが響く。ボクの周りで仲間たちの泣き声が轟いた。
今、――ボクは時代を替える。



もう、


フリーシーが創りだす蒼き剣『ゲイボルグ』を構えた。



もう、2度とやらせないでしゅっ!!


足に、手に、刃にチカラを灯す。



ぁぁぁぁあ!!!


跳躍ユニットで空を駆けた。背と足から気流を吐き出す。この世界を汚す火を幾つも切り払う。
跳躍ユニットをフルに稼働させ黒き炎を打ち落とす。蒼い空に幾多の血が舞う。罪な事かもしれない。それでもボクは愛しい記憶を、仲間を守りたかった。



マァマ! どこでしゅか?!


我が家に続く道を目指した。黒煙の臭いを感じながらもそれ以上に見慣れた景色が嬉しかった。やっと会えるマァマを想って鼓動が治まらない。抑えられなかった。ボクの足は確実にマァマの元へ近づいている。



ここはツトム君の家。この桜の木を右に曲がれば!


視界の先に望む建物、緑に包まれた我が家の前に彼は、そして『そいつ』は居た。



ちび! 来るんじゃない!


短く整えられた髪に凛々しい横顔、体中から赤を浴びたその人はボクの家族、守りたかったものの1つ。――『いっか』だった。



……ふ~~ん。キミが未識別戦力の正体? ただの女の子じゃあ……ないわけか?


向かい合う男は燃えるような赤い髪をなびかせ、その腕に長い黒の銃を構えている。その吊り上った口角が嫌にでも目に付いた。そいつはボクを視て笑った。



その剣の石、あれだろ。『ノアに伝わる3つの輝石』とか云う。裏切りの民、ノアの神秘と呼ばれている。


ボクを守ろうと『いっか』が前に立つ。それは広くて大きな桜の樹。いつもボクの頭を豪快に張り倒していたボクにとって父親のようなヒトの背中だった。数年ぶりに見た『いっか』は何一つ変わっていない。誰よりも力強く、大好きな横顔だった。
こみ上げてくる想いを振り払う。ボクは『いっか』の横に並んだ。



お前、いったい何者でしゅか?


赤髪の青年の肩がコキリと音を立てた。首をカキリ、コ、2度奏でる。



僕は『ホーム・ホルダー』の管理を司る1人。
『レッド・ボーイ』、通称ボーイさ。名前なんて元から無いね。


赤髪の青年を前に『いっか』がボクを押しのけた。流れる血をそのままに笑っている。懐かしいえくぼと歯の白がボクを追いやった。



ちび。……なゆたと一緒に逃げろ。





いっか! そんな体で何が出来るというん、





……行け。お前のマァマが待ってる。


いっかの腕が左に一本、右に一本。この世界を守るように張り出す。ボクの前には『いっか』の屈する事無き眼差しが在った。



いっか、……死んだら許さないでしゅよ!


ボクは振り返らずに駆けた。血の臭いが鼻についても振り切った。
……心配だった。一緒に戦いたかった。けれど、
ボクはマァマの元を目指した。それがボクに任されたことだから。大好きな人が望んだことだから。
……空には雨雲が近づいていた。まるで、ボクと『いっか』を飲み込むようにボク達に『黒』が迫っていた。
家の敷地へ飛び込む。眼の前に在ったのは探し求めたマァマの姿だった。マァマが青い石を宿した剣を巨大ロボットへ向けて振るう。



みぃちゃんの仇だぁ!!


剣を手にマァマが奔る。その傍らには友達が横たわっていた。火を伴う風に睫毛を泳がせてその子は眠っていた。
蒼い服を靡かせ、マァマは剣を振り続けた。



これはパブロフのだぁぁぁ!


大柄な彼も皆と同じように部屋の隅で眠っている。
その瞳が開くことは、もうきっと2度と無い。



……ぶっち。……シロくん。し、……しまちゃん?


みんな、みんな眠っていた。
マァマが巨大兵器を切り払う。涙を流し全てを斬り続けた。



『ファジー』、蒼弓ラ・ピュセル用意だよっ!





【OK! なゆちゃんっ!】


ファジーが生み出した金の長弓、その長いアーチにマァマは蒼の剣を固定する。その剣先を雪崩るように迫る『ホーム・ホルダー』の軍団へと翳した。



そしてこれは、みんなの仇だあああ!!


マァマは重なり合った剣と弓の握り手を振りきる。
彼方へと延びる剣のアーチが全てを断った。マァマの振り切った光は眼に映る世界を、1軍隊ごと――両断していた。
マァマの脚がゆっくりと地に着く。ボクの前で、全てを癒すようにスカートのフリルが揺れていた。その瞳には涙が溢れ、悲しみにピンクの唇が歪んでいた。



マァマ、会いたかっ……


マァマがボクに気付き振り返る。
その一瞬だった。……黒い悪意がマァマを――……貫いて――……いた。



聖母『柊なゆた』はこの僕『レッド・ボーイ』が、狩らせてもらった。





あ、アァァアア!


目の前で崩れゆくマァマの姿に、ボクの全てが無くなった。右に立つ『アレ』の口元に向かい刃を振るう。避けた男のその腕を叩き斬り、ボクは踏みにじった。



お、お前、ぼ、僕の腕を!!


その銃を掴み、右の足を撃つ。



が! ガぁ!


震えるその汚い赤を何度も撃った。殺さず撃ち続けた。



お、お前、よ、よくも僕に向かってこんな真似を!





……。


ボクはその黒い銃を握りつぶした。
